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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
3章
114/144

第9話  ティリカとリーネルカ(前編)

 2年生になってから毎日がとても楽しい。

 去年はずっとモヤモヤした気持ちを抱えていたから学園生活を満足に楽しめなかったけど、今年は違う。このクラスには女みたいな男もいなければ、その女男が男か女かで1年中熱く議論しているクラスメイトもいない。男と男の恋愛をやたら勧めて来る子も、謎の黒装束連中が現れることもない。

 普通の男と女が、至って普通に授業を受け、休み時間には勉強や魔法について教え合いつつもちょっとした雑談も交えて普通に過ごす――。これこそがあたしの求めていた学園生活。そう、特別なイベントや変人なんていらない。穏やかな川のような日々こそが、あたしには合っているのだ。

 そういう意味ではレキアとエミリーさん、メルフィ様には感謝している。彼女達のおかげで、あたしに媚を売ってくる連中が大幅に減って静かになったからね。入学式以降は精神的にだけではなく、体力的にも楽になったからさらに余裕が生まれ、増々日々が楽しく感じる。……ま、下心があった奴等とは言えあたしの周りから人がいなくなるのはちょっと寂しい気もするけどね。でも新しい友人も出来たんだし、気にしない気にしない。


「やはり2年生ともなると授業の質が上がりますね。しっかり聞いていないと理解出来なそうな内容がチラホラあります」


 友人のククルが教科書をパラパラ捲りながら優等生みたいなセリフを吐いている。

 いえ、みたいじゃなくて実際そうなのよね。メイユ市の学園でもずっと成績優秀で、去年の学年末テストでも総合3位と文句なしの優等生。妹を除けば、あたしの知る限り最も頭の良い子だわ。

 彼女と過ごす時間は「あたしも負けてられない」と、良い刺激を与えてくれるから好きだった。だから昔からお近づきになりたいと思っていたのに機会がなくて顔見知り程度の関係が続いてしまったけれど、ようやく念願かなって同じクラスになり、一緒に食事をする仲にまでなれた。そして期待通りに彼女はあたしの向上心を刺激してくれる。


「あたしなんて、今の段階で復習しないと付いて行けないわよ」


「きちんと予習をしないからです。予習をしておけば、授業なんて分からない部分を聞くだけじゃないですか」


「それはククルだけじゃない?」


 と言いつつも、内心では今度から予習と授業だけを聞いて復習はしないと決意。ククルと同じことが出来ないようじゃ、スイレン様の契約者なんて恥ずかしくて名乗れない。妹なんてとっくに学園で学ぶ範囲は予習し終えて、より専門的な内容を自主勉強しているんだからあたしもステップアップしないと。


「……ククルを参考にしない方がいいよ。……あんな風に教科書を流し読みするのを予習とは言わない」


 もう1人の友人リーネルカがあたしの心情を察してか忠告をしてくれた。

 彼女は目を合わせて話しをしてくれないのがちょっと不満だけど、彼女の勉強への姿勢は学ぶところがあるし、それにあたしを特別扱いしないで普通のクラスメイトとして接してくれるから彼女もまた、あたしの得難い友人の1人だ。


「大丈夫。さすがにあれを真似ようとは考えてないわ」


「そうですか? 兄さんもこの方法で学年2位の座を獲得しましたが?」


「へー。兄妹揃って優秀だね」


「……」


 あいつもククルと同じ方法……。

 ならあたしも頑張るべきかしら……?

 そうね、1度試してみましょうか。


「兄さんは体力試験が足を引っ張りましたからね、あれさえなければ総合1位の座を取れたはずなんです」


「……ジルは頭も良くて、魔法と料理と気配りも出来るハイスペック美少女。……女として私も見習わなくちゃいけない」


「ふふ、リーネルカはよく分かっていますね。気分が良いので兄さんお手製の卵焼きをあげましょう」


「やった」


 ……この2人はあいつをやたらと肯定するのが玉に瑕よね……。ククルはまだ分からないでもないけど、リーネルカまでなんで毒されているのか不思議だわ。どこがそんなにいいのかしらね?

 ……いえ、本当はあいつが優秀な奴だってことは分かっている。1年間同じクラスだったんだから嫌でも分かるわ。でもあたしはあいつを認められない。認めるわけにはいかない。何故なのかは自分でも分からないけど、心の奥底――本能が否定するのよね。あいつを認めると、あたしの思い出が穢れそうというかなんというか……。とにかく生理的に無理なの!!

 アリサもホントよくあいつと付き合えるわよね。私的感情を抜きにしても、あの容姿を異性として見るのは無理があると思う。やっぱアリサの美的センスの問題なのかな? 私服のセンスとか壊滅的に酷いもんね、あの子。自分でもそれを自覚しているから、いつもメイド服を着るようになったくらいだし。


「……そういえばエミリー先生の授業、残念だったね」


「確かに拍子抜けでしたね。フロルの弟子だというから少し期待していたのにまさか初回授業でバックれるとは」


「ガッカリ……」


「むう」


 なにやら聞き捨てならない話にシフトしたわね。


「しょうがないじゃない。カザンカ様が憔悴なされて家に引きこもりになられたらしいんだから。授業どころじゃないわよ」


「ハッ。子供じゃないんですから放って置けばいいんです。誰彼構わずに喧嘩を吹っかけそうな雰囲気もありましたし、むしろ引きこもってくれた方がありがたいんじゃないですか? 私達が必要としているのは新人教師の方なんですし、別に大精霊がいなくてもいいはずです」


「まあ、それもそうだけど……」


 ぶっちゃけあたしもカザンカ様はどうでもいい。いや関心がないわけじゃないんだけど、スイレン様と仲が悪いらしいから、あたしがあの方と話したなんて知れたら不機嫌になってしまう。だから極力意識しないように心掛けている。

 つまりカザンカ様が引きこもってくれた方があたしにとってはありがたいはずなのだ。でもそれだと昔お世話になったエミリーさんが大変だろうから……ヤキモキしちゃうのよね……。困ったものだわ。


「そもそも憔悴ってなんですか憔悴って。誰かにフラれでもしたのですか?」


「あながち否定出来ないわね。大精霊様が戦って疲れることはないだろうから、精神的ショックを受けた可能性は高いわ」


「……噂によると……ジルとピクニックに行ってからおかしくなったらしいよ」


「兄さんと……?」


「はあ? 何それ? 意味わかんない。デマじゃない?」


 なんであいつとピクニックに行くとカザンカ様が憔悴するのよ。有り得ないでしょ。常識的に考えれば、あいつと大精霊様がピクニックに行く時点でおかしいと気付く。

 もしかしてあいつを陥れようと誰かが嘘を流したのかしら? だとしたら――ちょっと気に食わないわね。ムカムカする。


「デマだと断ずるのは早計です。リーネルカ、知っていることを詳しく」


「……うん。……知り合いによると、カザンカ様が授業中に突然やって来てジルを誘拐。……その後、お昼に1人ヘロヘロの状態で戻って来たんだって。その時に『トラウマレベルのピクニックだった』って漏らしていたらしいよ」


 なるほど……。


「訳が分からないわね!!」


 女だと思ってピクニックに誘ったら、実は男でショックだった……くらいしか思い浮かばないわ。


「私は分かりましたよ」


「え、ホント!?」


「……私も気になる」


「おそらく、兄さんの実力に気付いた大精霊が勝負を挑むもコテンパンに伸されたのでしょう。ピクニック発言は、大精霊を倒したら面倒になると危ぶんだ兄さんが口止めをしたと考えれば合点がいきます」


「……」


「あー……うん、そうね。きっとそうだわ」


 うわぁ、まさかククルがここまでブラコンだったとは……。

 ククルの前ではあまりあいつの悪口は言わない様にしよっと。




 昼食を終えたあたしが席に戻り、次の授業の教科書を出そうとすると、机の中に1通の手紙が入っているのを発見。

別に珍しくはない。よくあることだ。去年の今頃なんて机に溢れんばかりの手紙が入っていたことを思えば、むしろ1通なんて少ないくらい。

 でも封に髑髏マークが書かれているのは初めてかも……。

 なんだか嫌な予感がしつつも中を見てみると――


『大切なお話があります。放課後、リーネルカさんと2人だけで実験室に来て下さい。いつまでも待ってます』


 ――と書かれていた。

 うーん……内容は普通、よね。この手の呼び出しの手紙も沢山貰ったことがあるけど、それらとの差異は見受けられない。実験室ってのも以前にあった女子トイレの待ち合わせに比べれば常識的だ。

 字体は可愛らしいから、差出人は女の子かな?

 どうしよっか……。

 なんか怪しいのよね……。

 こうなったらリーネルカに判断を任せちゃおうかな。うん、彼女が断ったら差出人には悪いけど無視しちゃおう。


「私は行ってもいいよ」


 放課後、リーネルカに手紙を見せたらあっさりOKされた。


「え、いいの? だって髑髏だよ?」


「……私、けっこう髑髏好き」


「そう……」


 悪趣味ね、という言葉を寸でのところで止める。

 人の趣味にとやかく言うのはマナー違反だとフロル様に教わったことがある。

 てなわけで、ありがとうとだけ口にして2人で実験室へ目指すことに。

 実験室は4階の最奥という、人気が全くない場所にある。元々は教師が魔法の研究をする為に用意されたらしいんだけど、この学園の優秀な教師には狭すぎるみたいで誰も使ってないみたい。だから秘密の会談をするにはうってつけってわけね。

 逆に言えば何かあっても救援が遅れるってことなんだけど……。


「……ねえ、ティリカ」


 恐る恐る実験室の扉に手をかけたらリーネルカが話しかけてきた。


「なに?」


「やっぱり帰らない? ……急に寒気がしてきた」


「ちょ、ここまで来て不安を煽る様なこと言わないでよ!?」


「……私の第六感が帰れと警鐘を鳴らしている」


「……」


 どうしようか――と、迷う間も無く扉が勝手に開いた。


「わあ、本当に来てくれたんだ!! ありがとう!! さ、入って入って」


 出迎えたのはちょっと地味目なおさげの女の子。

 見覚えは……ないかな。

 チラッとリーネルカを見るけど、彼女も首を横に振っている。

 とりあえず彼女に席を勧められるまま座るも、あたし達に一体何の用なのか若干警戒をしてしまう。


「あのね、2人にはククルちゃんのことでお願いがあって来てもらったんだ」


「あぁ……」


「……ホッとした」


 ククル絡みか。そっか、あたしとリーネルカに関係することって言ったらククルしかいないもんね。なんだ警戒して損しちゃった。


「いいわよ。遠慮しないで話してみて」


「ありがとう!! じゃあハッキリ言っちゃうけど……2人には金輪際、ククルちゃんに近付かないで欲しいんだ」


「はい?」


「え?」


「2人みたいな生ゴミがククルちゃんの近くにいたらククルちゃんに臭いが移っちゃうの。ううん、それだけじゃなくて最悪の場合、臭いだけじゃなくて汚れまで付いて取れなくなっちゃうかもしれない。そんなの絶対に許せない。だから2人とも……退学してくれる?」


 そう言って鉈を取り出すおさげ女。

 ヤバい。

 この子、超危険人物だわ!?

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