第10話 事後処理
一夜明けて、再び人気のない所までやってきた。
俺が出かけるまでに母さんは起きてこなかったのだが、親父は「昨日、久しぶりに魔力が尽きる寸前まで魔法を使ったから疲れているみたいだな。精神の方はもう落ち着いているし心配する必要はないぞ」と言っていたし大丈夫だろう。それでも若干心配ではあるが家にはリンダさんもいるし、母さんも大人なんだから気にしすぎるのも良くないと思う。他に懸案事項もないのだし、気持ちを切り替えていこうか。
なんせ、今日は初めて魔物戦をするつもりだからな。
今までの情報からすると負ける要素はほとんどないが、だからと言って油断は禁物だ。人生は何が起きるか分からないからな。前世の俺だって、その日死ぬなんてことは全く想像もしていなかったわけだし。せめて何が起きても冷静に対処できるよう、心の準備だけはしておこう。
『パターンAに変装しますか? YES or NO』
さ、まずは変装からだな。
今日は絶対に性格は弄らんぞ。
「YESっと」
軽くタッチすると体が変化していくのが分かる。
なかなかこの感覚に馴れないなと思いつつも――
私は“フロル”に変化した。
「……ふ、ふふふふ、あはははははは!! ちょろい、ちょろすぎるわ“ジル”!!」
『性格を弄らなければ大丈夫だろう』ですって? 甘すぎるわ!!
私が何の対策も取っていないと思っていたのかしら?
こうなることを予想して、昨日の時点ですでに“ジル”が【自由自在】で変装した場合は“フロル”になるよう設定を変更しておいたのよ。
こんなにあっさり引っかかるなんて……逆にガッカリよ!!
せっかく対応された場合を想定して、第二第三の手も打っておいたのに無駄になっちゃったじゃないの。
頭の出来は同じはずなのに、こうまで差が付くとは……。
やっぱり思考パターンの違いってことなのかしら? “ジル”と私では考え方が少し違うものね。
……それともアレかしら。「フロルにはならないぞ」とか言っておきながら実は私になりたかったとか? 「対策は立てたんだけど、フロルの方が上手でした。だからしょうがないんです」と言い訳して、心の中では女の私に振り回されている自分に興奮している……。うん、有り得るわね。
基本的に“ジル”は受け身だから、自分を引っ張ってくれる女性が好きだったはず。でも前世ではそんな人物は現れなかったし、今はまだ六歳だから真剣に恋愛も出来ない。【自由自在】では生物を創ることが出来ないし、悶々とした“ジル”が『なら自分が理想の女性になればいい』というちょっと逸脱しちゃった考えをしてもおかしくないわ。
うわぁ……そう考えると憐れね……。童貞をこじらせるとこんなにも惨めになっちゃうのね……。可哀想だからこれ以上は触れないでおいてあげましょう。
時間も限られているのだし、そろそろ行動しましょうか。
まずは昨日の依頼の結果を確かめに、パスティの所に行きましょう。
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「ありがとうございます、フロルさん!! おかげでお金が戻ってきました!!」
『満腹ライフ』に行ってみると開口一番、お礼を口にされた。
「ということはあの二人、ちゃんとお金を払ったのね」
半々くらいかなと思っていたのだけど、どうやら手間が省けたみたいね。
「はい、フロルさんがいなくなってからすぐにブラトさんが来て『迷惑をかけた』って請求した金額よりも少し多い15,000キリカを払ってくれました!! マレクの方は来ませんでしたけど……」
確か13,000払うように言ったはずだから、2,000キリカ多く払ったのね。
やるじゃない。
でもマレクに謝らせなかったのは減点だから、差し引きゼロね。
「マレクが謝っていないのが個人的に気に入らないけど、お金は戻ってきたわけだし依頼は達成……って、あれ? そう言えば依頼はマレクが店に来ないようにしてくれだったっけ。……まぁ、あんな目に遭ったのだから店にはもう来ないでしょう。仮に復讐に来たとしても対策はしてあるから大丈夫よ」
パスティにかけた防御&反撃魔法も有効にしておくし、店や彼女に被害がいくことはないでしょう。
「ブラトさんも弟にはこの店に近づかないように言い聞かせておくと言ってましたし、マレクが来ることはないと思います。それに私としては戻ってくると思っていなかったお金が戻ってきただけで大満足です!! だから依頼達成ということで大丈夫なので、受け取ってください。依頼終了のサインです」
「確かに受け取ったわ。これで依頼は終了ね」
初依頼だったけど、無事に完遂っと。
「フロルさんのような方が来てくれて本当に助かりました。これが他の人だったらマレクを店に来ないようにしてもらえるだけで、お金は戻ってこなかったと思います。……それで、よろしければですけど、もし他に困ったことが起きたらまたお願いしてもいいですか?」
あらあら、随分とうれしいことをいってくれるわね。
「ええ、もちろんよ。もし困ったことが起きたら気軽に依頼しなさい。今回のようなトラブルの相談でもいいし、新しい料理の開発や店の手伝いでもいいわ。いつでも力になってあげる。だからもしお父様から心配されて『王都に戻ってこい』なんて言われたら『私にはフロルという頼りになる人がいるから大丈夫です!!』って言ってやりなさい」
「はい、そのときはそう言うことにします!!」
んー、良い笑顔。
こういう笑顔を向けてくれると、次もまた頑張ろうって気持ちになるわよね。
「それじゃあ、私は行くわ。ここで食事をすることもあると思うし、その時はよろしくね」
「腕によりをかけた料理をお出ししますので、いつでもどうぞ!! では、今回は本当にありがとうございました」
最後にパスティの礼を受けながら店を出る。
うん、いい気分で次の依頼に取りかかれそうだわ。
なんだか今日はいいことがありそう!!
「我が女神よ」
ルンルン気分で歩いていたら突然、後ろから話しかけられた。
訂正。
きっと今日は碌な日にならないわ。
「……はぁ、何かしらブラト……って、誰よあんた!?」
嫌々振り返ってみると、そこには坊主頭の男が。
ブラトも髪が長い方ではなかったが少なくとも坊主頭ではなかった。
「俺だ、ブラトだ」
「その頭はどうしたの?」
元々強面だったのに、坊主の所為でより怖くなっているわ。
「この頭か? そうだな……けじめのようなもの、だな。俺が知らないところで弟がいろいろ迷惑をかけていたようだが、全ては俺の監督不行き届きのせいだからな」
ふーん、思っていた以上にまじめな奴ね。
それに免じて少し忠告をしておきましょうか。
「そう。ならマレクがこれ以上変なことをしないように、しっかり手綱を握っておきなさい。間違ってもパスティや店に迷惑をかけることのないように言い聞かせておきなさいね。じゃないと大変なことになるかもしれないわよ」
別に肉体的に死ぬようなことにはならないけど、社会的には死ぬでしょうね。
「ああ、分かっている。全く気付かなかったが、女神が何かしたのだろう? 弟にはよく言ってあるし馬鹿な真似はしないはずだ。それでも軽率な行動をとった場合は……俺も覚悟しておこう」
どうしましょう……。女神って部分に物凄くツッコミを入れたい。だけど藪蛇のような気がするし……。いえ、こういうことは早めに確認しておいた方がいいわよね。
「ねぇ、さっきから気になっていたのだけど、その女神っていうのは何?」
「女神とはフロル、お前の事だ。俺はあの戦いの最中にビビッときてな、確信したよ。女神は存在するんだってな」
それは『スタン』で痺れただけなのでは……。
「あのねブラト、それはあなたの勘違いよ。悪いことは言わないわ、頭をちょっと診てもらってきな――」
「我が女神よ。子供の頃、俺の家は貧しくてな……」
発言を遮られたかと思ったら突然、語り始めたんですけど。なにこれ、聞かなくちゃダメなの?
全く興味が無いのだけれど……。
面倒くさいから三行でまとめるわね。
弟と家出。
弟に苦労をかけないよう稼ぐ。
甘やかされた結果、弟が屑になる。
長々と話していたけど、まとめるとこんなものよ。
「で、結局何が言いたいわけ? 私も暇じゃないからそろそろ行きたいのだけど」
実は遠回しに嫌がらせをしているんじゃないかと思えてきた。
私の事を女神と言っておきながら、ため口だし。
だいたい私も私よね。何、律儀に話なんか聞いているのかしら。
やっぱり少し罪悪感があるせいなのかな……。
「では単刀直入に言おう。俺と結婚してくれ!!」
…………。
………。
……。
はいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
ナニ、どういうことネ? ケッコン?
……。
はっ!? いや、待つのよフロル。
これは罠だわ。
ふぅ~、危なかった。私じゃなきゃ死んでたわ。
はいはい、結婚ね結婚。電車の中吊り広告でよく見たわ。今はスマート婚っていうのが流行っているみたいね。
で、ブラトは何でスマ婚の話を?
……いけないわ、ちょっと動揺しているみたい。
完全に好みの範囲外だとしても、求婚されることは初めてだから慌ててしまったようね。
おそらく私の中の“ジル”の拒絶も相まって混乱を引き起こしたのでしょう。
もう大丈夫。落ち着いて返事をしましょう。
「ななにをいいてるのか、よくくく分からないわわわ。だ、だいたい今の、は話と関係ないじゃにゃい!!」
グッド!!
冷静に返事をすることが出来たわ。
ふっ、私の演技はもはやノーベル平和賞ものね。
「効果はなかったが、今の話は同情を買おうと思っただけだ!! それにはっきり言っておくが、どのようなきっかけであろうと今の俺の気持ちが本物であることに変わりはない!! 結婚してくれ!!」
ぐっ、こいつまた言った!!
あぁダメ、私の中の何かがゴリゴリ削られていくわ……。
もうムリ……“ジル”、パス!!
「ええっ!?」
「ん?」
「い、いえ、何でもないわ、ほほほ」
あいつ、こんな場面でパスをよこしてきやがった!!
俺の事を散々馬鹿にしていたくせに、都合が悪くなったら代わるのかよ。だったら最初から引っ込んでろ!!
……文句はいろいろあるが、まずはこの状況をなんとかしないと。
幸い、こういった状況は想定内だから対処は容易い。
「……貴方の気持ちは分かったわ。でも悪いけど、私は自分よりも弱い人と結婚する気はないの。だから私よりも格下の貴方ではお話にならないわ。諦めさない」
期待を持たせるようなことを言うつもりはない。
ここできっちりと諦めさせる気でいく。
……喋り方はこれで合ってるよな?
「では女神よりも強くなればいいのだな?」
やっぱそう来るか。
「まぁ、そうなるわね。……今、貴方が何を考えているのかは分かるけど、それは止めておきなさい。私と貴方とじゃあ、実力差がありすぎるわ」
この世界ではブラトは強い方に入るのかもしれないが、“フロル”と比較すれば雑魚だ。実力差は天と地ほどもあり、決して埋められるようなものでもない。
それに例え何かの間違いで“フロル”よりも強くなったとしても、ブラトの願いが叶うことはない。俺が絶対に認めないからな。
だからブラトの事を思うのなら【自由自在】で気持ちを捻じ曲げてでも諦めさせるべきなのだろう。
「そんなことはやってみなければ分からないだろう!!」
だが、俺は俺の目的のために【自由自在】を使わない。
口では諦めるように言うが、それだけだ。
能力を使ってまで諦めさせるようなことはしない。
「いいえ、絶対に無理よ。私が可愛くて強いから惹かれるのも分かるけど、大人しく諦めて他の人を探した方が貴方の為よ」
「いや、俺はやるぞ!! 必ず女神よりも強くなって見せる!!」
そうか。お前の意思は固いんだな。
ならその『思い』、利用させてもらうぞ。
「そう。なら私はもう何も言わないわ。頑張ってみなさい」
「ああ、必ずや女神の領域まで辿り着いてやるさ!! ……そうと決まればさっそく修行をしに行かなくては。では、これで失礼する」
そう言い、急いで立ち去ろうとするが――
『一年後にブラトのフロルへの思いが続いていた場合、強制的に諦めさせますか? YES or NO』
YES。
ブラトに能力で時限式で発動する魔法をかける。
これで一年後まで思いが続いていたとしても、新しい恋を探すことが出来るだろう。さすがに叶わない願いを抱かせたまま、一生を台無しにさせるわけにはいかないからな。
……一応対策はしたわけなんだが、それでもかなりの罪悪感があるな。せめてもと、去っていくブラトに心の中で「すまん」と謝っておく。これも魔法の水準を上げるために必要なことなのだ。
そうだ。これからも似たようなことは何度も起きるはず。いちいち罪悪感に襲われていたのでは切りがない。謝るのはこれっきりにしよう。
俺が考えていることは簡単に言えばこうだ。
フロルに惚れる者が現れる→「弱いからダメ」と断る→「じゃあ強くなる」と魔法を鍛え出す→魔法の水準アップ!!
要は女の為に強くなれってことだ。ブラトの件がまさにこれだな。
諦めさせるタイミングは人によって変えていくつもりだが、だいたい一~三年くらいを予定している。たった一年でどこまで強くなるかは分からないが、少しは強くなるだろう。
実際はブラトの様に簡単にいくことは少ないだろうから、他にもいろいろな案を考えてある。王様に会うだとか、魔法使いの象徴になる、だとかな。
そして俺が考えている全ての計画には共通する事柄がある。
それは『強くなる為のきっかけを与える』ということだ。
魔法の水準を上げるためにも、まずは『強くなりたい』と思ってもらわなければならないからな。そのきっかけを与えようってことだ。
先ほどのブラトの件で言えば『恋慕』から。王様には魔物に異変が起きているという『危機感』から。本命の魔法使いの象徴になるということに関しては段階があるが、最初は『憧れ』から『強くなりたい』と思わせようとしている。
果たして俺の浅知恵でどこまで通用するのか分からないが、上手くきっかけさえ与えられれば少しは魔法の水準がアップするはず。……いや、なってもらわねば困る。じゃなければ世界滅亡だ。
最悪俺が【自由自在】をフル活用して魔物を一蹴するという手もあるが、“肝心な時に役に立たない”という能力をどこまで信用していいのか不安がある。完全に使いこなせているとも言い難いしな。
現に“フロル”という存在に俺は振り回され始めている。
こいつは一体何なのだろうな。
実のところ俺にもよく分かっていない。
能力で生物が創れない以上、俺であることは間違いないはずなのだが、性別も性格も違う存在を自分と同一視していいものなのだろうか? 増してや俺の意思に反する行動を取るやつを。
……止めておこう。あまり考えすぎると深みに嵌りそうだ。
今は俺の中の女性的な部分が表出したのが“フロル”ってことにしておこう。
さ、せっかく“フロル”も引っ込んだのだ、気を取り直してギルドへ向かおう。