第30話 種
俺が世界の端っこで修行をしている間、クロスセブンはかなり大変だったらしい。
なんでも、クロスセブンの住民が次々と凶暴化して暴れ回ったとか。しかも1人1人がやたらと強く、街に駐在している騎士ではとても取り押さえられなかった為、ギルドと学園の関係者が総出で暴徒の鎮圧に協力するほど深刻だったという。
その協力者の中にはアリサやエミリーにメルフィとカ……カ……えーっと……火の大精霊もいたのに、それでも苦戦を強いられたというのだから驚きだ。……まあ、あのおさげ女みたいな奴が沢山出てきたって聞いたら納得したけど。
しかし実際に解決する側にとってはたまったものじゃない。学長の腕を切り落とせるような奴がわんさか現れたらクロスセブンは滅んでしまうので、必死になって住民が暴徒化してしまう原因を突き止めようとした。そして数々の苦難の末、遂に裏で糸を引いている者の正体を暴いたのだが――レラがあっさり倒してしまったと。
どうやらレラが倒したあの闇の上位精霊は、3ヶ月前からアリサ達がずっと探していた事件の首謀者だったらしい。風、土、火の大精霊に加え、アリサまでもが本気で捕まえようとしてようやく姿を目視できる程度だったのに、クロスセブンに戻って来たばかりの俺達が簡単に解決してしまったのだから、なんだか逆に申し訳なく思えてしまう。
でもアリサは「事件を解決することが最優先です。それに皆のいい経験値になったので気にしないでください」と言ってくれたので、深く考えないようにしよっと。
そんなこんなで事件は一応の解決はしたのだが……まだ見過ごせない問題が残っている。
それは――『どうやって住民を暴徒化させたのか?』という問題だ。本来ならその答えは犯人から聴くべきなのだけど、彼はもうこの世にいないので自分で何とかするしかない。さすがにおさげ女みたいのを量産されたら敵わないからな、ここは本腰を入れて取り組むつもりだ。
「ふーん。……で、本音は?」
「あの2人に追い出されて暇だから」
「うん、正直でよろしい」
昨晩、アリサと2人だけで話し合った結果、レラとは別行動を取るべきだとの結論に至った。レラには“町”で待っている精霊達がいるし、やはり天下の大精霊様が人と付き合うのは彼女の『格』を落としかねず大変危険な行為だからと指摘されたからだ。それに昨晩のやり取りで俺には世話をするよりも世話をしてもらった方がいいような気がしてきたので、アリサのアドバイス通りレラとはしばらく別行動をしようと判断した。
その旨をレラに伝えると……「やはりこうなったか」と呆れたあと、アリサとの睨み合い対決が勃発。「2人で話したい」という両者の希望を叶えるべく俺は住処から離れ、ふと事件のことを思い出したのでこうして真相解明に乗り出したと。
「でも良かったのー? 戦いになったらアリサちゃんに勝ち目はないわよ?」
「2人とも殺し合いはしないと約束してくれたので大丈夫ですよ」
レラはそんなバカな真似をしないという信頼もあるし、アリサには【直感】を返してあるので大事になることはないはずだ。……ないよな?
「なんだか心配ねー。早いとこ見つけて帰りましょうか」
「ですね」
そう返事をしつつ、地中に埋まっていた黒い宝玉を掘り出す。
――俺と“偶然”鉢合わせた光の大精霊……シャイニングさんは、クロスセブン周辺を飛び回りながらこの黒い玉を探している。この玉こそがおさげ女に力を与え、住民を暴徒化させた元凶だ。どういう仕組みなのかは分からないけど、こいつは人に魔力を与えると同時に心の闇を刺激して精神を狂わせてしまう。
地面に埋まっている間はまだ害はないのだが、何かの拍子に掘り返されたりして触れてしまえばそれでおしまいだ。……おそらく今回の騒動は闇の上位精霊がたまたまこいつを見つけて引き起こしたものなんだろう。果たしてアイツはこの玉の所為で狂っていたのかそれとも……。
どちらにせよ同じことを繰り返さない為にも、埋まっている全ての玉を除去しなくちゃいけない。
「にしても誰がこんなもの埋めたのかしらねー? やっぱり魔界の連中?」
「でしょうね。こいつは数年後、自動的に外へ飛び出るようになっていますから、それに合わせて襲うつもりだったんでしょう」
そう、用意したのは魔界連中で間違いない。だけど実際に地面に埋めたのは……エクトルのはずだ。……ずっと前にローザ女王が言ってたよな、『エクトルが“種”を植えた』と。その種っていうのがこの玉のことなんだろう。
「あらー? でもそうなるとこの玉を破壊するのは不味いのかしら? 玉を破壊したのを知られたら、魔界連中が計画を変更して何をしてくるか分からなくなっちゃうんじゃない?」
シャイニングさんの指摘は尤もだ。これが奴等の計画の一部なら、頓挫したと知れた途端に攻めてくる可能性だって十分に考えられる。ならばいっそこのまま破壊せずに管理し、玉の変化を襲来の予測として利用することも可能だ。
でも――。
「危ないから破壊しましょう。大丈夫です。あいつらが何を企もうが今の自分なら必ず対処できる、と言えるだけの自信はつけましたから」
「あらあらあらあらあらあらあらあら頼もしいじゃない!! それにとっても可愛くて素敵よ!!」
「そこは嘘でもカッコいいって言ってくださいよ……」
「ごめんなさいねー。私って正直者だから」
「さいですか」
「でもそうね……ジー君がそう言ってくれるのなら、こんな雑用を任せるわけにはいかないわ。あとは私が片付けるから、ジー君はクロスセブンに帰って平和を楽しんでなさい」
うーん……玉を見つけて破壊するくらいならシャイニングさんでも可能だろうけど……。
「いいんですか?」
「もちろんよ。そもそも危険物を“浄化”するのは私の仕事なのよねー」
「分かりました。ならあとはお任せします」
「おっけー。久し振りに本気を出し――って、そうそう1つ忘れてた」
「?」
「もし連中が攻めてきたら、迷わず大将を叩きなさい。雑魚には構わず大将よ。いいわね?」
…………。
「もしかして……ローザ女王の伝言ですか?」
「あ、やっぱりバレた? そうよー。ジー君がなんでもかんでも解決しちゃうと、それはそれはで問題だからあまり手は出さないで欲しいらしいわ。アフターケアがどうとか言ってたわねー」
「そうですか……。一応、心の片隅にでも置いておきますよ」
「私はあくまで言伝を頼まれただけよー。どうするかはジー君の好きにするといいわ」
「はい、ありがとうございます。では失礼しますね」
そう礼を口にし、俺はクロスセブンの新居へと――転移してしまった。
「ほらどうです!! 私の言った通りの時間にジル様が帰ってきましたよ!?」
「フン、それは【直感】のおかげだろ? 他者から与えられた力で夫を理解した気になるとは……悲しい奴だな」
「く……さっきから貴女はなんなんですか!? 貴女がジル様の帰って来る時間を当ててみろと言ったのに……!!」
「私がなんなのかだと……? フッ、ジルの妻だ」
帰って来るなり耳に届くアリサの怒鳴り声と、静かではあるものの髪がバチバチしているので怒り状態のレラが目に入った。
「ジル様、今朝のレラ様との別れ話の続きを――」
「夫よ、このドロボウ破廉恥メイドをクビに――」
俺は宝玉駆除をしているメルフィの手助けに行くことにした。