第10話 ティリカとリーネルカ(後編)
「私だってこんなことしたくないんだよ? でも2人が身の程を弁えないでククルちゃんにたかるから仕方なくやるの。ククルちゃんの優しさに甘えて勘違いするゴミを掃除しなくちゃククルちゃんまで腐っちゃうもん」
ど、どどどうしましょうか。
あたしが想像していた最悪の人物よりも突き抜けてヤバい子と遭遇しちゃったわよ!? あたしは妹と違って荒事が得意じゃないのに……。よく意外って言われるけど攻撃魔法も苦手で、専門は補助魔法。運動神経もそこそこだから喧嘩とか勘弁して欲しい。
もちろん本来ならゴミ呼ばわりされて黙っていられる程あたしは温厚ではない。でも相手は明らかに話が通じ無さそうな危ない子。下手に突っつけばより状況が悪化するぞと、怒りよりも理性が勝っている状態だ。出来れば穏便に済ましたいんだけど……。
って、ええい、弱気になってどうするのよあたし!! フロル様やスイレン様、アリサならきっと欠伸交じりに正面から相手の心をへし折るに決まっている。ならあたしもそれに倣って「調子こいてすいませんでした」って謝らせてやるんだから……!!
あたしはやるわよと決意を込めてリーネルカを見つめれば、彼女もうんと頷いてくれた。頼もしい……!! ふふん、こっちは2人もいるんだから楽勝ね!!
「はん、勘違いしているのはどっちよ!! あんたが何と言おうがあたし達はククルの友達で、ククルもあたし達を友達だと思っているわ!! どうせあんたはククルの友達でもなんでもないんでしょうから、余計な口出ししないでくれる?」
手始めに口撃で相手の心を弱らせてやる。
「そうだね、ククルちゃんはきっと2人のことを友達だと思っているよ。でもね、それは2人がアリサちゃんの姉だったりルームメイトになれたっていう幸運と、ククルちゃんの慈愛の心があって初めて成り立つ関係なの。決して2人の存在がククルちゃんに認められたわけじゃないんだよ。分かってる?」
「……どうしてそう言い切れるの? 貴女はククルのなんなの?」
「私? 私は……えへへ、2人と同じ生ゴミだよ。ククルちゃんを陰ながら応援するただのゴミ。ずっと応援させてもらっていたからこそ、2人がククルちゃんに相応しくないと分かるの」
「ふん。聞いてあげるから言ってみなさいよ」
「2人にはね、実力もそうだけど何よりも“華”がないの。人を惹き寄せる魅力やカリスマとも言うべき“華”が。……でもそうだね、生ゴミはちょっと言い過ぎたかも。2人にも雑草くらいの華はあるよ? ごめんね、私もちょっと熱くなっていたみたい」
うぅ……口撃しようなんて思わなければよかった。
こっちの精神がゴリゴリ削れていくわ……。
「でもククルちゃんの眩い宝石の輝きに比べれば、ゴミも雑草も同じようなものだよね。……ねえ、考えてもみてよ? 宝石の隣に汚い雑草があったらどう思う? 何だか無性にムカつくでしょ? せっかくの綺麗な宝石が汚れちゃうじゃないって……!!」
鉈を勢いよく振り下ろして机を真っ二つにするおさげ女。
ちょ、『熱くなっていたみたい』とか反省を口にしてたのに、もうヒートアップしたわよ!?
「アリサちゃんやお兄さんみたく横に並ぶ資格もないただの雑草の分際でククルちゃんの輝きを損なおうだなんて許せない……!! 二度と生えてこない様に根元から切り払ってやる……!!」
ひいいいいいいいいいこっち来た!?
「拘束せよ」
あたしがビビっていると隣から鎖が伸び、おさげ女の首から下を雁字搦めに縛り上げた。
やった!!
あれなら巨漢の男でもそう簡単には身動き取れないでしょう――と思ったそばから鎖を切り裂いて脱出しよとしているじゃないの……。
「こら。戦うと決めたんだからいちいち落ち込んだり怯んだりしないの。勝つまでは目の前に集中する」
「!!」
そうよ、何をやってるのあたし。
やるって決めたばかりなんだからしっかりしなさい。
「ありがとうリーネルカ、おかげで目が覚めたわ。後はあたしに任せなさい。完全に脱出する前に直接電撃をお見舞いしてやるんだから――ぐえっ」
走り出そうとしたらリーネルカに後ろ襟を掴まれて首が締まってしまう。
「何すんのよ!?」
「あの鉈の威力を見てなかったの? 机を軽々破壊して、私の鎖まで切ってる。もしアレが当たれば体は切断されると思った方がいい。だから接近戦はダメ。距離を取りつつ攻撃しないと」
「んなこと言われたってあたしは中~遠距離型の魔法は苦手なの!! 威力を上手く制御出来ないからどうしても大味になって殺傷力が高くなっちゃうのよ!!」
魔法で的の真ん中を的確に撃ち貫く授業でも、的全体を粉々にすることなんて日常茶飯事。先生に「的には当たるんですけどね……」といつも苦笑いされる。さすがにこんな不安定な威力の魔法を人にぶつける気にはなれないわよ。気絶させるつもりで放ったのに胸から上が無くなっちゃいましたとか笑い話にもならないじゃない。
「っ、来たよ!!」
「せっかくのチャンスに攻撃して来ないなんてやっぱり2人は駆除すべき雑草だね……!!」
鎖から脱出したおさげ女が鉈を振り回しながら急接近してくる。
「攻撃魔法が苦手なら私の補助か自分の守りに専念するかどっちかにして!!」
「了解!!」
あたし達は左右に分かれておさげを挟み込む。彼女はどっちを標的にしようか僅かに逡巡するも、すぐにリーネルカの方へ向かう。あたしは自分への注意が逸れた隙に、おさげの足元を凍らせてバランスを崩してやる。いきなり滑る床になったことで転びそうになる彼女の横っ面にリーネルカが長い土の棒でフルスイングを決めた。
容赦なく顔面を狙うリーネルカに若干引きつつも、あたしは手を緩めずにおさげが倒れた床を粘着性のある床へ変化させる。これならもう起き上がれないはず。
そこへトドメだと言わんばかりにリーネルカは空中一回転からの踏み付けを背中へ食らわす。奇妙な呻き声を漏らしておさげ女が動かなくなると、鉈を蹴り飛ばして小さくガッツポーズ。……あまり表情に出てなかっただけでゴミ呼ばわりされたことを相当怒っていたのかも。案外、本当に敵に回しちゃいけないのはこの子なんじゃないかしら?
「……無事返り討ちにしたわけだけど、どうしようか? ……先生に報告する? ……それとも放置する?」
「そうね……先生に報告しましょうか」
襲われたのがあたし達だから怪我もしないで済んだけど、これが他の人だったらどうなっていたか分からない。これで反省して大人しくなるとも限らないし、あとは教師の判断に従うのが賢明でしょ。
「運が良ければそう大した罰を受けずに――」
「っ、危ない!!」
「!?」
リーネルカに正面から押し倒されると同時に、何かが横切るのを視界に捉えた。
その正体はおさげ女が持っていた鉈。信じられないことに、あの鉈が一人でに動いてあたしの首を狙ってきたのだ。もしリーネルカがいなかったら今頃あたしの首は……。
「な、なんなのよあの鉈……。あのおさげの魔法?」
今も一人でに宙を浮いてあたし達を狙っていて、すっごく不気味。
「たぶんアレは武器型の精霊」
「嘘お!? アレが!?」
武器型の精霊だから驚いたんじゃない。見た目だけじゃどの属性の精霊か分からなかったから驚いた。普通はどの形態の精霊だろうと、一部分が赤かったり青かったり黒かったり、偶に光ったりする。でもあの鉈はどこからどう見ても店で売ってそうなただの鉈。どこにも各属性に当て嵌まりそうな特徴が見当たらないのだ。
「……ごめんねククルちゃん。雑草相手でも学年上位相手じゃ、生ゴミの私にはちょっと厳しいみたい」
「うげ」
「……しぶとい」
鉈を警戒しているうちにおさげ女が復活してしまった。
でもダメージは大きいらしく覚束ない足取りで今にも倒れそう。……なのにさっきよりも危険性が増している気がするんだけど……。
「でも私頑張るよ。頑張ってククルちゃんに寄生する雑草を――刈り尽くす……!!」
「ひえ!?」
おさげが鉈を掴むと、鉈がドス黒く変色し、刃もギザギザになって見た目がより凶悪になる。
「……闇の精霊」
「違うよ。この子は愛の精霊エクスキューター。私のククルちゃんへの想いが具現化した精霊なの。きっと愛の大精霊様がこの子と一緒にククルちゃんに仇なす不届き者を成敗しろってお力を与えてくれたんだと思う」
うっとりした顔で鉈を見せびらかしてくるおさげ。
……もうヤダこの子。完全にいっちゃってるじゃない……。この子に比べればあいつや前のクラスの連中がまともに思えてならない。
「えへへ。愛の前にはね、属性も上も下もないの。あるのは純粋か不純かだけ……!!」
また来た!!
「アースウォール!!」
「邪魔だよ!!」
あたしが出した土の壁は一刀の下に切り崩された。
そしてさっきよりも明らかに早い速度で鉈を振り下ろしてくる。必死に体を捻ってなんとか紙一重で避けれたけど、正直生きた心地がしない。続く横払いも悲鳴を上げそうになりながらしゃがんで回避。
もう無理!! 相手を気遣っている余裕なんてない。本気でやらないとこっちがやられちゃう。
「どうしたの? きっとアリサちゃんならとっくに私を倒してい――」
「雷光一閃!!」
「――っ」
迸る一筋の光がおさげ女を貫く。
貫くと言っても体に穴が開くわけじゃない。ちょっと体が硬直して動けなくなるだけ。
そんでその隙に……懐から糸束を引っ張り出し、彼女にぐるぐる巻きつける。
「こんな糸程度すぐに……!!」
「これは拘束する為の道具じゃないの。こうやって使うのよ――有糸雷線!!」
「ひぐぐううう!?」
糸に雷を流して体全体に万遍なく電気を行き渡らせる、アリサ考案のエグイ技よ。
「あああああああああああ!!」
だ、大丈夫かしら。めっちゃ苦しんでるんですけど……。ううん、ここは心を無にして動かなくなるまで流し続ける!!
「うわあああ……ああ…………あ…………――」
「も、もういいわよね?」
悲鳴がやみ、痙攣以外の動きがなくなったところで放電をとめて糸を切る。
立ってはいるけど、頭は俯いていて体からは煙が上がっている。
ヤバ、やっぱやり過ぎたかも……。
死んでないわよね?
「……なさい……ごめ……なさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「うっ」
意識の有無を確認する為に踏み出そうとした足が下がる。
この子――泣きながら謝っている……。
あー……。
「こっちこそ……その……ごめんなさい。さすがにやり過ぎたと反省してるわ」
凄まじい罪悪感に襲われて居たたまれなくなったあたしは、彼女を正視できなくて顔を逸らしてしまう。
すると、脇腹を押さえながら膝をついているリーネルカが目に入った。
「大丈夫!?」
すぐに駆け寄って押さえている脇腹を診る。
うわ、血が結構出ているじゃない!!
もしかしてさっきあたしを庇った時に……。
「傷は……大して深くない。……でもあの鉈には魔法なのか薬なのか……触れた者の体を麻痺させる効果が……あるみたい。おかげでほとんど動けない……」
「分かった、すぐに保健室に連れて行ってあげる」
小柄なリーネルカを丁寧に背負う。
このくらいの重さならあたしでも運べるわね。
そうだ、ついでにあの子も保健室に連れて行きましょう。
「ねえ、貴女も怪我をしているんだから一緒に――」
「……さいごめんなさい……ククルちゃん。あんな雑草を駆除するのに手間取ってごめんなさい……。今度こそ本当に上手くやるから……見てて……!!」
「なっ――」
なんでまだ襲ってくるのよ……!!
「雑草共が、ククルちゃんの輝きは奪わせない……!!」
「このっ――いい加減にしなさい!!」
魔力全開で大量の水を放出して押し流す。
技術や技量など全くない、スイレン様の契約者だからこそ許される魔力頼みの力技。迫りくる激流を止めるのが難しいように、単純であるが故に強力な戦法。難点は……辺りが水浸しになること。実験室どころか廊下まで水が浸って大変な惨状になっている。
でも今はそんなこと気にしていられない。早くリーネルカを保健室に連れて行くか誰かしらの助けを呼ばないと。リーネルカを背負ったままじゃ、あのおさげの相手は出来ない。
「……今のは凄かったけど……悪手だったね……。あの子、廊下に流されちゃったから姿を見失っちゃったよ」
「平気。来たらまた押し流すから」
「……いくら正当防衛だからって……その都度学園を水浸しにしたら罰を受けちゃうよ。……私は大丈夫だから、ティリカだけ先に行って応援を頼んで」
「やだ。置いていくくらいなら退学になる方がマシよ」
「……しょうがない……やるしかないか……」
ああ、もう!!
廊下がこんだけ水に浸かってるんだから早く誰か来なさいよ!!
って、もうおさげが来た!?
「ククルちゃんの邪魔をするゴミは私が絶対に始末する……!!」
「ええい、終わったら絶対ククルに文句言ってやる!!」
腕を突き出して魔法を発動しようとすると、おさげが鉈をぶん投げて来た。
それを焦らずしゃがんで躱し、丸腰の彼女に水を――と思ったら彼女の手にはすでに鉈があり、もう振りかぶっている。
「やったよククルちゃん!!」
あ、ヤバいかも……。
『バチン』
「え?」
「弾かれた!?」
何が起きたかよく分からなかった。
確かに鉈の攻撃を受けたはずなのに何ともない。……いえ、当たる直前に見えない何かが守ってくれた様にも――
「痛っ!?」
直後、首に痛みが走る。
おさげの所為じゃない。リーネルカが首に噛み付いてきたからだ。反射的に引き剥がそうとするも、何故かどんどん力が抜けていき、立つことさえままならない。……何これ? 何が起こっているの?
そしてとうとう立つことすら出来なくなり、尻餅をついてしまう。
「ごめんね。久し振りだから吸い過ぎちゃった」
あれれ、頭まで働かなくなっちゃったのかな。
リーネルカが大きく見える。なんかテンションも高そうよねー。
「輝きが変わった……? さっきとは別人だね。何をしたの?」
「血を吸っただけ。私、吸血鬼ですから」
吸血鬼……? 何それ?
「知ってる。赤の血族でしょ? 人の血を餌にする珍しい化け物らしいね」
「そう、私は化け物なの。ほら、牙だってあるでしょ? 普段は引っ込んでいるんだけど興奮したりすると出ちゃうから、会話する時に気が気じゃないんだ。目にもちょっとした催眠作用もあるし大変なんだよ?」
ああ、だから目を合わせてくれなかったのね。
会話がいつもワンテンポ遅れているのも気持ちを落ち着けているからか……。
吸血鬼のことはよく分からないけど、その事に関してはすんなりと事実だと受け入れられた。
「さ、お喋りは終わり。私達を襲った罪を償ってもらうよ」
「――」
それからは早かった。
隣に立っていたリーネルカの姿が消えたと思ったら、おさげ女が天井にバウンドして廊下に倒れ伏し、その衝撃で離した鉈の刃をリーネルカが素手で掴んで握り潰して、はい決着。
この間、およそ一秒足らず。
「今回はこれぐらいにしておいてあげる。でも次があるのなら貴女がその鉈の様に握り潰されると思ってね」
強っ!?
え、もしかしてアリサよりも強いんじゃないの?
「……はは、あはははごぽっ……あははははははは!! さすがククルちゃんだ!! やっぱり友達はちゃんと選んでいたんだね!! 安心したよ!!」
「まーだそんなこと言ってる」
やられた張本人は血を吐きながらもククルを称えて心底嬉しそうだ。
……一体、彼女とククルとの間で何があったんでしょうね。あそこまで盲目的にククルを信仰するなんて……。何だか不気味を通り越して哀れに見えてきた。
「はは、それとエクスキューターは私の想いが続く限り決して壊れることは……ない……から――」
「ふう、やっと気絶したよ。これで正真正銘、私達の勝ちだね」
言いながら私をおんぶするリーネルカ。
どうやら保健室に連れて行ってくれるらしい。
ようやく終わりか……。
「ホント疲れたわ。人生でこんなに疲れたのはたぶん初めて」
「……ごめんね、半分くらいは私が血を吸っちゃった所為だよ」
「別にそれは気にしてない。むしろ吸血鬼だって今まで黙っていたことの方が気になるくらいだし。ま、いろいろと言いたいことや思うところがあったわけだけど今は兎にも角にも――ベッドでぐっすり寝たい」
ただそれだけ。
難しいことは起きてから考えよう。