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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
3章
121/144

第16話  厄災振り撒く者

「何だお前……? どうやって来た?」


「ククク、どうせすぐに死ぬのだ、知る必要はあるまい」


「それもそうだな。殺してからゆっくりと調べるとしよう」


 扉をくぐり、薄暗い地下室の様な場所に辿り着くともう一触即発の雰囲気だった。

 バルディアが対峙しているのは暗殺ギルドのトップと思われる30そこらの人族。目つきがとても鋭く、暗そうな表情もあって如何にも人を殺したことがありますって顔をしている。既に臨戦態勢のバルディアを前にしても全く怯んでいないことから自分の力には自信があるのだろう。

 ……扉の先が罠である可能性も覚悟していたから、本当にそれらしき人物がいてホッとしている。ただまあ、場合によっては罠の方が良かったって展開も有り得るのが怖いところだ。


「どんな死に方がいい? その手に持っているサルトを離せば好きな死因を選ばせてやる」


「よかろう。こいつに用はないので離してやろうではないか。クク、貴様も慈悲深い大将に感謝するがいい」


「うぅ……すまねえ団長……」


 バルディアは掴んでいた男を放り投げて解放した。

 奴があっさり離したのは意外だったが、その意図は奴の手に魔力が集中し出したことですぐに理解した。


「おい――」


 咄嗟に出た言葉は奴から放たれた黒き波動によって掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。波動はサルトの全身を飲み込み、1秒後には彼がこの世にいたという痕跡は跡形もなく消失していた。


「死に方を選ばせてくれるのだったな。我は転落死を希望だ。なにせ高い場所から落ちたくらいでは死ねんのでな、どんな感覚が味わえるのか関心がある」


「お前……」


 仲間を殺された怒りから団長と呼ばれた男の目がさらに険しくなり、触れれば切れそうな冷たい殺気が体から漏れ出す。


「ククク、何を怒っているのだ? 我はちゃんと離してやったではないか。我が完膚なきまでに約束を履行したことは疑いようもあるまい。……尤も、サルトとやらは我が何となしに撃った魔法に“偶然”当たって死んでしまったがな」


「楽に死ねると思うなよ……。来い!! 俺の同胞達よ!!」


 団長が叫ぶと次々にギルドメンバーと思しき奴らが現れ、俺達を囲んだ。

 さっきまではそこにいなかったはずなのに……まさか転移か? いや、それは考えにくい。転移は仮に俺が光属性に適性があったとしても未だ1回も使うことが出来ないほど魔力を消費する燃費の悪い魔法だ。1人や2人ならともかく、20~30人全員が転移を扱えるなんて常識的じゃない。


「クク、別に驚くこともなかろう。特定の場所のみのワープなら条件次第ではこの世界の連中でも何とか使える代物だ。現に一部の権力者共は使っているぞ?」


 そうなのか。……でもどうしてこいつが知ってんだよ。


「それで団長。俺達に何の用で?」


「見りゃあ分かんだろ。こいつらを殺せってことだろ」


「ふーん。かなり強そうだよ」


「1人は見覚えがあるね。ジル・クロフトじゃないか」


「僕知ってる。あの話題になっている女子学生のことでしょ?」


「何でもアリサ・フィーリアと付き合っているとか」


「ん? どういうこと? 女同士で付き合ってんの?」


「哀れな……。学生の身でその様な深い業を背負っているとは……」


「えーっ!? おかしいのはそっちだよ!! 女は女と、男は男と付き合うのが健全なんだよ!!」


 薄暗い所為で集まって来た連中の姿はいまいちハッキリと見えないのだけど、何やら楽しそうに盛り上がっていることだけは伝わった。

 俺達はそっちのけで和気藹々としていらっしゃるよ。


「サルトがこいつらに殺された」


「「――」」


 しかし、すぐに緩みかけた雰囲気は刺々しいものへと変わる。彼らは湧き上がる殺意を隠そうともせずに俺達へぶつけ、もはやいつ戦いが始まってもおかしくない状況だ。

 ……団長がこいつ“ら”と言ったってことは俺も殺意の対象に含まれているんだよな? だとしたら共闘は期待できないか。今更俺がバルディアとは無関係だと主張したところで信じるわけないだろう。


「サルトとやらは随分と好かれていた様だな。奴が生きていたとしてもこの中で最も弱いだろうに意外だぞ」


「強さなど関係ない。あいつは俺達の大事な仲間だ。仲間が殺されて黙っていられるわけないだろ?」


「ほう? まさか人殺しの集団から“仲間”などと安っぽい言葉が聞けるとは思わなかったぞ。もしや“捨て駒”の隠語か何かか?」


「黙れ仮面野郎!! 俺達はな、ギルド結成前から共にスラムという地獄を生き抜いてきた仲間なんだよ。捨て駒なんて1人もいねえ!!」


「団長も含めて私達は一心同体」


「仲間を傷つける奴は誰であろうと許さん」


「サルトの仇は死んでも取る」


「こいつらの言う通りだ。俺達の絆は血よりも濃い。例えお前らが逃げても必ず探し出して息の根を止めてやる」


 彼らの怒りは本物だ。言葉で収まるもんじゃない。三つ巴の戦いに持ち込んでも暗殺ギルド側に生き残りが出れば俺は狙われ続けることになるだろう。……でもバルディアを倒せるのであれば、その程度は受け入れる価値がある。

 つまり俺がどう行動するかは彼らの実力次第ってことだ。


「クハハハ!! 世間からの爪弾き共が寄り添い合って家族の真似事とは泣けるではないか!! よかろう。ではサルトが寂しくない様、全員あの世へ送ってやろうではないか」


「奴らは強い。深追いはせず、少しずつ削れ」


「「了解」」


 っ、いよいよか。

 この場の緊張が最高潮に達し、戦いの火蓋は切られた。


「うひひひひひ、この時を待っていたよ!!」


 我先にと飛び出してきたのは小太りの中年。

 あいつは……前に取り逃がしたビグモとかいう男……!!


「君だけはおじさんが必ず殺すと――あひ」


 狂気の笑みを浮かべながら迫った来たビグモだが、セリフを言い終える前に彼の首から上は破裂し、残った体は物言わずに床へ倒れた。

 ……誰がやったかなんて言うまでもない。


「フン、他愛もない。所詮は烏合の衆か」


「テメェよくも……!!」


「貴様らの実力はよく分かった。期待外れと言う他あるまい。まとめて消えろ」


 一方的――。

 そんな言葉しか浮かばない程、この戦いとも呼べないバルディアの虐殺は一方的だった。あれだけいたギルドメンバーは俺が数度まばたきを終える頃には肉片や砂や赤いスライムの様になっており、人の形を保っている者は誰もいない。本当に数秒前まで人がいたのかすら疑問を抱きそうだ。だが、吐き気を催す血の匂いが確かに彼らは存在したのだと証明している。


「さあ、残すは貴様だけだな」


「……」


 唯一この惨事を逃れたのは団長ただ1人。いや、逃れたわけじゃないか。バルディアはわざと団長だけ残したんだ。


「そこに落ちている頭蓋骨を踏み砕きながら命乞いをするのなら、考えてやらないこともないぞ?」


「すまない皆……。俺が間違っていた。苦しませて殺そうなどと思わなければ……。最初から俺1人で片づけるべきだった……!!」


 疾っ!?

 まるで風と一体化した様な速度で距離を詰め、勢いを落とすことなくそのまま拳をバルディアの顔面にお見舞いした。

 もしも人同士の戦いならこの一撃で勝負はついただろう。

 が、相手は人ではない。


「馬鹿な……!? 何故生きている!?」


「ただのジャブで我を殺せるとでも?」


 やはりノーダメージか。

 奴は反撃の隙を与える間もなく、団長の首を掴んだ。

 もう彼に勝ち目はない。これで戦いは終わりだろう。

 ……しかし彼は本気でただの早いパンチで倒せると思ったのだろうか?

 奴も同じ疑問を抱いたのか、団長の首を掴んだまま首を捻っている。


「なるほどな……。貴様も神のオモチャの所有者だったか。クク、【一撃必殺】とは優秀なオモチャを貰ったな」


 なっ、彼は能力者だったのか!?

 しかも一撃必殺だって!?

 暗殺ギルドのトップがそんな危ない能力を持っていたのかよ!?


「何故だ……どうしてお前は死なない……? これまで1人の例外もなく俺の攻撃で即死したのに……」


「お前の力ではない。神が気まぐれで与えただけであって、貴様は落ちていた棒を得意気に振り回す餓鬼と何ら変わらん」


 それでも彼は拳をバルディアに向けるも、奴が倒れる気配は微塵もない。

 俺はその様子を黙って見つめる。

 ここに来てからずっと奇襲するチャンスを窺っていたが、奴はどんな状況でも決して俺に隙を作ることはなかった。今も団長と会話はしていても、俺への警戒を怠っていない。

 暗殺ギルドの連中にはしかるべき裁きを受けさせたかったから出来るだけ命は助けたかったのだけど、その望みは叶いそうにない。悔しいが、奇襲が成功するならともかく無傷のバルディアと真っ向から戦っては勝てないと心が認めてしまっているのだ。


「ではそろそろ殺すか。もしも希望の死に方があるのなら聞いてやってもよいぞ?」


「ぐっ……お前が、死ぬまで……俺は死なん……!! 仲間の仇は……必ず……!!」


「ほほう。死を目前にしてもまだ強気でいられるか。クク、面白い。その強がりがいつまで持つか少し確かめてやろう」


「があああああああああ!?」


 バキボキと骨が砕ける音と団長の悲鳴が響く。

 彼の右腕は……見るに堪えない状態だ。

 それでも俺は動かない。今まで人を殺してきた報いを受けているんだと自分に言い聞かせて静観する。


「ひっ……ひひ……大したことはないな……」


「クク、もちろんこの程度で根を上げるとは思っていない。あくまで骨を砕かれるとどんな痛みを受けるのか体験させただけであって、次が本番だ。今度は全身の骨を砕く」


「っ」


「だが安心しろ。実際にやれば死んでしまうのでな、ただの幻痛で済ましてやろう。脳に骨が潰されたと錯覚させるだけだ。しかし限りなくリアルな為、もしかしたら死ぬかもしれんが……まあ耐えてみろ」


「っあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 同情するな。仲間想いだろうと彼は悪人だ。助けても背中を刺される危険もあるし、上手くギルドに突き出したとしても死刑になるのは確実。だったら仲間と一緒にここで死んだ方が彼の為だと思え。


「生きているか? ならどうだった? 限りなく死に近づいてみた経験は」


「…………お……にも……同じ…………痛み……を……」


 彼の全身から汗が吹き出し、その姿は今にも消えてしまいそうなくらい生気がない。だが眼だけは力強さがまだ宿っている。


「ふぅ……。そこまで我を殺したいか」


「当然……だ……」


「だが貴様の行動は実に的外れだ。本気で我を殺したいのであれば、この場は屈辱に塗れようとも命乞いをして次の機会を待つべきなのだ。貴様はただ感情の赴くままに殺したいと喚き散らしているだけ。真に仲間を想ってなどいない」


「……はっ、分かってないな……。目の前で……仲間を殺されて……大人しくしていられるわけないだろ……?」


 ――。


「その感情が未熟だというのだ。もうよい。死ね――」


「させるか!!」


 俺の全速力で団長の左腕を掴み、バルディアから引き剥がす。

 そしてその勢いに任せて彼を遠くへ放り投げた。


「ほう、何の真似だ小僧?」


 奴の殺気が全て俺にだけ向けられた。

 あーあ、やっちまったな。戦いは避けたかったのに……。だけどしょうがないじゃないか。俺には黙って見ていることが出来なかったんだから。ったく、あの団長が根っからの極悪人だったら遠慮なく見捨てられたのにな。


「そろそろ俺との決着をつけようじゃないか」


 でもま、これで奴と戦う踏ん切りはついた。

 後は存分にやるだけだ。


「フッ、断る。最初にも言ったが我は貴様と戦いに来たのではない」


「はい?」


「どうしてもやる気ならば我は帰るだけだ」


 奴が殺気を収めると、例の黒い扉が現れた。

 え、まさか本当に帰るのか?


「帰る前に小僧、貴様の今回の行動を採点してやろう」


「いらねえ。さっさと帰れ」


「結果は全てにおいて“中途半端”だ」


 中途半端、だって……?


「貴様の目的は我を滅ぼすことのはずだ。だが貴様からはやる気がほとんど感じられなかったぞ。我とやろうかどうしようか迷いながら、傍観に徹するでも戦う覚悟を決めるわけでもなく半端な気持ちがずっと揺れ動いていた」


 ……。


「もし我と再会したのが3年前だったら結果は変わっていただろう。おそらく貴様は能力を封じられる前に我と2人きりで戦える場所に転移し、死に物狂いでかかってきたはず。そうしなかったのは単に――貴様が平和ボケしているからだ」


「それはち――」


「あれだけ明確にクロノスには勝てないと言ったにも関わらず挑んで来なかった時は失望したぞ。このまま威嚇するだけで挑んで来ないのかと思えば、最後にこれだ。絶好のチャンスを見逃しておきながら、何故このタイミングで戦おうとする」


 ぐっ……。


「まあ貴様の事情を考えれば詮無きことではある。我と命の取り合いをしたとはいえ、あれは成り行きみたいなもので特別な因縁があるわけではないからな。貴様にとって我らなど悪い奴だからやっつけよう程度の認識しかないのだろう? ならば月日が経てば自然と意志は弱くなるものだ。女が出来ればなおさらな」


 ダメだ……言い返せない……。


「しかし我が敵と認めた相手がそんな調子では困る。是が非でもやる気になってもらわなくてはいけない」


 扉が勝手に開くと、奴は左腕だけ扉の向こうに突っ込んだ。

 嫌な予感がする……。手足が震え、背中は冷や汗が止まらない。息も苦しくなり、心臓が激しく鼓動する。


「……フン、これまた微妙な奴を連れてきたものだ」


「文句言わないで下さい。他のは怖い奴らが目を利かせていたので短時間じゃ無理っすよ」


 扉の向こうにいる誰かと会話しながら奴が左腕を引くと、その手には1人の男性がいた。

 体中傷だらけで、顔面を掴まれているのに抵抗は全くしていない。

 まさかあの人は……。


「おい、バルディア。お前……その人をすぐに離せ」


「ククク、息子が呼んでいるぞ。いつまで寝ている」


「その声は……ジルか……?」


 やっぱり親父……!!

 っ、すぐに考えろ。どうすれば奴が親父を殺さずに解放するか今すぐに最適解を導け!! じゃないとサルトみたいに――


「では親子感動の再会が済んだところで、お別れの時間だ」



 ぐしゃっ――と何かが潰れた音が聞こえた。



「お、親父……?」


 は、はは、変だな。親父の首から血が噴き出てるぞ。

 早く頭を置いて血を止めてあげないと……。


「貴様の父親はもうこの世にいない。これは貴様の父親“だった”もの。殺したのは我だ」


 親父が死んだ……?

 死んだ……この世にいない……?

 こんな急に訳も分からないまま……?

 ………………………………………………。


「バルディアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 殺す。殺す。絶対に殺す。

 あいつだけは必ず俺の手で!!


「クハハハ、やっとそれらしくなったではないか。……だが、言ったはずだ。この世界で貴様とは戦わんと」


 奴をぶち殺したいのにいきなり鎖が巻き付いてきて動きが鈍ってしまう。


「待て、どこに行く気だ!!」


 奴が扉の向こうに消えようとしている。

 そんな勝手が許されるはずがない!!


「ではまた会おう」


「逃げる気か!? 俺と戦えバルディア!!」


 しかし奴は待つことなく笑いながら扉をくぐると、すぐさま扉ごと消えてしまった。

 っ。


「バルディアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 あの野郎……!!

 俺と戦わずに逃げやがった……!!

 殺してやりたいのに俺の手の届かない場所に行ってしまった。


『ククク、そんなに我と戦いたいか?』


「!?」


 どこからか奴の声が聞こえる。


「どこにいる!! 出て来い!!」


『ならばこの扉をくぐるといい。行先はもちろん魔界だ。そこで我は待っているぞ。クハハハ!!』


 すると目の前に白い扉が出現した。

 この扉の先が魔界……。

 行けば命の保証はないだろう。

 ふん、上等だ。

 行ってやるよ魔界に……!!

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