第18話 別離
「てなわけで、ボロクソにやられてしまいました」
バルディアと遭遇してから奴が帰るまでの顛末を、とある部分だけ隠してスイレンに報告。諸々の始末に時間がかかったので夜も遅く、アリサやティリカはもうお休みだ。
「ふーん。半べそのアリサが転移してきた時は何事かと思ったけど、誰も死ななかったのなら良かったんじゃないの?」
「誰も死んでないわけじゃないだろ」
親父が助かったのは素直に嬉しい。でも親父を傷つけられた事実は消せないし、暗殺ギルドの連中は助けられなかったことを思うとそう割り切った気持ちにはなれない。
「私は知り合いが助かれば、赤の他人である犯罪者集団が野垂れ死にしようと何とも思わないわ。ジルもそんな奴らは気にしないで自分と父親が助かったことを喜びなさいよ」
「ハハ……また強引な意見だな」
俺を励ます為とかじゃなくて、本気でそう思っているのがスイレンの凄いところだ。俺はまだそこまでの境地には至れない。無関係の人だろうと悪人だろうと人が目の前で殺されるのを見てしまえば心が揺れてしまう。……それが人らしい感情なのか、ただの甘さなのかは分からない。
「そんで? 経緯は理解したけど、今後はどうすんの? コテンパンにされた上に、次に備える時間もあまりないかもしれないんでしょ? まさか諦めたとか?」
「それはない」
ちょっとへこんではいるけれども、奴らに屈する気は微塵もない。
「ただまあ、このままじゃ無理かなとは思っているけど」
「……そこまで強いの?」
「うん」
バルディアの強さは想像を超えていた。
超重力砲を使って程々のダメージしか与えられないとか今でも信じられない。しかもそれは仮面を付けた状態であって、仮面を取った後の強さはまったくもって未知。相手の強さの底すら見えないとか勘弁して欲しいと言いたくもなってしまう。
これまで魔力さえあれば強力な魔法が使えるようになって何とかなると思っていたけど、俺の切り札が通用しなかった以上、また1から奴に通用しそうな魔法を開発し直さなくちゃいけない。あといくら攻撃手段が充実していても自らを守る手段がなければ意味がないからそっちにも手を付けないとな。
さらに奴の「クロノスが味方にいてようやく互角」って発言も見逃せない。例えハッタリだとしても対策は取っておく必要がある。次もまたクロノスが力を貸してくれるかは分からないんだから、全て俺の力だけでどうにかするぐらいの心構えじゃないと取り返しのつかないことになるだろう。時間の巻き戻しみたいな奇跡に頼ってはダメだ。
でも全てに対処しようとすると圧倒的に時間が足りないわけで……。
予定ではあと5年の猶予があったはずだけど、仮に5年あったとしても俺の目指す領域には遠く及ばないだろう。増してや学園に通いながらとか無謀にも程がある。残念なんて言葉じゃとても足りないけど、今の生活は手放さなくちゃいけない。
「つーわけで、ちょっくら修行の旅に出ようと思います」
「あらそう。どこに行くの?」
「教えません」
「何でよ?」
「だって教えたらアリサに言うだろ?」
「――」
スイレンの肩が微かに震えた。
「アリサを置いていくの? いえ、それどころか戻って来ないつもり?」
「ちゃんと戻るよ。戻るけど……その頃の俺がどうなっているかは保証できないな」
「何を考えているか知らないけど、一度頭を冷やしてあげるわ」
頭上から降って来る水を躱し、すぐにスイレンの背後に回り込む。
そして【自由自在】を発動して身動きを取れなくする。
「ちょ、何すんのよ!? まさか……襲う気!?」
「襲わねえよ?!」
どうしてこの雰囲気でそんな言葉が出てくるんだよ……。
「心配すんな。記憶をホンの少し弄るだけだ」
「はあ!?」
「俺の動向を探られないよう俺に関する記憶と、ついでに魔界関連の情報も改竄する」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!!」
「アリサとティリカのことは頼んだぞ」
「何トチ狂ったこと言ってんのよこの女装大好き変態レズ野郎……!! 私の記憶を少しでも操作してみなさい。必ずアンタの鼻に――」
「ほいっと」
「――」
記憶の改竄を開始すると、スイレンは力なく倒れそうになる。俺はそれを魔法で支え、近くのソファまで運んであげた。これで彼女が目を覚ます頃には俺とスイレンの関係は知り合い以上友達未満の関係になっていることだろう。
「クク、やっと終わったか」
俺の影からひょっこりとクロリアが飛び出した。
「ああ。……スイレンの記憶も出来れば弄りたくなかったんだけどな」
でも案の定、反対されてしまったんだからしょうがない。
「で? 結局合計で何人だ?」
「程度の差はあれ、記憶を弄ったのは学長、カザンカ、メルフィ、レキア、レイシア、ミュラン、エミリー、リーネルカ、ククル、ティリカ、スイレン……そしてアリサの計11人だ。忘れんなよ?」
親父の記憶も弄ったけど……まあ今回の件とは関係ないから数に入れなくていいか。
「ククク、酷い男だなお前も。せっかく再会したばかりのメルフィの記憶まで消さなくても良かっただろうに」
「……付いて来るって言って譲らなかったからな。寂しいけど、メルフィにはククルやクロスセブンの住民を守ってもらわなくちゃいけないから連れて行けないんだよ」
「あの駄々の捏ねっぷりも凄かったが、やっぱり嬢ちゃんに比べればまだ落ち着きがあったな」
「アリサのことか? なら俺は覚えてないぞ」
「おっと、そうだったな」
アリサの記憶を弄る際の出来事は俺の記憶から抹消している。中途半端にやれば確実に彼女は俺の元に来てしまう。だから彼女に関してだけは徹底的にやらせてもらった。他の人よりも念入りに記憶を弄ったし、おそらく最大の障害になるであろう【直感】も【自由自在】の力で没収した。学長やレキア達の記憶を弄ったのも半分はアリサ対策の為だしな。
「てっきりあいつだけは連れて行くのかと思ったんだけどな」
「もはや俺の隣にいるのが一番危ないかもしれないからな。アリサの安全の為にも俺との繋がりは絶った方がいいだろう」
バルディアとの因縁にケリがつくまでアリサとは会えないかな。
「クク、まあ自業自得か」
「?」
「あの嬢ちゃん、大分前から今回の騒動が起きると勘付いていたみたいだぞ。なのに黙っていたのは、言えば遠ざけられてお前がどんな奴と戦っているのか見られないからだ。あいつが余計な好奇心を発揮しなければ、もっと違う結末になっていただろうにな」
「……」
そうだろうか?
クロリアの考察が当たっていたとしても結果は変わらなかっただろう。現状ではどんな手段を用いたところでバルディア討伐は不可能だ。だから結局はこうなる運命だったはず。……やや彼女贔屓が入っているかな? うーん……。
「まあいいや。最後の確認に移ろうとしよう。私はお前が帰って来るまで“ジル・クロフト”として振る舞えばいいんだな?」
「……ん? ああ、そうだな。お前には“俺”としてこれからの生活を送ってもらう」
クロリアをずっと影の中にいさせたのは見張る為って他に、いつか俺のスペアとして過ごせるようという目的があったからだ。不安だらけだけど、少なくない時間を共有したのだから俺が普段どんな言動や行動をしているか分かっているはずだ。というか分かっていてくれよお願いだから。
本当ならこんなこと頼みたくないんだけど、いきなり消えるには俺は有名になり過ぎた。消えれば俺はどこに行ったのか騒ぎになり、すぐに彼女であるアリサの耳に入る。そうなれば消したはずの彼女の記憶が甦るかもしれず、それだけは絶対に避けねばならない。だからって世界中の人の記憶を消すのはあまりに非現実的なので、泣く泣くクロリアに俺のフリをしてもらうと。
「嬢ちゃんにエロいことしていいのか?」
「ダメに決まってるだろ。……ま、どっちにしろアリサとは別れたことになっているから近づけないだろうけどな」
クロリアには指一本触れさせんぞ。
「もし周囲に別れた理由を聞かれたら『性格の不一致』と言うんだぞ?」
「OK。任せろ」
不安だなおい……。
「おいおい、そんな顔すんなって。きちんとやり遂げたら願いを1つ叶えてくれんだろ? だったら完璧にこなしてやるさ」
「ホンッッットに頼むぞ!? 俺は今の生活を一時的に手放すだけで捨てるわけじゃないんだからな!?」
「わーってるわーってる。ほれ、後のことは私に任せて、お前はいけ好かない連中を殺せるだけの力を身に付けて来い」
不安だ。不安過ぎる……。
でも……。
「分かった。俺はもう行く。修行を終えるまでは余程のことがない限りクロスセブンには戻ってこないから、少々のトラブルくらいは自分で解決してくれ。メルフィは協力してくれるはずだから、困ったら彼女を頼るんだぞ」
「おう。じゃ、私――いや、俺は“自宅”に帰って寝るとしよう。お前も頑張れよ」
クロリアは俺そっくりな姿に変身すると、欠伸しながら闇へと溶けていった。
「……俺も行くか」
いなくなるまで見届けた後、寝ているスイレンに「またな」と挨拶し、クロスセブンの郊外上空へ転移する。
夜も遅く、曇り空の所為もあって空から見てもクロスセブンの眺めはあまりよくないけど、それでもこの風景を目に刻み付ける。この都市やこの場所に暮らすアリサ達を守る為に俺は強くなるんだと心に固く誓う。
「じゃあなクロスセブン。またいつか会おう!!」