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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
3章
129/144

第24話  訪問者

 しょうもない誤解を受けてから現実時間で5日が経過した。

 あの日以来、雷がけたましく鳴る音をよく耳にする。偶然……などではなく、おそらく彼らがこの小屋を探しているのだろう。怖いので小屋に認識疎外の魔法をかけたが、日に日にデカくなる雷の音に頭を抱えてしまいそうだ。

 もちろん誤解を招く原因を作った神様にクレームの電話は掛けたが『この番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上――』と悪徳業者並みの対応に思わず端末を床に叩き付けてしまった。

 ……ちなみに例の本は全て焼却処分してある。アリサに似ている子が多かったのがそこはかとなくムカついた。


「あーーーーーっ!? こんな所に裸の美少女が!?」


 外からわざとらしい棒読みゼリフが聞こえる。

 舐めてんのか。


「お姉ちゃーん……!! 出て来てよー……!!」


 今度は悲痛な少女の呼び声。

 バリエーションが豊かだなー。こんなことしている暇があるってことは結構余裕があるんだな。少し心配していたんだけど、どうやらその必要はないみたいだ。

 どうせあと数日もすれば諦めるだろうし、それまでは外の騒ぎをBGMに服でも縫っていようか。



 それからさらに5日が経過した。

 怒鳴り声や雷の音もやみ、辺りに平和が戻った。

 少女の叫びも聞こえないし、そろそろ堂々と外出していいかな? 食料を探しに行くたびにどこへ転移しようか気を使うのも疲れるんだよねー。……あー、でも認識疎外の魔法はかけたままにしておこうか。じゃないとまた誰かやって来るかもしれないもんな。

 ――そう思った時だった。


「邪魔するぞ」


 激しい音と共に、入り口のドアが目の前まで吹っ飛んで来た。


「お前がみなに噂されている少女趣味の変態レズビアンだな?」


 訪問者の第一印象は“戦乙女”。

 端正な顔立ちに長い金髪、防御力の高そうな白いドレス。そして何よりも油断のない目つきが彼女は常に戦いに身を投じているのだと理解させられた。


「残念。俺は男だよ」


「フン、レズビアンでもロリコンでもどっちでもいい。人間である時点でお前は敵だ」


 空気がピリピリする。

 相手の気迫に圧されているとかじゃなくて、物理的に痺れるのだ。

 原因は一目瞭然。彼女が身に纏っている電気の所為だ。あれの所為でさっきから肌がピリピリする。

 ……まあおかげで彼女の正体の見当はついたけどな。

 人嫌いで有名な雷の精霊――その大将だろう。


「そっちがそう思っていても俺は敵だなんて思ってないよ。関わるつもりもないし、大人しく帰ってくれないかな?」


「お前の存在がみなを不安にさせる。ここに居座られるだけで多大な迷惑だ」


「じゃあどうしろと?」


「“外”へ帰れ」


「無理な相談だな」


 この場所は特殊なのだ。

 他の空間にほとんど影響を与えずに時間の流れを変えられ、毎日の食事に困らない程度の環境も整っている。こんな優良物件はなかなか見つけられない。他にあるのかどうかすらも分からない。もしかしたら明日にでもバルディアが攻めて来るかもしれないのに、また新たな住処を探している暇や余裕などないのだ。

 彼女達には悪いが、立ち退く気はゼロ。


「ならば実力行使するまでだ……!!」


 鋭い嘴を持つ巨大な雷鳥が突っ込んでくる。

 それを片手で叩き落としながら、この人をどう追い払おうか考えを巡らす。

 うーん……戦闘で勝つのはあまりよろしくないよな。今の魔法からしておそらくこの人が“町”の中で最も強い人だろうから、実力で勝ってしまうと町の人達により深い恐怖を与えてしまう。大勢で攻めてこられても面倒だし、生贄とか捧げられたらもっと迷惑だ。俺が原因で町の人達がお引越し……とかなっても後味が悪いし、戦闘は極力避けるべきだ。

 でもドアを蹴破って入って来たり、自己紹介もせずに襲い掛かってくるような血気盛んな人だから、戦わずにお帰りいただくのは難しいだろうし……。

 あー、もう……!!

 神様はホンッッット余計なことしてくれたよな……!!


「……さすが死の砂漠を超えてきただけのことはある。隙がまるでないな」


「分かってるなら諦めてくれない? 言っておくけど、今の俺は大精霊よりも強いよ?」


「っ、あんな腑抜け共と私を一緒にするな……!!」


 ヤベ、地雷を踏んじゃった。凶悪な形状をした雷の槍が次から次へと飛んで来たぞ。

 まさか大精霊の名前を聞いただけでそんなに怒るなんて……。ったく、どうして大精霊同士の仲はこんな悪いんだか。


「“雷破絶陣光”」


「おおっと」


 室内を無差別に襲う強力な雷を、自分の影を複数伸ばして呑み込む。

 んー……この人、かなり強いな。一撃一撃が全て即死クラスの攻撃だよ。空気中の電気も大変なことになっているし、ほとんどの生物はこの場にいるだけで感電死するかも。ここへ来る前の俺じゃあ、真正面から戦ったら主に防御の問題で勝てなかったな。メルフィよりも強そうだし、もしかしたら大精霊の中で一番強いんじゃないか?


「……フン。まさか今更になってこれほどの人間と相対することになるとはな」


 こっちも驚きだ。

 誰もいない地を求めてやって来た場所で、最強クラスの精霊と会うなんて。

 ……まあ、それでも関わるつもりはないけどね。


「どうやら私も覚悟を決めなければいけないらしい。死ぬ気で挑まねばお前は倒せまい」


「待った」


 彼女の体からさらに強烈なバリバリ音がしたので、両手で×を作る。


「どうした? 降参か? なら早く出ていくんだな」


「降参はしない。でも貴女と命の取り合いをする気もない」


「話し合いでもする気か? ……フン、如何にも外の連中が言い出しそうなことだ」


「違う。もっと平和的な勝負をしようと言っているんだ。貴女だって守る人がいるんだろうから、俺と戦って大怪我とかしたら嫌だろう?」


「……勝負の内容は?」


 よし、乗って来たな。

 あとはなるべく公平でありつつも俺が勝てそうな勝負を考えればいいだけ。


「そうだな……早口言葉でどうだ?」


「早口言葉?」


「そ。俺が出すお題を3回早く正確に言うだけの簡単なゲームだ」


「いいだろう。ではお題を3つ出せ。私がその全てを言えたのならば、お前はここから出ていく。逆に私が言えなければ、お前がここに住むことを容認する――ということでいいな?」


「ああ、それでいい」


 さーてと、難易度が高そうなやつは……。


「じゃあ『魔術師手術中』を3回」


「その程度――魔術師手術中、魔じゅちゅし手術中、魔術師手術中。簡単だな」


「いや、言えてねえよ!?」


 なに『楽勝だな』みたいな顔してんのこの人!?


「言い掛かりはやめろ。さあ、次だ」


 く……ま、まあ、確かに今のは3回中2回は言えてたし、ギリギリオーケーか……?

 甘いけど、初めてってことも考慮しておまけするか。


「次は判定を厳しくするからな?」


「構わん」


「……じゃあ『青巻紙赤巻紙黄巻紙』」


「フン――青まきまき赤巻紙黄まきまき、青巻紙赤巻がき黄まきまき、青巻紙赤がき巻黄まきまき。少し危なかったか」


「完全にアウトだからな!?」


 なんでそんな満足気なんだよ!?

 黄巻紙なんか1回もまともに言えてなかったぞ!!


「ふざけるな!! 私はちゃんと言った!!」


「いやいやいや、誰がどう判定しても満場一致でアウトですから!!」


「フン、私が2つ目のお題をクリアしたので焦っているのか? 無駄な足掻きはやめてさっさと最後のお題を出せ」


 こ、こいつ……何がなんでも言えたってことで押し通すつもりだ……!!

 ヤバい、彼女の性格を見誤ったぞ。てっきりどんな勝負であれ、負けたのならば潔く認めるかと思っていたけど、勝つ為ならどんな手段でも問わないタイプだ。

 このままだと強制的にこっちの負けになる。例え能力を使って録音しても『捏造だ』と言い張るに決まっているし、今から勝負内容を変えるのもダメだろう。

 クソ、こんなことで追い詰められるなんて……。

 どうする……どうすれば彼女に負けを認めさせられる……?


「お題が思い付かないのか? ならば私の勝ちでいいな?」


 何か彼女の弱点……弱点……そうだ……!!


「閃いた!!」


「そうか。まあ、どんなお題でも私の勝ちは揺るがないがな」


「へえ。なら言ってみてくださいよ。最後のお題『メラーメラ大好きボボンボ大好きシャイニングライト愛している』を三回な!!」


「な、に……?」


 早口言葉としての難易度はほぼ皆無だ。誰でもスラスラ言えるだろう。だが彼女の顔には動揺の色が浮かんでいる。

 ふふふ、やはりな。他の大精霊を毛嫌いしている彼女にはこの早口は言えまい。仮に言えて俺が負けたとしても、彼女の声を録音してシャイニングさんに聞かせてやる。


「さあ、どうした?」


「っ、メラーメラだいす……だいす……メラーメラだい……くっ、言えない……言えるわけがない……」


 悔しそうに膝をつく彼女。

 どうやら勝負あったな。


「言えないのなら俺の勝ちだ。約束通り、俺はここに住まわせてもらおう」


「仕方あるまい……。負けは負けだ。私はこれで引き下がろう」


 ふぅー……一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなって良かった。また平穏な日々が戻るな。


「……人間。お前の名は?」


「ジル・クロフト。貴女は?」


「レラだ。察しているだろうが、雷の大精霊をやっている」


 やっぱそうか。

 でももう当分は関わることもないだろうけど。


「では次は5日後に来る。その間、精々楽しむがいい」


「はい?」


 え、どういう意味?


「お前がここに住むことは認めたが、永遠にとは一言も言っていない。だから5日以降はどうするか、また勝負で決めるぞ。ではな」


 ………………。


「――っ、2度と来んなバーカ!!」


 もうレラの姿は見えなかったけど、俺は大声でそう叫んだ。

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