第7話 再会
「何なのよもう!! あれじゃあまるで私が前座みたいじゃない!!」
「話を聞く限り、みたいじゃなくて前座そのものですね」
「しゃーない。運が悪かったんだよ」
「きーーーーーーーーーーームカつくムカつく!! それもこれも全てあのレイシアが悪いのよ!!」
昼休み。
俺とアリサが部室で昼食をとっていたら、どこでこの場所を聞きつけたのか憤怒に満ちたレキアが怒鳴り込んできた。そして先ほど終わったばかりの入学式について延々と不満をぶちまけ出す。
やはり彼女もエミリー&カザンカペアとメルフィよりも自分が目立っていなかったと自覚しているらしく、さっきから「卑怯」「反則だ」「私は悪くない」「聞いてない」「罠よ」「可愛さでは圧倒してた」と言い訳じみたことを口にしている。
しかしそれも続くレイシアへの悪態に比べれば可愛いものだ。自身の晴れ舞台を台無しにされた彼女の怒りは半端なく、彼女のファンが見たら発狂しそうなヤバい顔で、口に出すのも憚れる様な罵詈雑言を捲し立てている。その勢いたるや正に獅子奮迅。まともに聞けばこっちの身が持たず、レキアに同情的な俺でも早くお帰り下さいと切に願ってしまうくらいだ。
「もう、うるさいなー。そんなに不満があるなら本人に直接言えばいいじゃない」
おや珍しい。あのアリサが後輩とはいえ、ため口をきいている。よっぽど我慢ならなかったのか。
「言えるわけないじゃない!! レキアは巫女なんだから清く美しい存在なの。人を恨んだり悪口を言ったりしませんから」
「言ってるじゃん」
「人前で言わなければいいの!!」
もうすでにレイシアとのやり取りでメッキが剥がれかけてたけど……黙っておくか。口は災いの元。触らぬレキアに祟りなしだ。
「今日は可哀想だから話を聞いてあげたけど、部外者はあまりこの部屋に来ないでよね。気軽に訪問していいんだって勘違いする人が出て来るから」
「えーいいじゃん。この部にはレキアが素で話せる人が2人もいるんだから許可してよ。光の大精霊の契約者とお近づきになれるまたとないチャンスだよ?」
「いい。私はエミリーさんとちょくちょく手紙のやり取りをする程度には親しいの。だから契約者の知り合いには困ってないんだよね」
エミリーは修行の合間にアリサ達の遊び相手をしてあげていたもんなー。姉妹揃って彼女に懐いていたし、彼女も妹が欲しかったんだと喜んでいた。きっとこの学園でも友好的な関係が続くことだろう。
……つまりあれか。アリサとティリカは望めば火の大精霊とも契約を結べる可能性があるってことか。
「もしかしてカザンカ様を狙ってるの?」
レキアもちょうど俺と同じことを考えたようだ。
「ううん。前にチラッとスイレン様が火の精霊とは仲が良くないって漏らしていたから、私は絶対にカザンカ様と契約はしないよ」
おお、スイレンが聞けば泣いて喜びそうだな!!
ククク、いざって時に使わせてもらおう。
「ふーん。チャンスを自ら棒に振るんだ。ちょっと意外。私は結びたいけど……シャイニング様次第かな」
「欲張り」
「私は目立てるチャンスを逃したくないだけ」
「へえ。レキアって注目されたいのか?」
「もちろん。目立てば信者獲得にも繋がるじゃん。それに人の視線を浴びるのは楽しいもん。多くの人がレキアだけを見てくれるのってかなり癖になるんだよ? アリサなら分かるでしょ?」
「いや、分かんないけど」
「またしらばっくれちゃって。大精霊と契約しましたと大々的に言い触らす人が注目されたくないわけないじゃん。内心では私達の登場に焦ってるんじゃないの?」
「お姉ちゃんはそうかもね。でも私は目立つ必要があっただけで、手段が目的じゃないの」
目的……。
アリサ達が何故去年の入学式であんな“主人”を探している宣言をしたのか尋ねたことはある。でも「恥ずかしいし、ジル様にとってはしょうもない理由なので秘密です」と教えてはくれなかった。なら詳しくは聞くまいとそれから蒸し返すことはしなかったが、最近になって『もしかして?』と、ある心当たりが生まれた。
それは『俺をジル様と呼びたいからではないか?』というもの。
もちろん根拠っぽいものはある。
周りの人達はアリサが俺を様付けしていても何の疑問も抱かない。彼女がメイドで、俺が彼女の“主人”なんだから当然だと思っているからだ。よく考えれば恋人を様付けするなんておかしいはずなのに、それが自然な行為だと受け入れている。逆に俺を呼び捨てにすれば、別れたのかと騒ぎ立てそうな雰囲気すらある。
俺はアリサがこの状況を作り出したいが為に、あんなことをしたんじゃないかと思っている。彼女が俺を“ジル様”と呼ぶ最大の理由が「私はメイドですから」だもんな。周囲にもそう認知されているから、俺もあまり強く言えない。メイドだからしょうがないと納得してしまう自分がいるのだ。
つまりアリサの狙いは、様付けする為の外堀を埋めることなのではないか――
とまあ、こんな感じに考えてはいるけど、俺はアリサとイチャイチャ出来れば真実は割とどうでもいい。もうアリサの“ジル様”呼びには慣れて近頃はハマってきたくらいだし、楽しく過ごせるのならそれでいいじゃないかって心境だ。
我ながらアリサにぞっこんである。
「さ、もういいでしょ? 1年生はもう帰宅の時間なんだから明日に備えて体を休めなよ」
「やだ。玄関口は風の大精霊目当ての人で溢れているから今は帰りたくない」
「じゃあ王子の所にでも行けば? レキアのこと気にしてたよ」
「……やけに追い出したがるね。もしかしてレキア邪魔? ……あそっか。2人って付き合ってるんだっけ。サンフレアまで噂が届いてたよ」
やっぱ知ってたか。
なんかちょっと気恥ずかしいな。
「分かったのなら早く出て行って。ジル様との貴重な時間を無駄にしたくないの」
「でもさー、2人って本当に付き合ってるの? 言っちゃ悪いけど、いいとこのお嬢さんとそのメイドって感じで――」
「はむ。ちゅっ……れろ……ん……」
「「!?」」
突然アリサが俺に体を預けてき、さらに舌を絡ませる情熱的なキスをしてきた。一瞬頭が真っ白になるが、すぐさま俺も彼女のキスに応える。彼女が直前に飲んでいたレモンティーのほろ苦さが舌から伝わってきて、学園なのに夜のスイッチが入りそうになる。
「うわあ……」
しかし俺はレキアのドン引きする声で我に返った!!
「あ、いや……これはその……あれだ……」
「ふふ、見て下さいレキアのあの顔。面白いですね」
アリサは何でそんな余裕なんだ!?
「引くわー。すっごい引く。何が引くって、絵面に引くわ。だって全然男女のキスに見えないんだもん。完全に女同士のキスよ。しかもそれが妙にマッチしてて……。怖っ」
自分を抱きながら「また来る。頑張んなさい」とよく分からない言葉を残し、レキアはそそくさと部屋を後にした。
「……先程は注目される良さが分からないと言いましたが、ジル様とのキスを人に見せつけるのは――いいですね」
一方アリサは変な性癖に目覚めようとしていた。
露出プレイはちょっと勘弁してほしいな……。
その後の授業は入学式での出来事が広がった影響で皆やや浮ついてはいたものの、特にトラブルもなく放課後を迎えた。ただ完全に影響なしとはいかず、緊急職員会議の開催により全ての部活が中止。生徒達は学園に残らず速やかに帰りなさいと言われる程度の影響はあったが。
部活がない日はいつもアリサとクロスセブンをデートするのだけど、とある子が気になって落ち着かない俺を見兼ねて「寮にいてあげてください」と空気を読んでくれたので、お言葉に甘えて真っ直ぐ帰ることに。
アリサには悪いが、今日だけはあの子を優先してあげたいのだ。
そうして部屋で待っていたのだが……。
「遅いなー」
すでに日はとっくに沈み、どころか窓から見える家の灯りもチラホラと消え始めている。
うーん、必ず部屋に来てくれると思ったんだけどな……。勘違いだったかな? それともまだ生徒達に捕まっているとか? あるいは教師達と話している可能性もあるな。あのオロフ先生に「何を教えればいいんだよ……」と言わせるくらいだ、本格的に授業が始まる前に本人の希望を聞こうとしてもおかしくはない。
そろそろ諦めてお風呂に入ろうかなーと、髪を解くと――。
「邪魔をするぞ」
渋い声の学長がバルコニーから侵入してきた。
「うっ、何だこの部屋は……。どこの乙女の部屋だ……」
「…………」
ちなみに俺の待ち人は学長ではない。
断じて違うと声を大にして主張したい。
「……まあいい。届け物だ。グズグズとじれったいので直接持ってきてやった。ではな」
それだけ言ってもう帰ってしまう学長。
しかし俺は学長見送りもせず、“届け物”に釘付けになってしまう。
俺の待ち人が……目の前にいる……!!
「えっと……………その…………」
「メルフィーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
全力で抱きついて頬擦りをする。
「あう」
「久し振りだなおい!! 最後に会ってから5年は経つか? 制服が良く似合っているぞーーー!! ハハ、あんまり背は伸びてないな!! やっぱ精霊は成長が遅いのかな? 140もないんじゃないか? でも可愛くていいぞ!! 見た目がとってもキュートな大精霊なんて素敵だ!! それでいて強いんだから憎いねこんちくしょう!! あ、でも修行を頑張ったんだから当然かハハハハハ!! ん? 髪は手入れしてないのか? ダメだぞ? 精霊である前に1人の女の子なんだから、ちゃんと手入れしないと。まあそれはおいおい話すとして学園に通うなら教えてくれればよかったのに。式でメルフィを見た時はびっくりしたぞ。大丈夫だとは思うが虐めの心配はないよな? もし嫌な奴がいたら俺に言え。草むしり送りにしてやるからな」
興奮のあまり次から次へと言葉が出てくる。途中から自分でも何を言ってるのか分からなくなってきたが、それでも言葉が止まらないのだからしょうがない。
口だけでなく体も勝手に動き、小柄なメルフィを高い高いしながら回転したり、肩車したり、お姫様抱っこしたり、おんぶしたりして明日筋肉痛になること間違いなしだ。でもそんなの関係ねえ。なんせ数年振りの再会なんだからな、存分にはっちゃけるぞ!!
「…………」
「あれ?」
だけど俺のテンションの上がりっぷりに対して、メルフィはほとんどリアクションを返してくれない。顔をやや俯かせ、どこか辛そうな面持ちだ。そういえば学長がグズグズしていたとか言ってたし……もしかして俺に会いたくなかったのか?
え、もしそうならショックなんですけど……。
入学式で見せてくれた笑顔は俺に向けてじゃなかったのか?
「ど、どうしたメルフィ。何か気に食わないのか?」
あかん。手が震えて来た。『お前の存在が気に喰わない』とか言われたら立ち直れる自信がない。
「…………ジルは…………可愛く、なったね……」
「う、うむ、そそそうだな。俺、可愛い」
「入学式の後に……沢山の人達に……声を掛けられた」
「うん、人気者だな」
「……その中の数人が……『2年に女みたいな変態野郎がいるから気を付けろ』って……」
「ああ……」
そうか。それで……。
「ジルの体がそうなったのは……ぐすっ……私の所為なのに……私は……何も言えなくて……自分が情けなくて…………ジルに申し訳なくて……ひっく……この数年の修行は…………何の意味があったんだろうって…………」
……。
「バカだなメルフィは」
唇を噛み締め、大粒の涙を零す彼女をそっと抱きしめてあげる。
「なに勝手に人の体を可哀想な子扱いしてるんだよ。俺はこの体をメッチャ気にいってるんだぞ? 仮に超絶イケメンの体を用意されたってお断りだよそんなもん。悪口にもならない雑音もただの妬みとして受け流すし平気平気」
「でもその境地に至るまでにしなくてもいい苦難を――」
「だ・い・た・い!! メルフィの所為でこの体になった? 違うだろ。メルフィが血を分けてくれたから俺はこうして無事に生きていられるんだ。感謝こそすれど恨むはずがないだろ?」
「……」
「頼むから自分を卑下しないでくれ。命の恩人が俺のことで暗い顔をするのは見ていて辛い。せっかくこんなに可愛いんだから笑ってくれ。ほら、入学式の時の笑顔だよ笑顔」
「……ぐす」
彼女は俺から離れると、新しい制服の袖でゴシゴシ目を擦った。
そして一呼吸おき――
「ただいま、ジル……!!」
「ああ。おかえりメルフィ!!」
――デジカメが手元にないことを呪うほど最高の笑顔を見せてくれた。