第23話 誤解
この小屋に住むようになってから何年経ったかな。
現実ではまだ2ヶ月ぐらいだから……3――ってやめておこう。考えると頭がおかしくなりそう。ここはクロノスの協力のもと、時間の流れが通常とは異なる場所であるってことと、実際の時間だけ把握していればその他は気にしなくていい。
それよりも……。
「暇だなー」
まだ課題が残ってはいるもののだいだいの目途はついたから、魔力が増えるまであまりすることがない。
こっちの方が遥かに大きな問題だ。
服のデザインをする気分でもないし、用もないのに外へ出たら時間の無駄だからダメ。うーん……またアルパカさんに頼んで地球のマンガでも取り寄せてもらおうかな。
「もしもーし注文いいですか?」
あの人(?)から貰った小型端末で電話をかけてみる。
いつもなら直接電話することなんてないのだけど、つい先日精霊の兄妹と喋って以来、無性に誰かと喋りたくてしょうがないのだ。
「ジー君!? 久し振り!! 元気にしている!?」
「あれ?」
口調が違う。
前に話した時はわざとらしく語尾に『パカ』とか付けたのに今回は普通だ。というか声も全然違うんですけど。
「私よ私!!」
「はぁ」
あちゃー。変な人に繋がっちゃったかな?
「まだ分からない? 神よ神!!」
「ああ、神様でしたか」
私をこの世界に転生させたお爺ちゃん神様じゃなくて、1回死にかけた時に会った女性の神様の方だ。
「でもどうして神様がこの電話に?」
「朗報よジー君!! あのアルパカが生意気にも私に隠れてジー君と接触したどころか、能力にまで制限を加えたって知ったからアイツをフルボッコにして能力の制限を解除してやったわ!! この端末はその時の戦利品よ!」
……私がアルパカさんと会うことはもう2度となさそうだ。
別に残念でもないけど。
「あれー? 反応が薄いわね。もっと喜ばないの?」
「特に支障はなかったですからねー」
それほど能力者とは出会わなかったし、支障が出そうな場合の抜け道も考えていたからあの制約はあってないようなもんだったし。
「それよりも魔界連中にあっさり能力を封じられる不具合をどうにかして欲しいです」
「何か買い物するつもりだったんでしょ? 暇だから私が取り寄せて送ってあげるわ。しかもロハで」
ナチュラルに無視したよこの神様……。
これじゃあ魔界の情報とかも期待できないか。
「では適当に少女漫画と小説をお願いします。神様のセンスにお任せしますが、あんまりドロドロしたのは見たくない気分です」
「オッケー、任せなさい!! 事情は分かっているつもりだから、今のジー君が満足できる最高のやつを用意してあげる!! すぐに届けるわじゃあねー」
「あ」
切れちゃった。
ついでに裁縫の道具を頼もうかと思ったのに……。
まあ、あまり神様を雑用みたく扱うのはよくないから今度にしよう。
「……ん、そういえば」
会話している最中、神様って誰かに似ているなーって思ったんだけどスイレンと似ているんだ。強気であまり人の話を聞かないところとかそっくりだよね。
「……スイレンかー」
今頃何しているんだろう。私に関する情報は操作したけど、それ以外には触れてないから変わらずゴロゴロしているのかな。んー。だとしたらアリサやティリカも恩があるからかスイレンに甘いし止める人がいないじゃん。しまったなー。メルフィに監視役を頼んでおけばよかった。
あれ? でもメルフィの記憶も弄ったような気がするから無理かな? ……うんそうだよ、私について来ようとしたから操作したんじゃん。
ダメだなー、私。
こんな大事な記憶すら朧になっているなんて。まだ予定の半分もいってないのにこの調子じゃあ、終わる頃にはほとんど忘れてしまっているかもしれない。最悪【自由自在】で思い出せるとはいえ、少し弛んでいるんじゃないかな。
最初の頃の私は――私?
「ちっ」
まーた一人称が私になってたよ。これで何度目だ?
ヤベエな。日を追うごとに気付くのが遅くなっている気がする。今回はいつから私になってたんだろ。もしかしてあの狐っ子達の前でも私とか言ってたのか?
…………。
「うわああああああああ!!」
恥ずかしい!! それは恥ずかしいぞ!!
でも大丈夫だ!!
あの2人の記憶はちゃんと消した!!
「ごめんくださーい」
「ひい!?」
え、嘘、誰か来た!?
まさかあの2人が!?
「ど、どなたでしょう……?」
「すいません、ここに小屋を建てたなんて話は聞いてなかったので――人間!?」
「なんだ迷い人か」
ドアを開けた先には見覚えのない女性が。
あの2人に聞いてやって来たって感じじゃないからまずは一安心。
「人間の女がどうしてこんな所に!?」
でも安心するのはまだ早いか。
なんかこの人、物凄く身構えていらっしゃるもん。
「ふむ」
どうすっかなー。
たぶんこの人は2人が隠そうとしていた集落だか村だかから来たんだよな。だとしたら記憶を消したところで次は違う人が来るだけかもしれない。……ここはある程度の事情を説明して今後は近寄らないようにしてもらうしかないか。
「聞いているのですか!?」
「聞いてますよ。ここにいる理由ですよね。修行の為です」
「その為にあの“死の砂漠”を超えてきたと?」
「そうですよ。いやー、あそこはホント酷かった。生物が踏み込む領域じゃないですよ」
――クロスセブンを離れた俺は、ひたすら東へ進んだ。
あの時、俺が考えていたのはとにかく人がいない場所を探そうということだけ。アリサ達の記憶を消したとはいえ、彼女達のことだ、少しでも違和感があれば自力で記憶を取り戻しかねない。そうなれば必ず俺の居場所を掴もうとするだろう。だから彼女達では絶対に辿り着けない場所に行く必要があった。
そこで俺が思い出したのが“凍える摩天楼”の話。
あの塔があった場所は人外魔境の地。ああいう所なら誰もいないから見つかる心配もないだろうってことで、東西南北に存在する『灼熱の乾燥帯』『異次元迷宮』『雄大なる墓場』『永久凍土』の中から灼熱のなんちゃらってのを選び、7日かけてようやく突破。
……マジであそこはヤバかったな。最初の3日は自力で踏破してやろうという気概があったのだけど、あまりにも人に優しくない場所だったので能力をフル活用して強引に抜けてきたくらいだもんな。
「でも砂漠を超えた先が思ったよりも普通で良かったですよ」
砂漠→平原→森→海となっているのだが、もし砂漠→海で終わっていたら引き返さなくちゃいけないっところだったからな。
「ここが普通ですか……。あの砂漠を超えられるのならそう思えるのでしょう」
「あくまで、“思ったより”です」
この辺にいる魔物はかなり強いし、数も多い。それに気候も安定していなく、滝のような雨が10日続くこともあった。精霊でも住むには適していないだろう。
「……私の印象では貴女はそんなに悪い人には見えません」
「でしょう? 俺は見た目がめっちゃ可愛いだけの善人ですからね。だから――」
「ですが人間と遭遇するなんて初めてのこと。私だけでは判断できません。貴女には町までご同行お願いします」
「えー、いやですよ」
人付き合――精霊付き合いはしたくない。
もしその町とやらがいい場所だったら、きっと俺は入り浸ってしまう。それではやっと慣れた一人きりの生活が壊れてしまうじゃないか。
それに……もう誰も巻き込みたくないのだ。
「抵抗するということはやましい理由があると捉えていいですか?」
急に目つきが鋭くなる精霊さん。
面倒くさいな……。
引っ越しでもしたい気分だけど、小屋を建てたこの空間はちょっと特殊な場所で、おいそれと代わりが見つかるもんでもないんだよなー。
「おっまたせージー君!! 頼まれたブツを持って来たわよ!! フフ、お礼はいいからじっくりと楽しみなさい!!」
俺と精霊さんの間にドサドサと大量の本が落ちて来た。
「……」
「……」
あれー……疲れているのかな……。
本の表紙の少女が裸なのばかりな気がする……。
俺が戸惑っていると、精霊さんがそのうちの1冊に手を伸ばした。
「『あんあんっ、そこ、そこが気持ちいいの』未熟な少女の喘ぎに私は胸が躍る。やはり体を重ねるのなら同性同士じゃなくちゃダメよね」
「……」
「っ、少女趣味のレズビアンでしたか!! 子供達が危ない。すぐに町へ報告しないと……!!」
本を持ったまま素早いスピードでいなくなる精霊さん。
「……あのクソ女神め……何が『事情は分かっているつもり』だ……!! 全然分かってねえじゃねえか……!!」
よりによってポルノマンガと官能小説を持って来やがった!!