第13話 再会3
アリサの様子がおかしい――。
そう確信したのはアリサとデートをしている時だった。確信したといっても具体的にどこがどうおかしいのか指摘は出来ないのだが、俺の直感は彼女が普通の状態ではないと訴えかけている。しかも早急に原因を解明すべきだ、と。
「今年の1年は外れかもしれませんね。それなりの地位の子はいても、温室育ちなのか実力不足が目立ちます。性格も量産型王子みたいなのばかりで、部に入れても邪魔になるだけでしょう」
「うへー、辛辣だな」
何気ない会話をしながらそっとアリサの様子を窺う。
……怪我や体調が悪いってわけじゃなそうだ。前に立ち眩みを起こしたと聞いてから気を配っていたし、これは違うと断言できる。
「どうもレキアとメルフィ様が同じ学年だからか、自分達が特別なんだと勘違いしている節がありますね」
「浮かれているのかねー」
「調子に乗っているだけだと思います」
……うん、やはりおかしい。
アリサにしては言葉がきつ過ぎる。いつもならもっと柔らかい言葉を使うはずなんだが……いや、ちょっと違うか。これくらいの毒を吐くことは割とあった。おかしいのはここ最近ずっと言葉がきついことだ。俺や近しい人にはそうでもないが、その他の人達への配慮がやや雑になっている。
ストレスでも溜まっているのかな?
思い当たることは……あー、結構あるな。ミュランに舐めた口を利かれたり、姉が襲われたり、メルフィが来てからはあまり2人だけの時間がとれてないし……。それに俺の知らぬところで何かあった可能性も十分考えられる。
だけどなんかしっくりこない。もしこれらに原因があるとしたら今のアリサはイライラしていることになるはずだが……うーん……。“怒り”とは違う気がするんだよなー。もっとこう、別の……焦っている? ……でもなくて……不安……不安か……。不安って言葉は近い気がするな。
アリサは何かを怖がっているのかもしれない。言葉がやや攻撃的になっているのも無意識のうちに威嚇していると考えれば納得できなくはない。
じゃあ何を怖がっているのか?
ふむ……。
って、ばかばかしい。俺は何を1人であーだこーだ悩んでいるんだ? 隣にアリサがいるんだから聞けばいいじゃないか。気持ちを察してあげることも大事だとは思うが、何よりも優先すべきはアリサの問題を解決することだろ。もしかしたらはぐらかされたり、俺の考え過ぎだと笑われるかもしれないが、そうなったらそうなったらだ。まずは実行あるのみ!!
「なあ、アリ――」
「ジル様は――」
声が重なる。
俺は言いかけた言葉を飲み込み、アリサに先を譲る。
おそらく俺がアリサの様子がおかしいことに気付いたんだろう。
「ジル様は……」
俺の腕を抱きしめる力が強くなる。
震えているのか……?
「大丈夫だから言ってみ?」
出来る限り優しく促す。
内心の困惑は絶対に悟らせない。
「ジル様は……誰にも負けませんよね……?」
その問いはもはや哀願に近かった。
瞳は潤み、声は掠れている。
負ける、と答えれば崩れてしまいそうな脆さがあった。
「もちろん負けないさ」
だから俺は自信満々に答えた。
アリサが安心できるよう、堂々と力強く。
頭にクロノスの姿がよぎるが、今回ばかりは存在しないものとして扱おう。
「そう、ですよね……。ジル様はとても強いんですから負けるはずありませんよね。信じていいんですよね……?」
「うむ!!」
威勢の良い返事をしたものの、実は絶賛大混乱中だ。
何故アリサはこんなことを聞く? 俺より強いやつが立ち塞がるのか? だとしたらそれは誰だ? 敵であることはほぼ確実だろうが魔界絡みか? それともこの世界の住民のか? 人数は? いつやって来る? どうしてこのタイミングで? いつから気付いていた? 今朝か? スイレンとメルフィに知らせるべきか?
疑問が次々と浮かぶのに明確な答えは出ず、脳がオーバーヒートしてしまいそうになる。
でもここで思考を停止させてはいけない。アリサとのこのやり取りには覚えがある。襲来戦争の直前にフロルと似た会話をしたはずだ。もしかするとまたあの規模の襲撃が――。
「ジル様、来ます!!」
「え?」
突如として、目の前に黒い扉が現れた。
「っ」
髪の毛が逆立つ。
ヤバい。アレはいけない。あの扉の向こうには碌でもない奴がいる。
扉を開けさせてはダメだ。
「消し飛べ!!」
ここが市街地であることも忘れ、大声で叫びながら扉に向けて竜巻を放つ。
しかし――。
「む? 風が強いな。……失せろ」
扉は壊れることなくあっさりと開かれた。
「な……」
それに伴い何故か竜巻はやんでしまうが、そんなものは扉から出てきた人物に比べれば些細な問題に過ぎない。
「どうしてお前が……」
有り得ない。急にも程がある。認めたくない。
「む、誰だ貴様は――ほう? もしやあの時の小僧か? ククク、久しいではないか。息災にしていたか?」
淡い紫の髪、褐色の肌に、目を覆う仮面。
そしてこの尊大な態度。
忘れるはずがない。忘れるわけがない。
「バルディア……!!」
俺が必ず倒さなければならない“敵”……!!
「また随分と容姿が変わったものだ。だがそれ以上に……魔力の質が変わったな」
神様から教えてもらった日より5年も早い。
予定より早く来ることは織り込み済みだったが、それでも早過ぎる。正直、まだこいつとやり合う準備は整っていないのが現状だ。
それでもこうして現れたんだからやるしかない……!!
「ほほう、相変わらずいきなりだな。我と戦う気か?」
「お前もそのつもりで来たんだろ? どちらにしろお前はここで息の根を――」
「ダメですジル様!!」
「!?」
アリサが俺の腕が折れるんじゃないかってくらいの力を込めて俺を強引に振り向かせた。
「あ、あの人と戦うだなんて絶対にダメです……。あんな……底なしの闇と戦うだなんてやめてください……!!」
……。
「大丈夫だって。言ったろ? 俺は誰にも負けないって」
「ダメです……怪我じゃ済みません……。それにあの人はジル様の――」
「そこまでだ小娘」
「ひぅ――」
バルディアに睨まれ、アリサが小さくなって口をつぐんでしまう。
「おい、なに俺の女にガンつけてんだよ」
「ならばしっかりと教育しろ。身の丈合わぬ好奇心は身を滅ぼすとな」
「?」
よく分からないが……アリサがここにいるのは危険だろう。
「アリサはスイレンの所で待っていてくれ。俺もすぐ帰る」
と言っても、1人で帰らすのはもっと危険だ。
まだ能力は使えるみたいだから転移で送ってしまおう。
「ジル様……ごめんなさい……」
泣きながら謝るアリサに微笑む。
「大丈夫だ。アリサが謝ることなんて1つもない」
転移でスイレンのもとへ送り届ける。
きっと彼女ならすぐに状況を理解してくれるはずだ。
……他の子は大丈夫だよな?
(クロリア!!)
(はいよっと)
(ティリカがスイレン宅にいるか確認次第、すぐにバルディアの件をメルフィと学長に報告。そしてククルの傍につけ)
(1人で大丈夫か?)
(平気だ。メルフィにも俺より周りの子を優先しろと伝えてくれ)
(りょーかい。……死ぬなよ?)
クロリアが俺の影から抜けていくのを感じる。
これで援護はないものとして考えないとな。
「クク、準備はいいか?」
「もしかして待っていてくれたのかな?」
「なに、事前に連絡もなく来てしまった詫びの様なものだ。気にするな」
「そうかい。なら礼は言わないぞ」
「クク、では準備OKということで用件を済ませようか」
「なんだなんだ喧嘩か?」「あの男がメイドさんを泣かしていたぞ」「痴話喧嘩?」「頑張れねーちゃん!!」「騎士団を呼んだ方がいいのかな?」「あの子に加勢するぜ!!」
「……」
そういえばさっきから通行人に思いっきり見られているんだったな……。
そりゃあこんな只ならぬ雰囲気を発しているんだから、野次馬をしたくなる気持ちは分かるけどさ、早く逃げてくれないかな。あの人たち全員を守ってあげられる自信も余裕もないぞ。
「フン。『日常に戻れ』」
「「「――」」」
バルディアの言葉に、集まった野次馬が一斉に捌けていなくなる。
一種の洗脳か。しかもあの人数をたった一言で……。
やはり命を懸けて戦う必要があるみたいだ。
「これで雑魚に気を取られる心配もあるまい。さあ、行くぞ」
あれ? てっきり戦うのかと思ったら背を向けてしまった。
いやまあ、こんな市街地で戦いたくはないからありがたいっちゃありがたいんだが……。
「どこに行くんだよ?」
「ふむ。少々喉が渇いているのでな、まずはカフェだ。ついでにそこで互いの近況報告でもしようではないか」
「はあ?」
何を言っているんだバルディアの奴?
どうして俺がそんな友人みたいな真似事をしなくちゃいけないんだよ。
「クク。どうやら勘違いしている様だが、我に戦う気はないぞ? 今回はただバカンスを楽しみに来ただけで無秩序な破壊などはせん。我はきちんとON/OFFを切り替えるタイプなのでな。分かったら安心して美味いコーヒーか紅茶を出す店へ案内するがいい」
「……」
あまりの事態にどう行動したらいいのか分からなくなる。
いっそのことフロルに丸投げしたいが、いつの間にやら【自由自在】は使えなくなっているから相談も出来ない。
……奴の言葉を鵜呑みにするのは危険だ。こいつが大人しくコーヒーを飲んで帰るわけがない。しかし戦うとなると俺が不利なのは否めない。戦闘を避けられるならそっちの方が助かる。ならばここはしばらく奴に付き合って情報を収集し、少しでもおかしなマネをしたら“躊躇せず”に戦闘に持ち込むのが正解じゃないだろうか?
そうだな、時間を稼げば学長やメルフィが町の人を避難させてくれるかもしれないし、まずは穏便に事を進めてみよう。
――さあ、一歩でも踏み外せば奈落へ真っ逆さまな綱渡りの始まりだ。