表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1.5mの世界  作者: 粗井 河川
3章
113/144

第8話  VS カザンカ

 眠い……。とても眠い……。頭がボーっとして眼に映るものを上手く認識出来ない。耳に入って来る情報もそのまま素通りして耳から出て行ってしまう。

 こんなに眠いのはいつ以来だろ。こっちの世界では初めてかもしれないな。やはり一睡もしないでメルフィと語り明かしたのがいけなかったんだろう。おかげで眠くて眠くてしょうがない。

 でもだからって眠るわけにはいかない。今は授業中――しかもクーミル先生の精霊学だ。寝ても怒られはしないだろうけど、スイレンに報告される可能性がある。からかわれるのならまだいいが、変に心配でもされたら居たたまれなくなってしまう。それだけは何としてでも避けねばならない。

 そうだ、俺は眠気なんかに屈しないぞ……!!


「よし」


 右手を自分のスベスベできめ細かくハリのある頬へ伸ばす。

 今からこいつを抓る……!!


「てい」


 む。この肌触りは……。

 若干だけど肌が荒れているな。夜更かしした影響がこんな所にも現れているのか。メルフィとの会話は俺の精神に充足を与えてくれたが、体の方はてんでダメだったようだ。彼女を持ち上げた腕も筋肉痛で動かしにくいし……脳の働きもいまいちで……目も……うとうと……。


「ジル・クロフトはいるか!!」


「はいすいません!!」


 大きな声で名前を呼ばれ、反射的に立ち上がりながら謝る。

 ヤバい、寝ないと誓ったはずなのに……!!


「ジル・クロフトさんが謝る必要はありませんよ。謝らなくてはいけないのは授業中に殴り込んできたこの常識知らずなお方です」


「はい?」


 クーミル先生が迷惑そうな顔をして、髪がメラメラ燃えていらっしゃる女性を顎で指す。

 あれ、なんで火の大精霊がここに……?


「ふんふん、なるどなー。お前がジルかー」


 カザンカさんがクーミル先生を無視して俺をジロジロ観察してくる。


「あの、何か御用でしょうか?」


「他の奴らと明らかに魔力の質が違うな。ん? いや待て。他にも妙な魔力の奴が数人……数人か? なんかこのクラス、変な奴が一杯いるな。どうなってんだ?」


 俺の近くまで寄ってきてうんうん唸る大精霊様。

 目的はさっぱりだが、それでも何とか彼女について3つの事実を発見した。

 1つ。胸が大きい。

 2つ。俺よりも背が高い。

 3つ。彼女が近くにいると暑い。


「まあいいや。ジル、行くぞ」


「いえあの……今は授業中なんですけど……」


「抱っこでいいよな」


「うえ!?」


 返事をする前にお姫様抱っこをされる。

 あ、暑い……。真夏のかんかん照りの日に近い温度だ……!!


「ジルさん!!」


 クーミル先生が慌てた声を出す。

 助けてくれるんですね……!?

 しかし先生はカザンカさんの背後でそっと彼女を指差すだけ。そしてすぐに親指で首を切るジェスチャーをする。

 えーっと、カザンカさんを始末しろと……?


「飛ばすぞ。しっかり掴まってな!!」


「きゃあ!?」


「頼みましたよー」


 こうして俺は状況をよく呑み込めぬまま、大精霊と空の旅をする破目になるのでした――




「この辺でいいか」


 飛行することおよそ1時間。

 ようやく降ろされたのはラングットと帝国の境目にあるノーフレント峡谷。見渡せば雄大な景観が広がる素敵な場所だ。是非ともアリサとピクニックに来てみたい。


「さて。改めて自己紹介すると、オレが火の大精霊カザンカだ。本当はメラーメラって言うんだが、ダサいからエミリーに新しい名を命名してもらった」


「どうも、ジル・クロフトです。こんななりですが一応、男です」


 お互いに軽く挨拶。

 移動中は結構なスピードが出ていたので、舌を噛むかもしれないから喋るなと言われて黙っていた。だからこれがカザンカさんとの初めての会話らしい会話だ。


「いきなり連れて来て悪かったな。戸惑っちゃっただろ? オレは頭で考えるより先に行動をしちゃうタイプだからさ、いつも説明不足だって怒られるんだよなー」


「それで私にどんな御用でしょうか?」


 エミリー関係かな?


「いやな、お前があのフロルだって聞いたから戦ってみたくてさ」


 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


「いえ、人違いです」


 とりあえず真顔で否定した。

 でも内心は大パニックだ。

 え、いや、聞いたって誰にだよ!? 俺がフロルだと知っているのはスイレン、アリサ、メルフィ、クロリア、ローザ女王に――クロノスもそうか。あと学長も知っているかもしれないが、7人とも俺に黙って秘密をバラす様なことはしない。……あ、クロリアは言いそうか。でもずっと俺の影の中にいるから可能性は低いな。

 となると、俺の知らぬ間にフロルの正体に気付いた者がいたってことか? だとするとやっぱエミリー? うん、このタイミングだと彼女しか考えられないよな。彼女もフロルの名前のパズルを自力で解いたのかもしれない。


「シャイニングがフロルはお前だって言ってたぞ?」


「あの人かよ!?」


 光の大精霊を忘れていた……。あの人も意味なく人の秘密を喋るとは思えないから、深い深い事情でもあるのだろう。だが俺の断りなしに喋るのは止めてもらいたいから、今度釘を刺しておく必要があるな。


「で、お前がフロルなんだろ?」


「ええ……まあ、そんな感じです……」


 記憶を消そうか迷ったけど、消してもまたシャイニングさんが教えてイタチゴッコになりそうだから白状することにした。


「よし、じゃあ私と勝負だ!!」


 腕をまくってやる気満々のカザンカさん。

 とても断れる雰囲気ではない。

 やるしかないのか?

 ……まあ考えようによっては大精霊の力を知るいい機会と言えなくもないか。


「分かりました。受けて立ちましょう」


 戦闘態勢に入る。

 せっかくだ、今の俺が能力なしでどこまでやれるか試してやる。


「ん? 何やってんだ? 早くフロルに代われよ」


 俺が戦うと言ってるのに意味の分からないことを言うカザンカさん。

 

「いやだから、俺がフロルなんですけど?」


「それは知っている。でもお前はフロルのもう1つの人格みたいなもんなんだろ? オレが戦いたいのは主人格のフロルだ」


「違いますよ!! 俺が本体で、フロルがおまけなんです!! いいですか――」


 俺とフロルの関係性について最初から説明してあげる。

 分かりやすいようにイラストもまじえて懇切丁寧に教えたのだが――


「ええい、さっぱり分からんぞ!! とにかくフロルを出せ!! エミリーの師匠であるフロルと戦いたいんだよオレは!!」


 まるで性質の悪いクレーマーの様にフロルを出せの一点張り。

 もうまともに話を聞いてもらえる状態ですらない。

 仕方ないか……。


「どうなっても知りませんからね?」


「お、代わるのか!?」


 精神を集中させ、フロルの存在を強く意識する。


『フロルと代わりますか? YES or NO』


 僅かに逡巡しつつもYESをタッチ。

 すると自分の意識が内側に引っ張られるような感覚に襲われる。

 ああ、なんか懐かしいな……。あいつと代わるのは襲来戦争以来だもんな……。うん。久しぶりに表に出るんだ、存分に羽を伸ばすといい。俺は……眠いから……少し寝させて……もらおう……かな…………――




「お前がフロルだな? 姿は変わらなくとも、さっきまでと段違いに凄みが増したぞ」


 意識が完全に“私”になると、目の前のお姉さんが愉悦の笑みを浮かべた。

 あー面倒くさい……。


「どうもフロルでーす。諸事情によりジルの姿のままでいさせてもらいまーす」


 元気よく挨拶すればテンションも上がるかと思ったけどダメね。やる気が微動だにしないわ。面倒くさくて面倒くさくてたまらない……。何で私が彼女の相手をしなくちゃならないのよ。


「ひゅう、随分と舐め腐った態度だな。オレ相手じゃあ不満だってか?」


「ちょっと今は機嫌が悪いの。目標が見つかったから、そこに向けて猛ダッシュしてたのにいきなり呼び出されて……。貴女だって走ってる最中に飛び蹴りされたらムカつくでしょ?」


「何で? 楽しそうじゃん」


「……」


 私の例えが悪かったのかしら?

 それとも価値観が違いすぎるのかしら?

 ……まあいいわ。


「本題に移りましょうか。私と戦いたいんだって?」


「ああ。オレが認めたメルフィとエミリーがお前は強いって言ってたからな。これは是非とも戦うしかないじゃないか」


「OK。じゃあすぐにでも始めましょう」


 無駄話する気にもなれないから、とっとと話を進めてしまいましょう。


「よっしゃ。じゃあ『参った』と相手に言わせたら勝ちな。それ以外のルールはなし。最悪殺しちゃうかもしれないから、危ないと思ったらすぐにギブアップしろよ?」


「わかったわ」


「それじゃあ今から開始だ!!」


「てい」


 時を止める。

 カザンカに近付き、彼女をうつ伏せに寝かす。

 背中に腰を下ろす。

 時止め解除。


「っ!? なんだ!? 何が起きた!?」


「ぬくいソファーねー」


「く、この……!!」


 じだばた動いて立ち上がろうとするけど、背中に乗っている私をどかすまでには至らない。これは勝負あったわね。


「ギブアップする?」


「冗談じゃない……!!」


 彼女の体温が急激に上昇する。

 耐性がなければ火傷どころか、体が融けてしまいそうな熱ね。ま、当然ながら私には効かないけど。……でもポカポカして眠気を誘ってくるからちょっと危険かしら?


「なんで地面すら融けないんだよ!?」


「ダメよ自然破壊は」


「クソっ、これもお前の仕業か!?」


「そうよ。で、ギブアップする?」


「誰がするか!!」


「そ」


 ギプアップさせて下さいと懇願するまでボコってもいいけど、メルフィとエミリーが世話になったみたいだから暴力は使わず平和的にいきましょう。そうね、ジルも眠そうだったし、しばらくはこのまま放置して読書で時間を稼ぎましょうか。

 パチンと指を鳴らしてクロノスから借りた本を呼び寄せる。

 タイトルは『猫でも出来る!? 世界一簡単な次元の壊し方』。著者はクロノス。彼女が暇潰しに執筆したもので、どこにも売っていない一点物。読めば誰でも簡単に次元を壊せるようになるらしいけど、それだと危ないからって読ませない為の特殊な仕掛けが施されている本末転倒っぷり。

 まず手始めにこの本はページの順番が滅茶苦茶。本来1ページ目のはずが、30ページ目だったり1254ページだったりと開くたびに変化する。そして開いたページは0.05秒ジャストで自動的に違うページに切り替わってしまう。読みたければ時を止めるか、速読するしか今のところ手はない。……ちなみに片っ端からページを暗記して後でノートかなにかに書き写すって方法も無理ね。どうなっているのかサッパリだけど、紙に内容を書き写した途端に紙が燃えてしまうから。ならばと脳内だけで組み立てても記憶を改竄されているのか、お菓子のレシピ集が完成してしまうのよね。

 他にも意地の悪い仕掛けがてんこ盛りで読ませる気がまるで感じないのだけど、中でも特にムカつくのが極まれに攻撃してくることね。いきなり本から腕が生えてきて“私”だけを本の中に引き摺りこもうとしてくるのよ。本人曰く「害はない。この本に関する記憶がなくなるだけ」ってことらしいけど、悪意に満ち溢れているわよね。必死に読んでもちょっとの油断で苦労が水の泡ですもの。綺麗な顔して性格はえぐいわ、あの子。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 カザンカの暑苦しい叫びをBGMに気合を入れて読書を始める。

 尤も、一度ページを捲ってしまえば全神経が本に集中するからBGMもすぐに聞こえなくなるのだけどね。

 ……ふむふむ……ははん、そういうこと…………あら?………………おっと危ない…………131ページは…………131ぺージ…………131…………131……イライラする………………131……131……あった…………なるほどねー……。


「ふう」


 疲れたので本を閉じる。

 今回は進みが良かったわね。2時間ちょっとで2ページも進んだわ。

 大自然に囲まれながら読んだのが効いたのかしら……?


「うぅ……ちくしょう……」


「あ」


 いけない。読書に夢中でカザンカをお尻に敷いていたことをすっかり忘れていたわ。


「ごめんさないね。もしかしてギプアップしてたかしら?」


「負けるもんか……絶対に燃やしてやる……」


 なんだ、まだ元気じゃない。

 この調子ならあと半日くらいはいけそうね。

 でもジルも学園があるし、そろそろ終わらせましょうか。


「魔力をもらうわよ」


「ひぐ!?」


 肩に手を乗せ、魔力を根こそぎ奪い取る。

 大精霊だけあって魔力量はなかなかのものね。


「残り僅かだけどどうする? ギプアップする?」


「うう……」


「魔力吸収――」


「ま、まいっった……!! オレの負けりゃ……!!」


 魔力のほとんどを失った彼女は燃えていた髪もただの赤い髪となり、全身に満ちていた覇気も無くなって何だかくたびれたOLみたいな見た目になった。


「私の勝ちね」


 勝負が決まったので、どいてあげる。

 私の完全勝利だわ。

 ……でもあまり嬉しくないわね。むしろこの程度なのかと落胆の方が大きい。世界トップクラスの実力者が私相手に惨敗するなんて……。これじゃあ、光、闇、雷、土も期待出来ないわね。

 正直不味いわ……。大精霊でもあの5人組程度なら勝てるでしょうけど、バルディアクラスが何人も出てきたとしたら――ヤバいわね。せめて私が安心して背中を預けられる仲間が複数人いないと詰むわよこの世界。

 かろうじて頼れそうなのが……メルフィとスイレンくらいしかいないし、せめてあと3人くらいは欲しいわよね。あーあ、どっかにクロノスクラスの仲間が転がっていないかしらね?


「オレが何も出来ずに負けるなんて……大精霊のオレが……」


 おやおや、カザンカが死んだ魚の目をしてへこんでいるわ。

 どうやら立つ元気もないみたい。

 でも容赦はしないわ。


「ほらほら、落ち込んでないで勝負の前に交わした『負けた方が勝った方の言う事を何でも1つきく』って約束を果たしてもらうわよ」


「し、したかそんな約束?」


「したわよ」


「いや――」


「したわよね?」


「したな……」


 よし。


「別に難しいことじゃないわ。貴女は私と戦わずここでジルと日向ぼっこしてたことにすればいいの。くれぐれも私の存在は他言無用よ?」


「……もし破ったら?」


「私の気分次第ね。良ければ無力化してクロリアのちょっとエッチな拷問にかけられるくらいで済むわ」


「わ、わかった」


「それじゃあ、ちょっとだけ魔力を返してあげる。ついでに転移でクロスセブンにも送ってあげるわ。……ふふ、これに懲りたら誰彼かまわず勝負を挑まないことね」


「当分勝負はいいや……」


「エミリーをよろしく。バイバイ」


 彼女だけ先にクロスセブンへ送る。

 私はジルが起きるまでもうちょっとここで本を読んでいようと思う。


「……ん」


 ふと、手が止まる。

 そう言えばもしジルがカザンカと能力なしで戦ったらどうなっていたのかしらね?

 ふむ……。

 彼女の実力から推測すると…………ジルが勝つか。

 でも無傷で、かつ、殺さずに勝つってのはまだ無理でしょうね。

 ふ、やっぱジルもまだまだね。

 もっと頑張んなさいよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ