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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
3章
124/144

第19話  クロリア、学園に行く

 ジルの朝は早い。

 まだ日が昇らないうちに起き、すぐに日課である魔力をゼロにする作業を行う。どうやってゼロにするかは日によって違うが、大抵は手と手の間に電気を発生させてすぐ終わらせているな。こんな不毛とも呼べる作業をするのは、なんでも魔力を空にすると回復した時に魔力の最大値が上がるからとかなんとか。魔力がなくなれば動けなくなる精霊にはとても真似できない芸当だ。

 日課が終わった後は予定がなければ再び眠りにつくが、平日や予定がある日はベッドから立ち上がり、汗が僅かでも気になるようであれば風呂に直行。大丈夫そうなら鏡の前に座って延々と髪を弄繰り出す。30分で済めばまあ短い方だろう。着替える際も服に皺がないか確認したりし、他にもどうでもいい所に気を配って明らかに男が身支度を整えるには長すぎるであろう時間を消費するのは、私から見ても考えものだと思う。

 そん次は軽めの朝食をとり、授業があるのなら嬢ちゃんの家へと迎えに行くな。転移ではなくわざわざ歩いていくのだが、いわく「こういうのは自分の足を使うのが楽しいんじゃないか」ってことらしい。私にはよく分からん感情だな。

 ちなみにジルが嬢ちゃんの家まで行くことはほとんどない。いつも途中で嬢ちゃんが待っているからだ。私としてもあのババアの姿は見たくないからこの点だけは感謝してやってもいい。

 

 そして合流したあとは揃って学園までGOってのが最近の流れなのだが――あくまでこれはジルの日課だ。当然私はそんなことしなくていい。つか、したくない。ギリギリまで睡眠を貪り、魔法でパッと身支度を整え、影を伝いながら学園まで移動するだけ。嬢ちゃんとは別れたことになっているんだから余計なことはしない。世間様にジルが真面目に学園に通っていますよーとアピールしておきゃあそれでいいんだよ。


「おはよー、ジル」


「おはよー」


 教室に着くなり早速1人の女子生徒が近寄って来る。


「そうそう!! ジルが教えてくれたあの店、かわいい小物がいっぱいあって良かったよ!! 私もいい店を見つけたら紹介するね」


「うん、ありがとう」


「それでね――」


 とりとめのない会話が続くが、完璧に対応してやる。

 ジルならどんな話題を出すかや、どう答えるかは考えるまでもなくスラスラと口から出て来る。ずっと一緒にいたからな、あいつのことはよーく分かっている。要は女っぽいことを言っておけば万事OKだ。バレる心配はない。クク、女である私は口調さえマネておけばいいんだから楽なもんよ。


「ジルはいるか!?」


 1人の男がジルの名前を呼びながら慌てて教室に入って来た。

 見覚えがある様な気がするので、クラスメイトなのかもしれない。


「どうした?」


 ジルは男の前だと男っぽく振る舞っていたから、気持ち低めに喋る。


「アリサちゃんと別れたって本当か!?」


 へえ、早いな。

 もう噂が流れているのか。


「ああ本当だ。アリサとは別れた」


「え!?」「マジで!?」「やったー!!」「お似合いだったのに……」「いやいやジルは男の方が――」「信じらんない!?」「あー、だからアリサちゃん暗い顔してたんだ」「また荒れそうだな」「ジルと付き合うチャンスか?」「腹減った」「今日はいい日だ!!」「ヒーハーッ!!」


 聞き耳を立てていたのか教室中が騒ぎになる。中には他のクラスの奴に報告しようと教室や窓から飛び出す奴もいた。

 いいぞ、せっかくだからどんどん広めてしまえ。そうすれば私が1人でいてもいちいち詮索されなくて済む。


「どうして別れたのか聞いてもいいか?」


「私も気になる。あんなに仲が良さそうだったのにどうして?」


 おっと、この質問は確か――。


「性癖の不一致だ」


 クラス中が凍り付いた。

 ん? 性格の不一致だったか? まあどっちも似た様なもんだろう。


「俺はSなんだけど、アリサもSでね。SとSはどうしても反発し合ってしまうんだよ」


 実際ジルはSだ。そして嬢ちゃんもSで間違いないだろう。ただ同じSでも方向性が異なると私は推測する。ジルはおそらく精神的に追い詰めるのが好きなSだな。言葉攻めや圧倒的な力で相手を屈服させる割とオーソドックスなタイプ。

 で、嬢ちゃんは相手を自分の手のひらの上で転がすことに快感を覚える特殊なタイプだな。相手の感情や行動の全てを自分の思い通りに操ってやろうという傲慢とも言える強い支配欲が根底にあり、自分の思い通りにする為ならばMっぽく振る舞うことも辞さない。傍から見るとMだと誤解しがちだが、中身は真正のドS。メイドなんてやっているが、それも全て相手を操りやすくする為の手段なんだろう。

 果たして嬢ちゃんがジルすらも操ろうとしているのかは分からんが、2人の相性があまり良くないのは確かだな。やっぱS同士は上手くいかんさ。ジルには私の様なドMタイプか、妹ちゃんみたく無条件に忠誠を誓う犬タイプ、あるいは完全に対等な関係を結べる相棒タイプとかが似合っている。

 ……私怨や願望がちょっと混じっているのは否定しないがな。


「そ、そう……。ま、まあ確かに重要なことよね、うん……」


「ジルはSなのか!」「でも納得」「S同士じゃあしょうがないねー」「Mの俺とピッタリだな!!」「はぁ、はぁ……踏まれたい……」「Sって何?」「やっぱそういうことしてたんだ」「死んでもいいから見てみたい!!」


 まったく騒がしい奴らだ。

 この姿じゃなきゃ強制的に黙らせているところだぞ。でもま、バレてない様だから大目に見てやるか。


「でもさ、ジルも元気出しなよ?」


 肩にポンと手を置かれた。


「俺が元気ないように見えるか?」


「うん。だっていつもより男っぽいもん」


「!?」


 わ、私が男っぽいだと……?


「そうだな。仕草が雑っていうか荒々しいというか……とにかく“らしく”ないぞ」


「なんか別人みたーい」


「やっぱ内心でも別れたショックを受けてるんじゃない?」


 !?!?!?!?!?!?!?


「は、ははは、やっぱ分かっちゃう? そうなんだよねー。初めての彼女と別れて俺もショックなんだー」


「うんうん分かるよ。辛かったらいつでも相談してね?」


「あ、ありがとう」


 早く元の調子に戻ってねと私を励まし、各々の席に着くクラスメイト共。


「………」


 そんなバカなッ!?

 私が男っぽいだと!? 容姿も声も同じはずなのに!?

 いやいやいや有り得ないだろ!! どうして女である私が男のジルよりも男っぽいんだよ!? そりゃあ私が普通の女とは違うと自覚はしているが……それでも本物の女である私の方が上のはずだ!! しかも今は普段よりも意図的に女っぽく振る舞っているんだから、なおさら男らしさを感じる要因などゼロのはずだ。

 そうだ落ち着け私。こいつらの戯言を真に受けなくていい。所詮こいつらの言う女らしさってものは萌え萌えしたのとか、ぶりっ子みたいな奴を指しているんだ。私みたいに内側から滲み出る大人の女らしさってものは餓鬼には理解できないのだろう。

 クク、なーに今は違和感を覚えたとしてもいずれ私の方が女らしいということに気付き、泣きながら謝罪するに決まっている。私は動揺せずに予定通り振る舞えばいい。……おっと、でももしそうなったらジルが帰って来た時に『いつもより男っぽいし、なんか子供っぽい』とか言われちまうかもな、クヒャヒャヒャヒャヒャ!!


「ジルーーーーーッ!!」


「お?」


 今度は誰だ?


「アリサと別れたんだって!?」


 いきなり胸ぐらを掴んできたのは嬢ちゃんの妹の……ティリカだったか?

 どうやら酷く御冠のようだな。

 顔が崩れているぞ。


「そうだよ、きっぱり別れた」


「……っ、そう」


 腕を振り上げたが、上げただけですぐに下ろした。


「平然としていたら引っ叩いてやろうと思ったけど止めたわ」


 ん……? どういうことだ?

 特に悲壮な雰囲気とかは出してないぞ?


「なんか今日のアンタは妙に男っぽいんだもん。調子が狂っちゃうわ。……きっと複雑な事情があったんでしょうね。今のアンタを見ればそれくらい察せるわ」


 勝手に納得して行ってしまった。

そこまでか。そこまでなのか? 怒りが収まるほど私は男っぽいのか……?


「…………」


 ヤベェ、この先やっていける自信がない……。

 こんな感情は初めてだ。

 ……泣いてもいいか?

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