第26話 町
「また騙したな!!」
「騙していない」
「祭りだとか言ってたのに全然違うじゃねえか!!」
「“祭りのようなもの”と言っただけで祭りだなんて言ってない。お前が勝手に勘違いしただけだ」
「あんな風に言われれば誰でも勘違いするわ!!」
「フン、終わったことをゴチャゴチャとうるさいぞ。何事もなく倒したからいいじゃないか」
『キュウ……』
レラが手のひらサイズとなった二匹の竜を指差しながら、若干嬉しそうにしている。
その内から湧き上がって来る感情を抑えようとして抑えきれていない様を見てしまうと、なんだか怒るに怒れない。
「はあ……しょうがないなー」
怪我もしなかったし、倒すのに1分もかからなかったんだから日常の中のちょっとした刺激くらいに捉えておくか。
……でもホント2匹の竜達が大したことなくて良かったよ。
30メートルはありそうな巨体を見た時はどうなることかと思ったけど、デカいだけで実力は然程なく、割と強めの攻撃1発で2匹とも沈んでしまった。レラが俺に協力を仰ぐんだからどんな化け物かと恐々としていたのに、あっさりと終わってしまって拍子抜けしそうになったくらいだ。
おそらく単純なパラメータで言えばレラの方が上だったんじゃないかな? だけど相手は2匹いたし、電気を通しにくそうな体をしていたから相性が悪かったのかもな。もしレラではなくスイレンがこの場にいたのなら彼女1人でもどうにか……は無理か。軽くイメージしたらあっという間に頭からムシャムシャ喰われてしまった。
考えてみれば、次元ごと切り裂く常闇の刃を受けてもなお小さくなっただけで生きているんだから、この竜達って十分強いじゃん。なのにあまり強く感じなかったってことは――あれ? 俺が強くなったのか?
「さてさて、お前らはどうしてくれようか? お前らには散々辛酸を舐めさせられたからな、焼いて食ってやろうか?」
「キューキュー……!!」
レラが竜を摘まみながら悪い顔をしている。
……まあ、この世界の生物に苦戦するようじゃあ、バルディア撃破なんて夢のまた夢なんだし、今回の結果は好意的に受け止めていいのかもな。
「よし、じゃあ総括も終わったことだし俺は帰るぞ」
「キュー!!」「ピーピー!!」
「ん?」
背を向けようとしたら竜達が騒ぎ出した。
見れば、まるで俺に助けを求めるかのように翼をバタつかせている。
「ふむ」
……可愛いな。
デカいバージョンは厳ついだけで可愛さの欠片もなかったけど、ちっちゃくなってからは愛くるしい小動物みたいで心が惹きつけられる。そして今の状況を例えるなら雨の日に段ボールの中で震える子犬と子猫って感じか。
助けねば!!
「なーなー、レラさんや。この2匹は俺が引き取ってもいいかい?」
「ダメだ。こいつらは煮て食うことが決定している」
「キュウ……」「ピーピー!!」
「えー。だってこんなにキュートな容姿をしているだぞ? 食べるなんて可哀想じゃん。ペットにすべきだって」
「ダメだダメ。今はこんなでも、すぐに大きくなって『我に供物を』とか言い出すに決まっている」
「ちゃんと躾けるから大丈夫!!」
「そうやって安請け合いして育てきれなくなったらどうするつもりだ? まさか野に放つつもりか? その気になれば辺り一帯を簡単に不毛の地へと変えられる奴を?」
「むぐ」
くっ……伊達に教師をしていないな。
反論の糸口が見えないぞ。
どうすれば――
「例えこいつらを逃がしたとしても、今の弱った状態ではその辺の魔物にやられてしまうだろう。ならば私達の腹の足しにした方がよっぽど有意義なはずだ。きっとワインとも――いや、煮るよりも燻製にした方が合いそうな気がするな。しかし燻製にするには大きさがネックか……?」
――!!
「ならもう少し大きくなってから燻製にしようぜ。肉があまりそうだったら竜田揚げにしてもいいし」
「竜田揚げか……。悪くない。1度食べてみたいと思っていたのだ」
「じゃあ……?」
「良かったなお前ら。しばらくの間は生かしておいてやろう。早く大きくなって私達のお腹を満たすのだぞ?」
「キュウ……」「ピー……」
よしよし、とりあえず延命させることには成功した。
あとは2匹を飼っているうちに情が移るのを期待するとしよう。ダメそうならクロノスに預けてもいいし、手段ならいくらでもある。
ククク、誰がこんな可愛い奴等を油で揚げさせるもんか。
「……ではその竜を転移か何かで小屋に送れ。案内する場所がある」
「はあ? やだよ」
もうレラの言葉は信用しないぞ。
うっかり信じてしまえば、どんな災難が降りかかるか分かったもんじゃない。さっさと小屋に帰って2匹の竜を愛でるのだ。名前を付けてあげたり、寝るスペースの確保やら毛布の調達等、やることは沢山ある。レラの罠に引っかかってやる時間など微塵もありはしない。
「いいから黙って付いてこい」
「あ、こら、テメエ何をしやがる!!」
強引にお姫様抱っこをされてしまった。
暴れて抵抗しようとしたが、バチバチと不吉な音がしたので大人しくしておくことに。
「心配するな。お前を“町”に招待するだけだ」
「ここが私達の町“ヘブラ”だ」
「ふーん……町っていうよりかは廃墟だな」
レラに連れられてやって来た場所はおよそ人が住むとは思えないような荒れ果てた場所だった。
建物らしきものはチラホラと見えるが、そのどれもが半壊しており、おまけにツタも絡みついているから長年放置されていたんだと一目で分かってしまう。至る所に生えている草木も手入れされているわけでもなく伸び放題だし、正直なところここを“町”と言うには無理がある気がしてならない。
「廃墟か……。まあそう思うのは無理もない。かつて栄えていた頃の面影もなくなり、町の9割以上がこの有様だからな」
「かつてって……どのくらい前だ?」
「2000年前だ。あの大戦が始まる前まではヘブラは世界でも有数の大規模都市だった」
「2000年!? まさかその間ずっとここに住んでいたのか!?」
「当たり前だ。ここは私が生まれ育ち、愛した町。離れる理由などない」
大したことなさそうに言うレラに思わず絶句してしまう。
「2000年以前はどこもかしこも賑わっていた。子供も大人も老人も旅人も男も女も人間も精霊も皆が楽しそうだったんだ。しかし大戦が始まると徐々にみなから笑顔が消え、終戦を迎える頃には若い男女が都市からほどんど消えた。それから10年もしないうちに周囲に異常気象の発生や新種の魔物が発見されるようになり、100年も経たずに人口は10分の1以下となった」
「……」
「残った人間達と話し合った結果ここを都市から町へと名を変え、機能の全てを中心部に集中させたが、結局500年ももたずに人間は全員死んでしまった。残ったのは私達雷の精霊だけだ」
「……どうして雷の精霊だけなんだ? 他の精霊はいないのか?」
「そいつらは他の大精霊の命に従って“外”へ避難した。あの腰抜け共は世界がどんどん住みにくくなると分かる否や、一部の人間達を見捨て、自分たちが守るべき範囲を勝手に縮めたのだ」
その範囲ってのがカルカイム、ベルダッド、レストイア、ラングッドの人達が住む場所ってことなのかな?
「私はあいつらを同胞とは認めない。認めるのは私と同じく廃墟となった町や村に未練を残すものだけで、それ以外の奴等とは連絡すら取ろうと思わないほど嫌いだ。……しかしそれ以上に人間が大嫌いだ。元はと言えば、人間がくだらん戦争など始めたからこんなことになってしまったのだ。私が認める人間はかつてこの町に住んでいた者だけ。それ以外は全て私の憎むべき敵だ」
そうか……だから人間が嫌いだと言っていたのか……。
「だが今日はその例外が誕生した。お前のおかげで町の崩壊を進める原因の1つを排除することが出来た。この活躍には私も礼をもって応えねばならない。――ありがとうジル・クロフト」
初めてレラの俺を見る目が優しくなった。
あまりの不意打ちにちょっとだけ心が揺れたのが悔しい。
「約束通り、お前を私の夫として認めよう」
「そんな約束してねえからな!?」
しかしそんなトキメキもすぐにどこかに行ってしまうのだった。
それから数えるのもバカらしくなる程の時間が経過した――
鏡を見つめ、自分がどのくらい強くなったのかを確認する。
見た目に違いはないが、内包する魔力は確かに感じ取れた。
……うん、もうそろそろいいかな。
「帰るか、クロスセブンへ!!」