第25話 居候
「この問題を解ける子はいるか?」
「はいはいはいはい!! 答えは14です!!」
「うむ、正解だ。よく出来たな」
「へっへーん」
「む。……先生!! そこの問いは-27です!!」
「正解。難しいのに凄いぞ」
「当然です。私はあんな簡単な問題を解いて喜ぶバカと違いますから」
「なんだとテメー!? オレがバカだって!?」
「誰もアンタだなんて言ってませんー。なのに反応するってことは自覚があるんでしょ?」
「このヤロー!!」
「こらこら、喧嘩はやめなさい」
「レラ様……!! 申し訳ありません!!」
「どうしたそんなに慌てて。魔法の練習はどうした?」
「ササが私の魔法の巻き添えを喰らって昏倒してしまいました……」
「どれどれ……うむ、命に別状はない。そこのベッドにしばらく寝かせておけば大丈夫だ。練習が終わる前には――あっ、こら、喧嘩はダメだと言っているだろ!!」
「レラ様どうしましょー。クッキーがいつの間にか炭になってまーす」
「焼き過ぎたバカたれ!!」
「……」
もー、騒がしいなー。
ちびっこ精霊が争う声、仲間を心配する声、料理をする音に怒鳴り声、外では雷がゴロンゴロン鳴っていて刺繍に全然集中できない。
でも文句を言うとちびっ子達が「しゅん……」としちゃうから言い難いだよね。そのくせ騒ぎの中心にいる大精霊様は気にも留めないだろうから頑張って気にしないようにするしかないか。
……ここは私の家なのにどうしてこんなことになったんだろ?
――レラとの勝負に勝った5日後、彼女は宣言通りにまたやって来た。そして「さあ、勝負だ」と言い出したので、このままだとズルズルと何回も勝負をする破目になると危惧した私は、平和路線を変更して真剣勝負を提案。2度と挑もうと思えないようフルボッコにしてやった。
いやー、あの戦いは長かったなー。
彼女の魔力が尽きるまで攻撃を防ぎ続け、尽きたら能力で回復をしてあげる。そして再び攻撃を防ぎ続け、彼女の魔力が切れたらまた回復――というのを彼女が根を上げるまで繰り返した。確か……丸一日は戦っていたかな? 最後の方とか彼女が半泣きだったのはよく覚えている。
でも結局彼女は「参りました」とは言わず正式には決着はつかなかったんだけど、口に出さないだけで負けは認めていたようで、しばらくの間姿を見せなくなった。――そう“しばらく”は。
私がすっかり元通りだと安心した頃に彼女は再び姿を見せるようになった。
最初は喧嘩を吹っ掛けるわけでもなくただ遠巻きに観察するだけ。とりあえず無視していたら日に日にその距離は近くなり、しまいには小屋に入り込んで黙ったまま居座り出した。
さすがに無視できなくなり追い出そうとしたら「お前が安全な人間だと分かったら観察はやめる」と言うので好きにさせることに。
そしたらこうなった。
回想終わり。
「……まあ、いっか」
こうなってしまった経緯は不明だけど、もう諦めて受け入れることにしよう。関わらないと決めた最大の要因である『巻き込まない為』って理由はちゃんと説明したし、あとは自己責任だ。
私はしーらない!!
「やれやれ、またこんな所で寂しく裁縫をしているのか」
「来たな諸悪の根源」
私のアトリエをこんな隅っこに追いやった張本人が呆れ顔をしながらやって来た。
「失礼なことを言うな。私は何度も下でやればいいと言っただろ」
「危ないじゃない。針で縫っている時にちびっ子達が暴れたら怪我させちゃうかもしれないでしょ?」
「子供とは失敗をしながら学んでいくものだ。何でもかんでも守ってやればいいという問題ではない。それとどうでもいいが、口調が変わっているぞ」
「……失敬」
いけないいけない。またやってしまったか。どうも繊細な作業をしていると思考が切り替わってしまうみたいだな。……んー、そろそろ本気で直さないと手遅れになるかもしれないし、次からはマジで注意しよう。
「話があるから下に来い。子供や他の子達は帰して、今いるのは気絶中のササだけだから大丈夫だ」
「えー、めんどいなー」
それでもレラに続いて下へ降りる。
1階にあるふかふかソファがとてもお気に入りだからだ。
まるで雲に座ったかのようなふわふわさは至高の――んん!?
テーブルの上に空き瓶がある!?
「おいレラ!! お前また酒を飲んだのか!!」
「飲んでない」
「嘘つくな!! あの空き瓶はどう見てもビール瓶じゃねえか!!」
「フン、アルコール度数10%以下など水と同じだ。味もいまいちだったし、やはり私はワインの方が好みだ」
「お前の好みなんか聞いてねえよ!! 昼間っから、しかもちびっ子達の前で酒を飲むなって言ってんだよ!!」
さらに性質の悪いことにこの酒代は俺のポケットマネーから出ている。
あれ以来、神様には繋がらないものの、注文を受け付ける機能自体は残っていたのでこれまでと変わらず他世界の商品を取り寄せることが可能なのだが、それに目を付けたレラが酒やおつまみを頼むは頼む。おかけで2階の一室が酒蔵と化したほどだ。
仮にも“先生”を名乗る奴が人の金を勝手にそこまで使うか? いやしない。
「普通なら恥ずかしくて俺や生徒に顔向け出来ないはずだがな?」
「お前こそ男を名乗っている癖に女の真似事をして恥ずかしくないのか?」
「おっと、論点をズラそうたってそうはいかないぞ。俺はきっちりとお前のダメ教師っぷりを追及するからな」
「……フン。確かにいくら酔わないからといってあの子達の前で飲んだのは軽率だった。反省しよう。次からは決してクッキーのお供に酒を飲もうなどと思わん。あまり合わないしな」
“次”からね……。
俺の経験上、『次は頑張る』『明日から本気出す』『以後気を付けます』とか言う奴の8割は翌日になるとその決意を忘れる。そして同じ過ちを繰り返し、また『次こそは』とか言い出すのだ。
おそらく彼女もその類だな。お堅い姫騎士みたいな容姿をしているのに、中身はただの偉そうな姉ちゃんだもんな。平気で嘘もつくし、目的の為なら手段も選ばないから、あまり反省の弁を真に受けない方がいい。……となると、酒蔵の入り口を次元断絶式封印術で閉ざすしかないか? うん、なおる見込みがなければそうしよう。
「で、なんか話があるのか?」
さっき話があるとか言ってたよな。
「ああ。いい知らせと悪い知らせがあるのだが、どちらから聞きたい?」
…………。
「じゃあ、いい知らせから」
「あの子達がお前に日頃の感謝を込めてクッキーを焼いてくれたぞ」
「へえ!! それは嬉しいな!!」
「ほら、これがそうだ」
そう言って渡されたのは真っ黒な……クッキー?
は、ははは、もしかしてチョコクッキーなのかな?
「正直に言って、食べるのはお勧めしない」
「……気持ちだけ受け取っておく」
さすがにここまで黒いと食べるのは無理だろう。
ホント気持ちは嬉しいんだけどね。
「それで悪い知らせは?」
「年少組がお前のコレクションの一部を破いてしまった」
「あらら」
出されたのは器用に胸の部分だけ破かれたゴスロリメイド服。手間暇かけて完成させただけに思い入れのある一着だ。
「私の監督不行き届きだ。すまなかったな」
「別にいいよ」
ちびっこ精霊がやったことだし、保護者であるレラにも謝ってもらったんだから深く追及はすまい。どうせ怒ったって柳に風でのらりくらりと躱されるだけだしな。……ただレラも俺が許すと分かっているのか、すっかり終わった気になってジュースを飲んでいるのが癪に障る。ソファに座って本も読み始めたし、ちょっとくつろぎ過ぎだろ。
でもなー、言ってきくような可愛げのある奴じゃないからな……。
だからって強硬手段も通じない。
あまりにも居座るもんだから、前に1回だけ記憶を消して都合のいいように改竄したのだが、何故か数時間もしないうちに「記憶を弄っただろ!?」と怒鳴り込んで来て放火されたことがあった。おそらく、なんらかの方法で記憶のバックアップを取っているのだろうが……スイレンがそんな対策をしていないことを祈るばかりだ。
「そういえばお前はいつまでここで暮らす気だ?」
こちらに顔を向けず、ページを捲りながら質問してきた。
一瞬、胸でも揉みしだいてやろうかと思ったけど、変な勘違いをされても嫌なのでやめておくか。
「さあな。明日かもしれないし、10年後かもしれない」
「そうか。この小屋は便利なのでな、お前がいなくなった後も使っていいか?」
「構わないよ」
ただしその時には時間の流れは元に戻しているだろうけどな!!
「……なんだかんだでお前には世話になっているな。これでも私なりに感謝はしているんだぞ?」
「どうした急に」
感謝を口にしたのは初めてだ。
罠か? 罠なのか?
「どうだ、もうすぐ『交竜の日』があるからお前も参加してみるか?」
「交竜の日?」
「ああ。100年に1度この辺りに2匹の竜がやって来るのでな、みなで歓迎してワイワイやる祭りのようなものだ」
「へー、楽しそうじゃん」
精霊と竜の交流とか如何にもファンタジーっぽくていいじゃん。
「せっかくだし参加させてもらおうかな」
「分かった。頼りにしているぞ?」
「?」
よく分からんが、楽しみだなー!!
そして迎えた当日――。
『矮小なる生き物よ。此度も我らの争いの邪魔立てを目論むか』
『気概は良し。されど愚かなり。滅びの大地ごと消し去ってくれよう』
「さあ、やるぞジル・クロフト!! 奴等に勝てばお前を認めてやろう!!」
やっぱり罠でした。