第12話 日常
「新入部員を勧誘しましょう」
部室にメンバーが集まるなりアリサはそう提案した。
別に勧誘なんてしなくてもアリサやミュランがいるんだから入部希望者には困らないんじゃないかと助言しそうになったが、そういう下心が見え見えな奴をアリサが入れるはずもないかと思いとどまる。
つーか、それよりももっと言わなくちゃいけないことがあるじゃないか。
「この部は存続させるのか? だって観察らしい観察はまだ1回もしてないぞ? 当初やると言っていた王子の観察も結局有耶無耶になっちゃったしさ」
「私もそれ疑問。この部はまったりしてて好きだけどさ、何もしてない部活が堂々と宣伝してもいいものなのかな? 続けるにしてもあまり目立たない方が私はいいと思うな」
俺に続き、リーネルカがハッキリとした口調で意見を口にした。ティリカの血を吸った影響がまだ残っている為、見た目がちょっと大人っぽい。背が伸びて胸もあるし、血を吸う前とはまた違った落ち着きもあってか、事情を知らぬ人からすれば彼女の姉に見える。現にクラスメイトに姉と間違えられたらしいが、魔法の事故でこうなったと説明して納得してもらったとか。でも観察部の面々には自分が吸血鬼であるとカミングアウトしてくれたので、なんだか友達として認めてくれたようで嬉しかった。なお、今の姿は一時的なもので数日もすれば元に戻るらしい。
……ちなみに彼女の正体については薄々感付いてはいたので吸血シーンを生で見ていた時もそこまでの驚きはなかった。まあこれは蛇足か。
「御2人はこう仰っていますが、王子はどうでしょう?」
「立場は理解しているつもりだよ。だから僕は黙って決定に従うだけだ」
目を瞑り、指先に高密度の青い炎を揺らめかせながら淡々と振る舞うミュラン。自虐も諦めも怒りもなく、ただ事実を口にしただけだと無言で語る様は今のリーネルカにも負けない凄みがある。問題は中身だが、アリサは矯正プログラムの修了を宣言していたので精神面もかなり変わっているのかもしれない。
「消極的反対が2に棄権が1ですか。なら勧誘はやめて部も解散しましょう」
いい!?
「いやいや!! その結論に至るには早過ぎるだろ!?」
「そうそう、もうちょっと議論しようよ?」
「ふふ、冗談です。廃部にするつもりはこれっぽっちもありませんから」
「なんだ冗談か」
心臓に悪いな……。
でもアリサが人を慌てさせる冗談を言うなんて珍しいな。付き合いだしてからは初めて聞いた――ような気がする。とにかく少ないことは確かだ。だからどうしたって感じだけど、何故か心に引っかかった。
「活動を何もしていないのが気になるようですが、部としては裏で私がそれらしいことをしているので文句を言われても大丈夫です」
「あ、そうなんだ」
「どうも私は自分1人で出来ることは全て自分だけでやってしまう癖があるみたいで、皆さんのお手を煩わせるまでもないと勝手に1人で色々やっていたんです。ですが私達も2年生になったわけですし、ここらで心機一転して皆さんと一緒に何かしようかなと思ったわけです」
「その為の一歩として後輩を入れようってことか」
「はい」
「なら反対する理由はないな」
「私も賛成」
「賛成だ」
3人とも揃って頷く。
ま、そもそも疑問を呈しただけで反対するつもりはなかったんだけどな。
「それでは早速校門前で勧誘をしましょうか」
「よっしゃ行くか」
「いえ、ジル様はここで待機をお願いします」
「え?」
「全員で行くと入部希望者が部室に来た時に困りますからね」
「そっか、じゃあ俺はお留守番しているよ」
どうして俺なのだろうか――。
3人を見送りながらその理由を考えてみたら、すぐに見当がついた。
おそらくアリサは適当な理由をつけてミュランとリーネルカと別行動を取り、俺と2人切りになるつもりなんだろう。今はメルフィもいないから、人の目を気にすることなく存分にイチャイチャ出来るもんな!!
ふふ、さすがアリサだ。こうも自然に2人だけの状況を作り出すとは!!
「トントン」
おっ、もう来たのか。
わざわざノックなんてしちゃって可愛いなもう!!
「早かったね。さ、どうぞ」
笑顔でお出迎えする。
「お、そんなに俺が待ち遠しかったのか?」
真顔でドアを閉めた。
はは、おかしいな。アリサじゃなくてオロフ先生に見えたぞ。そんなわけないのにな。疲れているのかな?
深呼吸でもして落ち着こう。
すーはー……すーはー……よし!!
気を取り直してもう一度開けるが、やっぱりそこには先生がいた。
「くく、愛しの恋人じゃなくて悪かったな」
「……何の用ですか?」
「まぁまぁそう拗ねんな。今日はほれ、アレだ。なんつーか……その……な?」
「?」
なんだ?
いつも偉そうにしているオロフ先生が照れくさそうに言い淀んで頭を掻いている。
「そう、教師としてではなくリーネルカの父親として来た。あいつが吸血鬼であることを気にしないでいてくれてその……サンキューな」
「どうしたんですか急に?」
「うるせえ、黙って礼だけ受け取っておけ。それとほら、ローザからの手紙だ。俺も中身は見てないから何が書いてあるか知らん。じゃあな」
手紙を俺に押し付けてそそくさと行ってしまった。
恥ずかしがらなくてもいいのになー。
でもちゃんと父親をしていることには感心感心。
心が温かくなったところで手紙をビリビリに破り捨てる。どうせ読んで良かったと思える内容じゃないはずだ。
「……」
が、やっぱ内容が気になるので能力で復元して読むことにした。
『後で苦情を言われても嫌なので1つアドバイスを送りましょう。ほのぼの学園ライフを送りたければ躊躇わぬことです。しかし躊躇すれば、かけがえのない出会いが訪れます。どちらを選択するかは自由ですが、くれぐれも後悔だけはしないように。ローザより』
……相変わらず肝心な部分をぼかす人だな。これじゃあ何のことだか分からないじゃないか。躊躇うなって、せめて日にちの指定くらいしてくれよ。
うーん……対策も立て辛いし、いちいち気にしていたら生活に支障が出そうだから頭の片隅に入れておく程度でいいかな?
「いや」
そんな甘い考えでいいのか?
対応を間違えればまともに学園生活を送れなくなるかもしれないんだぞ? こんな手紙を送ってくるくらいだ、かなり大きな分岐点に来ているんだと思った方がいい。安易に考えているとマジで後悔しかねない。これからしばらくは即断即決を心掛けるべきだろう。
……でもこの“かけがえのない出会い”ってのも気になるんだよな。俺にはアリサがいるから女ならお断りだけど、男友達が出来る可能性もある以上、そう無碍にしてよいものなのかどうか……。
っ、ええい!! どうせ考えても答えは出ないんだ、手紙の内容なんか忘れちまえ!!
「はい、忘れました!!」
手紙も燃やして完全に存在を消し去ってやる。
「何を忘れたんですか?」
「うひゃあ!?」
いきなり肩を叩かれて飛び上がってしまう。
叩いた本人――エミリーも俺の反応に驚いていた。
「もう、びっくりさせないで下さいよ……」
「す、すいません。まさかそんなに驚くとは思っていなくて……。それで、どうしたんですか? 忘れたとかなんとか言ってましたが。師匠が何かを忘れるなんて珍しいじゃないですか」
…………。
「いえいえ、もう解決したので大丈夫です」
「っ!! 今、師匠であることを否定しませんでしたね!? じゃあやっぱり――」
「いや俺は先生の師匠じゃありませんから」
「むう、さすがにそう簡単には認めませんか。これは長期戦になりそうですね。これから職員会議があるので今日のところは引き揚げますが、私は必ず真相を突き止めますからね。」
そう決意を表明して立ち去るエミリー。
彼女は真面目だから謀とか人を騙すのが苦手なんだよな。だから今の様な駆け引き(?)が続く限り俺の正体がバレることはまずないだろう。昨夜はどうしたもんかと頭を抱えたけど、記憶を改竄する必要はなさそうだ。
そもそもあの調子からして俺がフロルだとバラしても問題ない様な気もする。しばらく様子は見るけど、大丈夫そうだったら正体を話すことも選択肢に入れていいかもな。
「ジルいる!?」
「んー?」
今度はレキアが切羽詰った顔をしながらやって来た。
「ククルはどこ!?」
「っ、ククルに何かあったのか!?」
「そういうわけじゃないんだけど、とにかく時間がなくて――げ、来た!? じゃあまた」
「おい――」
行っちゃった。
なんだったんだ……?
「やあジル。今ここにレキア君が来なかったかい!?」
ああ、なるほど。
レキアはレイシアから逃げていたのか。
「来たよ。実験室に逃げ込むって言ってた」
「ありがとう!! もし私達が結ばれた暁には必ず式の主賓として招待させてもらうよ」
俺の返事を待たずして、猛ダッシュでいなくなってしまった。
なんかレキアが可哀想になってきたから、レイシアへの対応もきちんと考えておいた方が良さそうだな。
「兄さん!!」
今日は千客万来だなおい。
お次はレキアの探し人のククルだ。
「先ほど見かけた連中の中に兄さんの姿がなかったので、もしやと思いましたがやはりお1人でしたか!! 1人では寂しいでしょうから、僭越ながら私がその気持ちを紛らわせましょう」
そう言って部室のドアを氷漬けにして誰も入れなくすると、俺の腕に抱き付き幸せそうな顔をする我が妹。やれやれ、本当はアリサとのイチャイチャを期待していたんだけど……まあいいか。おさげ女のことで話もあったし、それが終わったら偶にはククルの好きな様にさせてあげよう。
「では妹耐久ゲームなどいかがでしょう? 私があらゆる手段を用いて誘惑するので、兄さんはじっとしているだけという簡単なゲームです。……ふふ、すぐにあんな女のことを忘れさせてあげますよ」
うん、好きにさせるのだけはやめよう。
こうして俺はアリサ達が帰ってくるまで、兄妹の一線を越えようとしてくるククルを止めるゲームをすることになった。
――この時点での俺は、今後もこんな日常が続くのだと信じて疑っていなかった。
エミリーとしょうもない駆け引きをしたり、レキアとレイシアの関係に気を配ったり、新入部員達と部活を盛り上げたり、ククルを宥めるのに苦慮したり――。もちろん多少のトラブルはあるだろうが、それでもアリサとイチャイチャする時間が失われることはないと思い込んでいた。
しかし俺は理解しているつもりで理解していなかった。
この日常が薄氷の上でかろうじて成り立っていること。そして悪意ある者が少し踏み込むだけで、簡単に崩れ去ってしまうことを……。