第27話 帰還
「さあ、帰ってきましたよクロスセブン!!」
眼前に立ち塞がる大きな門を両手を広げながら見上げる。
現実の時間だとおよそ10ヶ月ぶりなんだけど、体感だと途方もない時間を過ごしたので、もはや懐かしいを通り越して新鮮味すら感じてしまう。
いやー、ホントほとんど覚えてないわ!!
アリサ達と過ごした出来事の大部分はまだきちんと覚えてはいるものの、接点の薄かった学生や教師、街並み、自室がどうだったかや、自分が周囲に対してどう振る舞っていたのかとかが相当あやふやだ。ぶっちゃけ学園の場所すら朧な有様である。
でもま、当分の間は元の日常へ戻るつもりはないから追々思い出せばいいだろう。
ここへ戻って来たのはあくまでクロスセブンが最も“敵”に狙われやすいだろうと考えてのことであって、まだアリサ達と再会を果たす気はない。何があってもすぐさま対応できるよう、待機するのが目的なのだ。最長で5年くらい待たなければいけないが……まあ、5年なんてあっという間だろう。
「ほう、これがクロスセブンか。思っていたよりも脆いな。これなら私1人でも制圧できそうだ」
レラが素手で門の一部を壊しながらなんか言っている。
他人のふり他人のふり……。
「そこのお前、何をしている!!」
「耐久性のチェックだ。ボボンボに伝えろ。こんなハリボテ、あってもなくても同じだとな」
「貴様……大精霊様を侮辱してるのか?」
「侮辱も何もただ事実を述べているだけだ。まったく……見た目だけは頑丈そうなのだがな、中身がスカスカな所は本人に似てしまったか」
「おのれ……少し容姿がいいからといってそこまでの暴言が許されると思うな!!」
2人の騎士を怒らせているけど無視だ無視……。
「やれやれ。この程度の言論の自由すらないとはな。おい、夫よ。ここは絶対君主制でも敷いているのか?」
「夫?」
げ、こっちに矛先が向いた!?
「ああ、誰かと思えばジル・クロフトさんじゃないですか。この人とはお知り合いなんですか?」
「お連れの方は変わった人が多いから……おや? なんだか今日のジルさんはいつもと雰囲気が違いますね」
「言われてみれば、普段にはない清廉さのようなものを感じるな」
近寄って来た騎士が友好的な顔から怪訝な顔へと早変わりする。
「なんて言うか……本物よりも本物らしいというか……そう、あまりに女性的すぎる」
「もしや偽物!?」
「ええ……」
まだ何も喋ってないのに偽物呼ばわりですか……。
「だからあれ程もっと男らしい格好をしろと言ったんだ」
「そんな忠告してねえだろ!?」
「怪しい奴等め、捕らえてボボンボ様へ突き出してくれる!!」
「ほう、やる気か? 上手く加減できるか分からないがいいんだな?」
「応援だ。応援を呼べ!! こいつらをクロスセブンへ入れるな!!」
「はい、そこまで」
軽く手を叩く。
このままだと収拾がつかなくなりそうなので、早々に強硬手段を取らせてもらう。
「それじゃあ、2人とも警備の仕事を頑張ってください」
「ありがとうございます」
「現在クロスセブンは治安が不安定ですから、御二人もお気を付けください」
敬礼する騎士に手を振りながらいそいそと門の中へ。
「見事な手際だな。あれなら自分が催眠魔法をかけられたとは気付くまい。ただ鮮やかではあるものの、やや繊細さに欠けるな。私にも効果が及びそうだったぞ?」
騒ぎを起こしかけた張本人が、賞賛と文句の入り混じった感想を口にしながら肘でつついてきた。
「いや、狙ってやったんだけど?」
「……なるほど、それはすまなかったな」
珍しく素直に頭を下げるレラ。
「俺の意図を解ってくれたか」
「ああ。しかしこんな回りくどいことをしなくても、きちんと頼めば相手をしてやらないこともないんだぞ?」
ダメだこりゃ。
何も理解していない。説教ついでに、どうして当たり前のように俺に付いてきているのかも問いただしたかったけど、この調子じゃあ聞くだけ無駄か。
レラと一緒だと余計なトラブルを招きそうだから落ち着くまでは“町”で待機していて欲しかったんだけどな……。事情を説明した時は「しょうがないな」とか納得していたのに、これならわざわざモモとラピスをクロノスに預けた意味がないじゃないか。
……でも今更追い返せないだろうし、あまりグチグチ言っても詮無いことだ。せいぜいレラが余計なことをしないように祈っておくとしよう。
「そう拗ねた顔をするな。別に頼まなくとも、場所とムードさえ合えばいつでも相手をしてやる」
「あっ、ここからの眺めは見覚えがある!!」
見当違いなことを呟いているレラを無視して懐かしのクロスセブンを堪能。
うん、なんかもう視界に人がいっぱいいるってだけでテンションが上がってきた。なんだか誰彼構わず「こんにちは」と挨拶したいところだけど、さすがに田舎者っぽいからやめておこう。それに目立った行動を取るとアリサ達に見つかる可能性もあるしな。
「フン、どいつもこいつも貧弱な奴等ばかりじゃないか。これなら本当に私1人でも制圧できるな」
「だからそういう物騒なことを言うなって。誰が聞いているかも分からないんだぞ?」
「心配ない。こんなにも魔力が淀んでいるのに気付かないような連中だ、聞かれたところでどうってことない」
「あー……やっぱレラも気付いてたか」
そう、レラが言うようにクロスセブンの空気は少しおかしい。
眼には見えないが、あまりよろしくない気配に覆われている。人体に影響はなさそうだけど……精神の方はどうだろうな。もしかすると精神が弱っていると人によっては変な気を起こしてしまうかも。あっ、だからさっき騎士の人が『治安が不安定だ』って言ってたのか。
んー、しかしいつからこんな状態になってたんだろう。
俺がここを離れた後か? それとも前? 定期連絡ではこんな報告を聞いてないからクロリアは気付いていないのか? それとも気付いてはいるけど、まだ対処中とか?
……いづれにせよ放ってはおけないな。
「どうにかするつもりか? ならば私は散策がてら、怪しい奴がいないか探してこよう」
「頼む。待ち合わせ場所は――あ」
もう行っちゃったよ。気が早いなー。
でもこういう時は頼りになる。……本人の前では絶対に言わないけど。
「Hey! そこの銀髪彼女! 俺とランデブーな……あれ? どこ行った?」
他者の認識をズラし俺を識別できなくする魔法をかけながら、この空気をどうやって浄化するか考える。攻撃魔法は人目につく上に効果があるかどうかも不明だから却下で……うーんと……吸い込んじゃうか。
とりあえずこの近くで一番大きな建物の上に飛び乗り、手のひらサイズの特殊なブラックホールを生成。出力を最大にして、都市全体を覆う淀みだけを吸い取る。
そして数分もすると……あら不思議。クロスセブンの空気はすっかり元通りに!!
「ほう、もう終わったのか。さすが私の夫だな」
「ぐはっ」
「誰この人?」
すさまじい速さで戻って来たレラが手にしていたのは、全身がずたずたになった男。
「人ではない、闇の上位精霊だ。時計塔の上で意味ありげにほくそ笑んでいたので事情聴取をし、色々あった結果こうなった。たぶん犯人だ」
たぶんでここまでボロボロにしちゃダメだろ……と思ったが、レラは妙に自信がありそうだし、この精霊から少し引っかかる魔力を感じるので本当にそうなのかも。
「く……くくく……私が犯人……? 面白い。一体私が何の犯人だと仰りたいのかな?」
「しらばっくれても無駄だ。貴様がこの都市によくない物をばら撒いたのだろう?」
「くくく、だからその『よくない物』とは何ですか?」
「それは今から貴様が喋ることだ」
「おお、怖い怖い。雷の精霊様は怖いですなー。あまりの怖さに私は死んでしまいそうです。そうなれば……この『よくない物』の正体は一生分からないままでしょうなー」
「ほう?」
「くくく、貴女は自分が主導権を握っていると思い込んでいるようですが、それは勘違いです。握っているのは真実を知っている私だ。あの隠された恐ろしい真実をね。ひひ、分かったか? お前達に選択権なんて最初からないんだよ……! この都市で起こる惨劇を見たくなければとっとと最良の選択である土下座からの――」
「やはりお前が犯人じゃないか。どれ、では私が裁いてやろう」
「え? いや、私の話を聞いていたか? 私にもしもがあれば――」
「雷拳制裁!!」
「ぐあああああああああああああああああああああ!!」
レラがグーで殴ると同時に鋭い雷が精霊に直撃し、彼は塵となって消えてしまった。
「フン、そんなに命乞いがしたければあの世でするんだな」
決めゼリフを言いながら、謎の格好いいポーズを取るレラ。
………………。
…………。
……。
「って、やり過ぎたバカ!! まだ全然話を聞いてねえじゃねえか!!」
なんとも先行きが不安になる滑り出しだった。