第11話 魔物戦
ギルドの前まで到着すると、入り口に五人ほどたむろしていた。
その内の一人は見覚えがある。確か、下品なことを言って“フロル”に蹴り飛ばされた奴だ。
こんな所にいると邪魔だなと思いつつも、彼らを素通りしてギルドの中に入ろうとするが、三人が俺の前に出てきて道を塞いできた。後ろを向いてみてみると残りの二人が剣を構えてこちらを睨んでいる。
ふむ、囲まれたな。
「よぉ、姉ちゃん。昨日はよくもやってくれたな。おかげで俺は――」
「邪魔だ。退け」
「は、はい、すいません……どうぞ……」
昨日蹴り飛ばされた男が因縁を付けてきたが、軽く殺気を放ちながら脅してみたら五人とも退いてくれた。楽でいいが、もうちょい頑張ろうぜ。
つい男言葉が出てしまったことを反省しつつも、さっさとギルドに入る。
中に入ると皆がこちらを見てきた。
なんかデジャブ。
先ほどの殺気がこちらまで漏れちゃったかな。
まぁ、目立っていいか。
途中「あいつが例の?」「ブラトさんがやられたらしい」「噂によると空き地のアレは奴が……」「凄い殺気だったな」「たいしたことはねぇ」「マーシャさんが……」などの話し声を聞きながら犬耳さんの受付へと向かう。
「おはよう。昨日の依頼が片付いたからまずは報告に来たわ」
女言葉ってのはどうも使っていてムズムズするな。
癖にならなきゃいいが……。
「おはようございます。相変わらず登場が派手ですね。早くも皆さんの噂の的になっていますよ。あ、依頼終了の紙もらいますね」
「はい、どうぞ」
噂になるのは構わない。どんどん噂を広めていってくれ。
「……確かに依頼達成のサインですね。これで今回の依頼は終了です。……こちらが報酬の1,000キリカです、どうぞ受け取ってください」
「ああ、ありがとうね」
もう“フロル”に変わる気はないが、念のため俺にしか取り出せないよう能力で異次元にしまっておこう。俺は貯めた金で風俗に行くつもりなのだ、これ以上勝手に使われてたまるか。この町で一番高い店に行くにはあと4,000キリカ。目的を達成するまでは絶対に死守するぞ。
「フロルさんはこれから新しい依頼を受けるんですか?」
「そうよ。次は魔物関係の依頼を受けようと思っているわ」
「でしたらフロルさんに引き受けて頂きたい依頼があるのですが……」
へぇ。五級になったとは言っても、まだ二日目の新人に直接依頼ですか。
「いいわ、取りあえず話を聞かせて頂戴」
「難易度は三ツ星で、内容は『フィーリア湖』の調査です」
フィーリア湖……。確かここメイユ市から徒歩で二日ほど行った先のラクルテル山脈の麓の近くにあったはず。
「調査、とは具体的に何を?」
精霊が住む湖とか言われているみたいだが今まで誰も見た者はいないらしいから、これは違うよな。となると、水質検査とか?
「湖に異常がないかどうかです。普段は誰も近づかないのですが、フィーリア湖は精霊が住んでいると言われているため神聖視されているんですよ。ですから異常がないか定期的に調査しているんです」
誰も参拝に来ない神社の手入れだと思えばいいのかな。
「ふーん。何でお……私に?」
「この依頼は国からされているので、ギルドとしては無視するわけにはいかないんです。でも引き受けてくれる人がいなくて……。湖には魔物がいないのですが、道中にかなり強めの魔物がいますので結構危ないんですよ。その割に報酬は高くないですから、割に合わないって断る人が多くて……。それでフロルさんならもしかしてって思ったんです」
報酬が安いのか。
国も不確かな存在の為に金はかけたくないってことなんだろう。
「ちなみに報酬はいくら?」
「……4,000キリカです」
4,000キリカ!! ちょうどピッタリじゃないか!!
「いいわその依頼、引き受けましょう!!」
これで俺の脱童て――って違う違う。
やや強めの魔物っていうのに惹かれたから引き受けるんですよ。
それに精霊が住む湖ってのも興味あるし。
「本当ですか!? ありがうとうございます!!」
お、犬耳がパタパタ動いている。可愛いな。
「お礼なんて必要ないわ。それで、ただ調べて来るだけでいいの? 他に注意点とかある?」
「そうですね……。あくまで調査なので、異常があった場合は解決しようなんて思わずにギルドに教えてくれるだけで大丈夫ってことですかね。フロルさんはお強いので自力で解決しようなんて思うかもしれませんが、例え解決してもその分の報酬は支払われないので損をしちゃいますよ」
他にもフィーリア湖の詳しい場所や、出現する魔物、確かに現地に行ったということの証明として、湖付近にある看板の数字を見てくるように、などの説明を受けた。
「こんなところですかね。長々と話してしまいましたが、大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫。説明も終わったし、さっそく行ってくるわ」
なんとか今日中に依頼を達成して、お金を手に入れたい。
場所もかなり遠いし、早く行かないと。
「あの……その前に、さっきから気になっていることがあるので聞いてもいいですか?」
「ん、何?」
犬耳さんからの質問か。なんだろう、凄く気になる。
昨日“フロル”が何かしたことかな。
「変なことを聞くんですが……、貴女は本当にフロルさんですよね?」
……。
「……ええ、そうだけど違う人に見える?」
姿は間違いなく“フロル”のはずだ。
それなのに疑われるとは……。
「す、すいません、そうですよね……。昨日に比べて口調や仕草が随分違ったのでつい……。気を悪くされたのでしたら、すいません……」
そうか、自分では上手くやれていると思っていたのだが全然だったんだな。会ってまだ二日目の人に普通なら絶対にしない質問をするくらいだ、余程変だったのだろう。
……取りあえず言い訳をしておこうか。
「……あまり大きな声では言えないんだけど、実はさっきブラトに求婚されてね、突然の事だったからちょっと動揺しているのよ」
嘘ではない。
実際、“フロル”の慌てっぷりは酷かった。
「ええ!? そうなんですか!? そ、それで返事はどうしたんですか!?」
身を乗り出して、興奮気味に聞いてくる。
「私より弱い人に興味はないって断ったわ。……諦めたかどうかは知らないけど」
「断って正解ですよ!! 言っちゃなんですが、フロルさんとブラトじゃあ釣り合わなさすぎです。彼はもっと身の程を知るべきですね」
意外と毒を吐くな。
それと犬耳さんの中で“フロル”の評価が高いような気がする。別にいいけどさ。
「断ったことを気にしているのかもしれませんが、そんな必要はないですよ!! もっとフロルさんらしくいきましょう!!」
俺の手を持って、熱っぽく語る。
“フロル”っぽくって何さ?
「え、ええ、そうね。次合う時までには元に戻っているようにするわ。……それじゃあ、いいかげん行ってくるわね」
「はい、行ってらっしゃい。元気なフロルさんに会えることを期待していますね」
犬耳さんはひょっとすると百合属性をお持ちなのかも、と思いつつ、これ以上怪しまれないように急いでギルドを後にするのであった。
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「ん~、もう少しで山の麓の森が見えるはずだが……」
メイユ市を出てから、かれこれ二時間近くは走っている。
普通は二時間走っただけで徒歩二日分の距離を稼ぐことは出来ないのだが、能力で強化されているこの体では簡単なことだ。むしろ、メイユ市では危なくて出来なかったことを試していたせいで予定よりも遅いくらいだ。
……そういえば、道中では魔物が出るという話だったが、まだ見ていないな。
もうメイユ市から大分離れているのにまだ遭遇しないということは、よほどしっかり魔物を掃討しているのか、それだけ魔物の数が少ないのかのどちらかだろう。今までの情報からすると後者かな。
人も全くいないし、なんだか少し寂しい。
「とか思っている内に着いたな」
無事、山の麓の森まで到着した。この森を進んだ先に目的の場所がある。
森は木々が生い茂っている為、薄暗く、入り口からでは中がどうなっているかよく分からない。その上、時折何の生物か分からない鳴き声が聞こえてくるのが恐怖心を煽り、森に入るのが若干、戸惑われる。
何が起きても大事にはならないだろうが、怖いもんは怖いのである。
少しビクビクしながらも森を進んでいたが、五分もすると慣れてきたのか周囲を観察する余裕が出てきた。地球とは環境が違う所為か、見たこともない植物ばかりなので興味深い。
なんだかピクニックみたいだと思っていると、何かが近づいてくる気配を感じた。
……あー、ついにこの時が来たか。
俺は足を止め、気配がする方へ体を向ける。すると、黒い犬のようなものがこちら目掛けて走ってくるのが見えた。
アレは……ガルグ、かな? 何にせよ魔物であることは変わりないだろう。
「ガルルッ!!」
俺の前で立ち止まるかと思っていたが、魔物はスピードを緩めることなくそのまま俺に襲いかかってきた。
「ほいっとな」
だが、俺は慌てずに左腕で防御。左腕は思いっきり噛み付かれたが、この丈夫な体では子犬が甘噛みしてくるくらいのダメージしかない。自信はあったが、もしかしたら腕を噛み千切られる可能性もあった為、無事でちょっと安心。
「ふむ、こうして見てみると不気味だな」
一生懸命、俺の腕を噛んでいる魔物を観察してみる。
多分こいつが犬耳さんの言っていた強い魔物のガルグだな。
外見はちょっと逞しい犬って感じだ。しかし、普通の犬とは一つ決定的に違うところがある。さっきは走っていたり薄暗くてよく分からなかったがこいつ、目が六つあるのだ。俺の腕を噛むたびに六つの赤い目が不規則に動くため、おせじにも可愛いとは言えない。
いや、可愛くなくて逆に助かったか。これからこいつを殺さなくちゃいけないわけだから、愛くるしい姿だと殺り辛くて困る。
……いい加減、覚悟を決めるか。
「一撃で楽にしてやるからな」
右手を握りしめ、ガルグに向けて構える。
「グル!?」
俺の殺気に反応したのか、逃げ出そうとするがもう遅い。
「はあっ!!」
今、俺が出せる本気の力でガルグの頭を殴り飛ばす。
拳の衝撃に耐えられなかったのかガルグの頭は消し飛び、大量の血をまき散らして絶命した。
殺した……んだよな?
殴った時の感触がしなかったせいか殺した、という実感があまりしない。
だが手に付着している血や転がっている死体が、確かに俺が殺ったということを物語っている。
……いかん、少し気分が悪くなってきた。
なんせ初めてだからな……。むしろ何も思わない方がおかしい……はず。
魔物と戦っていけばそのうち慣れていくのだろうか?
「はぁ……、少しは感傷に浸らせてくれよ……」
人がセンチメンタルな気分でいるのに、複数の生物が近づいてくる気配が。
ガルグは群れで行動すると聞いていたから、たぶん残りの奴らだな。今、俺が殺したのは特攻隊長みたいなものだったのだろう。
出来れば俺の精神衛生上の為にも連戦は避けたかったのだが、しょうがない。迎え撃とうじゃないか。
現れたのは案の定ガルグで、最初の奴とは違い俺を取り囲むようにして様子を窺っている。一、二、三、四……全部で五匹だな。
「ガル!!」
その内の一匹が俺に飛び掛かってきた。俺は避けずに――
「『風刃』」
風の刃を口に突っ込む。
するとガルグの口から上は吹き飛び、勢いそのまま地面に倒れ伏す。そして数回ぴくぴく痙攣すると動かなくなった。
まず一匹。
「往け『烈風』」
仲間が目の前で死んだのを見て怯んだのか、動きが止まっている。
その隙に全長二mほどの小さな竜巻を二つ同時に放つ。
「ぎゃう!?」
竜巻はそれぞれ一匹ずつに命中し、体をズタズタに切り裂いていく。
あれはもう助からないだろう。
「続けていくぞ、『穿風』」
竜巻に巻き込まれている二匹を横目に、生き残っている片方に近づく。そして反応する暇すら与えずに頭を風の槍で穿つ。倒れると同時に『烈風』も収まり、動くものは一匹だけとなった。
さぁ、次でラストだ。
「ガウン……」
勝てない、と判断したのか俺に背を向けて逃げ出そうとする。
悪いが逃がす気はない。
「『プレス』」
空気の塊をガルグの上に落として抑え込む。ジタバタと必死にもがいて脱出しようとしているが――
「『黒剣』」
闇属性の魔法で作成された剣で首を切断すると、それ以上もがくことはなかった。
「終わった、な……」
戦闘終了。計六匹のガルグを殺したわけだ。
ガルグは冒険者の中でも倒せるものが少なく、一人で倒せたらベテランの仲間入りと言われているみたいだが、そこまで強いとは感じなかった。二戦目のガルグ達には敢えて“ジル”の時にでも使える魔法で戦ったのだが、十二分に通用したし。さすがに攻撃を食らったらヤバいだろうが、油断さえしなければ勝つことはそう難しくないはず。
今のだけで判断するのはどうかと思うが、強いと言われている魔物が大したことなかったのだ、きっと喜ぶべきなのだろう。
だが、胸に燻っている不快感がそれを邪魔する。
かなりの返り血を浴びたことや、周りの死体、『黒剣』で首を切断した時の感触が手に残っている、生物を殺した、などの理由で俺は今非常にアンニュイだ。
「でも、やるべきことはやらないとな!!」
それでも無理やり気合いを入れてガルグの死体処理に移る。具体的には体内にある魔石を取り除く作業だ。これをしないとゾンビ化してしまうらしいからな。
『ガルグの魔石を取り出しますか? YES or NO』
ガルグのどこに魔石があるかなんて分からないので、手っ取り早く能力で取り出す。すると体の中心辺りから、ゴルフボールくらいの紫玉が出てきた。良し、成功。
能力使用ついでに自分の体も綺麗にしておこう。
その後、残りの死体からも魔石を取り出しつつ、死体を一か所に集める作業に入った。素材をギルドに持っていけば買い取ってくれるのだが、そのためではない。
弔いの為だ。
次回からは素材も回収して売りに出すつもりだが、今回だけは俺の精神衛生の為に弔うことにする。
「死者を慰め 安らかな眠りを与えよ……『浄炎魂』」
周りに燃え広がらないように、ガルグだけ燃やす炎を発動させる。
炎は瞬く間にガルグを燃やしていき、数分も経たぬうちに骨まで焼き尽くした。
「……」
行くか。
俺はフィーリア湖に向けて再び歩き出した。