第20話 相談
女らしさとは何か――?
以前の私がそんな疑問を思い浮かべたら頭がイカれたのかと本気で心配し、すぐにでもその辺の魔物を皆殺しにしているところだろう。だが今は状況が違う。死ぬ気で考えねばならない。私の矜持がかかった大事な問題なのだ。この問いに答えられなければ私は女として終わる。マジで。しかし真剣に考えれば考える程、“女らしさ”の奥深さと複雑さに頭を悩ませることになる――。
まず私が女らしさと聞かれて真っ先に思い浮かべるのは『おっぱい』だ。やはり女の象徴である胸こそが女らしさの本質であるとの考えは決して暴論ではないだろう。出るべき場所が出ており、引っ込むべき場所がちゃんと引っ込んでいる奴は顔が微妙でもそれなりの需要があるもんだ。増してや、胸も顔もスタイルも素晴らしい私は女らしさの頂付近にいるのは疑いの余地もない事実だろう。
しかし残念ながら今は本当の姿ではなく、ジルの姿で女らしさを出さなくてはならない。顔がいいのは認めるが、とにかく胸がないのが痛い。これでは私の本来の力が発揮できないではないか。
そうだ。悪いのは私ではなくアイツだ。この体は平らなんだから、胸があることを前提に振る舞っていては他人から見ればチグハグに映ってしまい、それで変な誤解を与えてしまったのだ。もし私が変装せずにそのまま学園に通っていればこんな下らん考えで時間を無駄にすることはなかったはずだ。全ては胸がないアイツの責任だ。
クク、要らぬショックを受けてしまった慰謝料はいつか払ってもらわんとな。
さて、男らしいと不名誉な扱いをされたことは私の所為ではないと判明したが、胸がなくてもアイツが女らしいと言われていた事実を無視していいわけではない。一度やると言ったからにはクラスメイト共に違和感を与えない程度には女らしさを出さなくちゃいけないわけだ。ハンデのある体だろうと、それが出来なければ負けたみたいで悔しいので真面目にやるしかない。
だが胸のないこの体でどうやって女らしさを出せばいいか見当もつかん。いや、手段を選ばないのであれば魔法で胸をデカくしたり、際どい服を着るなど方法はあるんだが、私の知る限りではアイツはそんなことしていなかったし、やれば多分怒られるような気がするのでやめた方が賢明だろう。
そうなると――クッ、完全に手詰まりだ……。まさか女らしさがここまで手強いとは……!! このままではどうしようもない。……1人ならな。
「俺に女らしさのイロハを教えてくれ」
「えっ、急に何?」
1人で無理なら他者の力を借りればいいってことで、レストイアの巫女ちゃんを訪ねてみた。ジルの交友関係は大概お子様やババアばかりだが、この巫女ちゃんだけは背伸びしている感はあるものの女らしさがある。なんかビッチっぽくて色々と経験豊富そうだもんな。
まあ、一番の理由はたまたまカフェで独り寂しくドリンクを飲んでいる姿を見かけたからだけど。
「訳あって女らしくなりたいんだ」
「とうとうそっちの道で生きていくことに決めたの?」
「違うよ。なんか最近調子が悪くて以前の自分がどうだったか分からなくなっちゃったんだよ」
「確かに前よりも男らしくなってるよね。双子の兄かってくらい雰囲気が違うもん」
ぐ……。
「たぶんアリサと別れたショックが響いていると思うんだけど……」
「ふーん。……でもそんなこと言って、本当はアリサからレキアに乗り換えようとか企んでいるんじゃないの?」
「んなわけあるか」
と否定はしたが、もし私が男なら嬢ちゃんじゃなくて巫女ちゃんと付き合うだろうな。やはり巫女ちゃんの方が胸もあってエロい体をしている。それにメイドより巫女の方が神聖さは上。そんな奴を存分に虐めて啼かせたらきっと楽しいんだろうなー。
「まあいいわ。丁度暇だったから少しくらいは付き合ってあげる」
「ありがとう。じゃあ……店員さーん、コーヒーのブラックお願いしまーす」
「はいアウト!!」
「おお!?」
いきなりダメ出しされたぞ。
ブラックは可愛くないからとかでダメなのか?
「注文の仕方がまるでなってない。この店にブラックなんてメニューはないの」
「はあ? ブラックはブラックだろ?」
「ブレンドとストレートのどっちよ。ストレートならさらに3つの種類があるけど?」
「……ブレンドで」
たかがコーヒー一杯で面倒くせえな。
私がブラックと言ったら黙ってブラックを出せばいいんだよ。ったく、店員ならそれくらい察しろよ。
「今、面倒だなとか思った? ぶっちゃけこの程度は常識だよ? 分からないならコーヒーを飲むなってレベル。以前のジルなら分かっていたはずなのに……もしかしてアンタ、ジルに変装した誰かとか?」
「“ヒュプノシス”」
「――でも、そうね。誰にだって勘違いや物忘れはあるよね。細かいことで口出ししてごめんね」
この姿じゃあコーヒーすら満足に注文できないとか怖えなおい。
さっさと用件を済まして1人になった方が身の為だな。
「それで俺はどうすれば女っぽくなれる?」
「うーん……レキアが思うに、今のジルって“自然さ”が足りないかなー」
「自然さ?」
「まるで知り合いが上辺だけ真似たような不自然さがあるの」
私はきちんと真似ているつもりなんだがな。
でも指摘されたからには直さないとダメか。
「具体的には?」
「ちゃんとお風呂に入って髪も丁寧に洗っている? 髪は毎日梳かしている? 朝の身支度は手抜きせずに時間をかけている? 食事は? ハンカチは持ってる? 爪の手入れは? どれも出来てないでしょ? ……あと動作が雑。前はそんな足を広げずぴったり閉じていたし、背筋も伸びて座り方も綺麗だった。あ、手もブラブラさせない。カップの置き方ももっと優しく。それと胸を見過ぎ。ちゃんと会話している人の目を見る。笑顔が足りない。偶に見せる笑顔もなんか邪悪。前は荒い言葉遣いしても品が感じられた。他にも――」
次から次へと私のダメ出しが続く。
………………………………………………………………………………………………………………………………なんかおかしくね? いやいやいやいやどう考えてもおかしいのはジルの方だろ!? なにアイツ。まさか巫女ちゃんが今挙げたの全部クリアしてんのか? ……ああ、思い起こせば出来てたな!!
うへぇ……ヤベエ……ヤベエよアイツ……完全にイっちゃってるぜ……。近くにいすぎて気付かなかったが、こうして考えるとマジでアイツはどうかしている。これじゃあ私が違和感を与えてしまうのも無理ない。私は女ではあるが、“乙女”ではないことくらいは自覚している。
「――とまあ、こんな感じ。……あれ? こんだけ前と違うってことは……やっぱアンタ偽物じゃない!?」
「“ヒュプノシス”」
「――もう行くの? じゃあねー」
「ああ、ありがとうな」
金だけ置いて巫女ちゃんから離れる。
……あーあ、今後はどうしようかねえ?
もうジルの真似は不可能だと分かった。私の力でどうにか出来るレベルではない。このまま学園に通っても自ら正体をバラすようなもんだ。……なら、急病ってことでしばらく学園を休むか? 今なら失恋のショックで倒れたと説明がつくし、性格の違いも長期間病で苦しんだことにより変わってしまいましたと言い訳すればいけそうだよな。
「よし、そうしよう」
「何が『よし』なんですか?」
「んー? ……げ」
相槌を打たれたので思わず横を向いたら、そこには無表情な顔した嬢ちゃんがいた。
「部活に来ませんでしたね。私と会うのが気まずいんですか?」
「YES!! グッバーイ!!」
わざと変なキャラを演じながら返事をし、速攻で嬢ちゃんから逃げる。
私は嬢ちゃんを過小評価しない。いくら【直感】が使えない状態だからって、長時間一緒にいれば確実に私の正体はバレる。そしてそれが引き金となって消したはずの記憶が甦り、最悪他の連中の記憶にすら影響を及ぼすかもしれない。さっきの巫女ちゃんみたく催眠で操れれば楽なんだが、生憎ババアとジルの加護があるからそれも難しい。だから嬢ちゃんとの接触は全力で避けねばならない。
「ふー、ここまで来れば大丈夫だろう」
無事に嬢ちゃんを撒き、男子寮の自室の前に到着。
意外とあっさり逃げ切れたことに嫌な予感がしつつ、ドアを開けようとしたら気付いた。ドアの隙間に紙が挟まっている。
「見たくねえな……」
それでも嫌々手に取ってみると――
『部活に来なければ正体をバラす。アリサより』
――と、笑えないことが書かれていた。