第6話 集う者達
「これより第4回ユノトリア高等学園の入学式を始めます」
俺の眼下では、まだ幼さを残すピカピカの1年生が緊張した面持ちで姿勢を正している。中には背筋をピンと伸ばしすぎて仰け反っている子や、遠目でもハッキリと分かるほど緊張で震えている子、パニックを起こしてアタフタしている子などいて、笑っちゃ可哀想なのについ頬が緩くなってしまう。
なんか去年も似た様なことを思った気がするけど、やっぱり何度見てもいいもんはいいもんだ。
「その笑っている顔、素敵だぜ」
しかし春の陽気な日差しの如き俺の心は、一気に永久凍土へ様変わりした。
「やめて下さい。セクハラですよ?」
「カーーーーーッ、行き遅れの処女みたいなこと言いやがってぇ。こんなもんただの挨拶じゃねえか。『こんにちは』程度の意味しかねえよ。そうやって過剰に反応すると男に慣れてませんと、自分から言い触らすようなもんだぞ。……こりゃあ俺が個人授業をしてやんねえとダメか?」
隣で意味の分からない妄言を垂れ流す男を無視する。
これがラングット最強の男と謳われ、多感な子供たちを導く教師のセリフだとは哀れすぎて認めたくない。
「おいおい無視すんなよー。美少女との触れ合いに飢えている俺に優しくしろよー」
うるさいな……。
でもこの場所――体育館の2階のギャラリーにいるのは俺とオロフ先生だけで、しかも邪魔にならないよう、こちらの姿と声は感知不能にしてあるから先生を注意してくれる人が誰もいないのだ。
本来入学式の間、2、3年生達は普通に授業があるのだけど、先生に「ローザが面白いもんが見れるって言ってたから一緒に見に行くぞ」との誘いにうっかり乗ってしまったのが悪かったな……。
「これで面白くなかったら女王に文句の一つでも言ってやる」
「その点は心配ないだろう。ローザが『つまらなかったら犯していい』って言うくらいだぜ?」
絶対嘘だ。
あの人がそんなことを言うはずがない。よくもまあ、そんなしょうもない嘘をつけるもんだ。騙すのならもっとマシな嘘を考えろっての。…………え、さすがにないよな? そんなキャラじゃないもんな? あー、でも逆にそれくらい自信がありますよってことかも……?
「続いて学園長のご挨拶です。土の大精霊様のありがたいお言葉です、皆さん謹んで拝聴するように」
「おっ、見ろ学長だぞ。もしかしたら何か重大発表でもしてくれるのかもな」
「ん」
学長の姿が見えたので疑問はわきに捨て、俺も1年生に倣って頭を下げる。例え学長には俺が見えていなくとも日頃お世話になっている人には礼儀を尽くす。あの人のおかげで俺とアリサにちょっかいを出す人が減ったんだから、感謝してもしきれない。なので真面目に聞かせてもらいます。
「諸君、初めまして。俺が土の大精霊兼学長であり――」
「なんか普通だな」
不真面目なオロフ先生の期待とは裏腹に学長の挨拶は淡々としており、何かサプライズが待っている感じでもなかった。そして去年よりも少しだけ長くなった挨拶を終えると、歓声にも似た拍手を受けながらさっさと壇上を下りてしまう。
あの学長の無駄のなさは美徳だと言う人は多い。でも俺としてはもうちょっとこう、新入生を引き締めるだけではなく優しい言葉をかけるとかした方がいいと思うんだけどなー。あれじゃあ気の弱い子とかは萎縮しちゃいそうだ。
ただでさえ顔が怖――威厳があるんだから、せめて言葉遣いは柔らかくして下さいと進言してみようかな?
「『心配いりません。彼には彼なりの考えがあるのです』」
「はい?」
先生が急に女性の声真似をし出した。
「どうしました? 遂におかしくなりましたか?」
「違えよ。ローザにこのタイミングで言えって頼まれてたんだよ」
「ああ……」
これまた随分と妙な場面でアドバイスを入れてきたな。ここで入れるくらいなら今までも俺が悩む度に助言をしてくれればよかったのに。
「納得しつつも不満そうだな。だいたい考えてることは分かるぞ。でもな、アイツは未来を“読む”のに忙しくてな、未来の大勢に関わるような重大な分岐点、あるいは自分の関心ごとにしか重い腰を上げないんだよ」
「じゃあ今のは割と重要な案件だと?」
「少なくともローザにとってはな」
えぇ、そうかぁ?
俺が学長に進言すると女王の望む未来に不都合でもあるってのか?
とてもそうは思えないが……。
「……これは俺の予想なんだがな、ローザは学長のことが好きなんじゃないのか?」
「ほえ?」
「いやな、元々この学園で教師をやれと命令してきたのはアイツでよ、ここで果たすべき任務の中に学長の好きな物を調べろってのがあるんだわ。最初は外交目的で必要なのかと思ったんだが、定時連絡では学長の様子はどうだとか、女の影はないかとそれとなく聞かれることが多くてどうも違うような気がしてたんだ」
「うんうん」
「そんで今回ので合点がいった。おそらく、お前に学長を誤解して欲しくなかったんだろう。ほれ、『私の好きな人を悪く言わないで』みたいな感じで。それかあの人のことは私の方がよく知っているアピールとか」
「……本気で言ってるんですか?」
「割とマジだ。未来を読めるアイツがエルフの婚期を逃しているからな、それが学長を狙ってのことだとすれば辻褄は合う」
「え、嘘、マジで? 本当に女王が学長を?」
あの2人が恋……。
「きゃーーーーーーー素敵!!」
「こらこら、跳ねるな」
女王と大精霊の恋愛とか夢があるじゃん!! 童話のモデルにもなりそうな壮大なラブロマンス――いや違うな。婚期を逃した堅物な2人が不器用ながらも立場や種族の壁を越えて愛を育む大人のラブストリーだよ!!
例えばあのローザ女王が慣れない(だろう)料理で手を怪我しながらもお弁当を手渡すが、学長は素っ気なく受け取るだけですぐに背中を向けてしまう。女王はその態度に落ち込みかけるも、小声で「ありがとう」と聞こえると満開の笑顔を浮かべる――
うひゃーーーーーー恥ずかしい!! 想像しただけで恥ずかしいよ!! でもそんなベタな展開が大好きです!! もしそんな展開が見れるのなら喜んで2人の仲を取り持つよ!!
……だけどなー、オロフ先生の早とちりってこともあるからなー。余計なお節介は控えた方がいいよな。……でもでも、もしかしたら俺がきっかけで2人の恋が始まる可能性も捨てきれない。やっぱり何かしらのきっかけを作ってあげるべきだろうか?
「うーん……」
「なるほどな。事実はどうであれ、個人的なパイプが繋がると……」
「ん? 何か言いました?」
「はしゃぐ姿が可愛いなって言った」
「はいはい、ありがとうございます」
そうこう話している間も式は進み、生徒会長の歓迎の挨拶が終わった。
ぶっちゃけ全く話は聞いてなかったけど、誰も騒いでいないんだからきっと平凡な内容だったんだろう。
「さあて次はいよいよお待ちかね、新入生代表の挨拶だぞ」
まさしく本命だな。
「誰がやるんですか?」
「去年はカルカイムがやったから……今年はレストイアだったはずだ」
「なら彼女か」
もう誰がやるのか察しはついてしまった。
問題はその内容か。
「続きまして新入生代表の挨拶です。レキア・リッターミアさん、お願いします」
やっぱりなーと思う前に突如体育館から光が消え、隣の先生すら見えないほどの闇が襲う。思わず体が戦闘態勢に入ろうとするが、グッと抑える。誰の仕業かは分かっているんだ、警戒は必要ない。
いきなり暗闇になったことで不安な声をあげる新入生達に同情していると、壇上がライトアップされ、そこにいた一人の少女にスポットライトが集中する。
「みんな初めまして!! この度、新入生代表挨拶という栄誉ある役目を務めさせていただくレキアです!! よろしくね☆」
すげえ……。
ここでの行動は世界中に広まる可能性があるっていうのによくもまあ、あんな派手な登場が出来るもんだ。しかも服は学園指定の制服ではなく、露出度の高いアイドル服を着ている。あれじゃあ、壇上近くの生徒にはパンツが見えそうだな。ホント一歩間違えればキチ○イ認定されてもおかしくないぞ。
「それで挨拶の前に私事で申し訳ないんだけど、1つ報告があります!!」
「「きたか」」
先生と2人して身を乗り出す。
女王の言っていた面白いこととはコレのことだろう。
「私レキア・リッターミアは光の大精霊シャイニングライト・レイ・ブライトネス様と契約させていただきました!!」
「――」
この場にいる全員が息を呑んだのが分かった。
光の大精霊との契約――。
これが事実なら新入生達は現状で3人目となる大精霊の契約者と学園生活を過ごすことになる。それがどういう意味を持つのか、今頃彼らの頭の中では目まぐるしく駆け巡っていることだろう。
「ふーん、あのかわい子ちゃんが光の大精霊とね……。まあつまらなくはないが、面白くもないな」
「……」
先生の言いたいことは分かる。確かに凄いことではあるんだけど、インパクトにはちょいと欠けるかな……。契約の話は事前に噂が流れていたから驚きはあまりないし、去年のアリサ達の前例があるのも痛い。考えてみれば奇抜に見えた登場も、アリサ達が同じことをやっているんだよなー。俺からすればレキアの行動は去年の再現みたいなもんだ。そこまで目新しさは感じない。
「でもレキアがシャイニング様と契約したからって特別扱いはしないでね!! まだまだレキアは未熟だから、みんなの力が必要なの!! だからレキアを1人の女の子として接してくれたら嬉しいな!!」
だったらそんな派手な登場すんなよと思ったが、意外と受けが良かったのか、早くもレキアに迎合したのか知らないが、大きな拍手が巻き起こった。何故かサイリウムらしき光る棒を振っている者までいる。多分リネア教の信者なんだろうなー。
――そう、俺が呆れている時だった。
「その願いは私、レイシア・ルイテル・ヘルトが叶えよう!!」
一人の男が颯爽と壇上に上がり込んだ。
いや違う。あれは男の制服を着たレイシアだ!!
「君が1人の女の子として生活出来るように私が全力でサポートするよ」
「わあ、ありがとう!! 貴女は帝国のお姫様だよね? そんな人にサポートを宣言してもらえるなんてレキア嬉しい!!」
さすがアイドル巫女をやっているだけある。想定外な乱入にも余裕を崩さない慣れた対応だ。
「では私が全力で君をサポートする証明として、誓いのキスをさせて欲しい」
「ごめんなさい。誓いのキスでも、他の人に勘違いさせる様な行動は取れないの」
「じゃあ、あっちの見えない場所でこっそりやろうか」
「そういう意味じゃなくて、レキアは巫女だから他人とはキスできないの」
「大丈夫。私は女だ。女同士なら問題ないと事前に調べてある」
「……分かった、じゃあ手の甲ならいいよ。誓いのキスなら手で十分でしょ?」
「いやだ。私は君のその可愛らしい唇にキスしたいんだ!!」
「欲望駄々漏れじゃない!!」
あ、レキアの余裕がなくなった。
でも彼女は頑張った。本当に頑張ったよ!!
「ええい、キスをすれば君もその気になる!!」
「ちょ、来ないでよ!?」
レイシアがレキアに襲い掛かったところで壇上の幕が下りた。その後はしばらくは幕の奥からドタバタと音が聞こえたが、やがて静かになると幕も再び上がる。ただし、そこに2人の姿はなかったが。
「えー、大変ユニークな挨拶でしたね。2人ともありがとうございました」
パラパラと拍手が起こる。
可哀想にレキア……。
せっかくの晴れ舞台にきちんと挨拶させてもらえないどころか、あんなコントみたいな幕引きになってしまって……。恨むならレイシアを恨んでくれよ。
「ぎゃははははははははははは、は、腹がいてえ……!! あのレイシアって奴、面白すぎるはははははは」
先生はあのやり取りがツボにはまったらしく、腹を抱えて笑っている。
下からもクスクスと笑い声が聞こえて来るし、あの2人は変なイメージが付いちゃったかもな。でもまあ、両方とも実力はあるからすぐに払拭されるだろう。……ちゃんとまともに学園生活を送ればな。
さて、もう『面白いもん』とやらも終わったし教室に戻ろうかな。
「続きまして新任の教師のご挨拶です。エミリーさん、お願いします」
踏み出そうとした足が止まる。
エミリー、だって……?
聞き間違いか? それとも同姓同名?
ま、まさか本当に彼女が……?
「初めまして、本日よりユノトリア学園で教師をやらせてもらうことになりましたエミリーです。一介の新任教師如きが皆さんのお時間をお借りするのは心苦しいのですが、簡単な自己紹介と、とあるお方を紹介したいと思います」
壇上で堂々と喋るのは、かつての弟子の成長した姿だった。
俺の記憶よりも少し背が伸びた彼女は、もう1人の弟子カベルに『痴女みたい』と揶揄された赤いビキニに黒マント、黒ニーソを相変わらず身に纏っている。少女らしかった面影は抜けて、すっかり大人っぽくなっているな……。
「実は私はあの人類史上最強と称されたフロルさんの弟子なんですよ。師匠から教わったことは授業で皆さんにも教えますので、期待と覚悟をしつつ待っていて下さいね」
師匠として教えてあげられた時間は短かったのに、まだ弟子を名乗ってくれるのか……。いけない、嬉しくて涙が出てきた。
でも残念ながら俺はもう師匠を名乗れない。動向は時折り調べてはいたけど、これだけ長い時間放って置いたんだ、もうとっくにその資格は失っている。いまさら師匠面なんて出来るはずがない。謝ることも、フロルの弟子を卒業させてあげることも出来ないのが申し訳ない。
「おい、あのエミリーって奴めっちゃタイプなんだが。性格も良さそうだし、俺のハーレムに加えたいわ」
「……好きにすれば」
本音を言えば八つ裂きにしてやりたいところだが、もう彼女の保護者じゃないんだから余計なマネはすまい。
「それでですね、師匠が行方不明の間、私はスイレン様に師事しながら各国を旅していたんですが――」
「おーい、オレの出番はまだかーーー? 待ちきれないから出るなーーー」
「あ、もう……。せっかちなんですから……」
「ん?」
彼女の隣にポツンと手のひらサイズの火の玉が顕れた。
火はどんどん大きくなりながら、人の形へと変化していく。そして人型になった火は徐々に人らしい肌や顔つきになり――最終的には強気そうな美女へと成り変わった。
その美女の最も特徴的な箇所は髪だと断言する。よく赤い髪を『燃えるような』と表現するが、その女性の髪は文字通り先端がメラメラと“燃えて”いたのだ。
「皆さん、この方はですね――」
「いい、自分でやる。あー……人の子らよ、オレは火の大精霊カザンカだ。この前エミリーと契約した。エミリーが教師をやっている間はオレもクロスセブンにいるからよろしく」
おったまげた。
久しぶりに弟子の姿が見れたかと思ったらここで教師をすると言い、しかもまだ会ったことのない火の大精霊が現れるなりエミリーと契約しただって?
ダメだ、脳が情報を処理しきれない……。
隣のオロフ先生も口を開けて「マジかよ」と呟いている。
新入生も呆気に取られている。
そしてカザンカは追い打ちをかける様に場の混乱を加速させることを宣言した。
「でな、オレは他のケチな大精霊と違って複数人と契約してもいいと思ってるんだ。だからオレと契約したい奴はどんどん言えー。気に入ったら契約してやるよ」
「だからそれはダメだって言ったでしょ!?」
「あれ、そうだっけ? ……ああそうだった。間違えた。今のはナシ。正しくはオレと契約したければ、まずはエミリーに認められなさいってことだ」
それでもとんでもないことを言ってるぞあの大精霊。アリサやレキアの話とは訳が違う。直接大精霊と契約出来るチャンスを与えるなんて……。
館内は降って湧いた話に興奮を抑え切れず、騒然となった。教師ですら胸に手を当てて落ち着きを取り戻そうとしている。
「じゃ、頑張れよー。オレ達はパフェ食ってくるから」
「え、私もですか!?」
混乱の元凶は壁をぶち壊すと、エミリーを連れて去ってしまった。
もはや入学式自体をぶち壊してくれた感があるが――まだ終わりではなかった。
さらに式をカオスへ導く存在が待っていたのだ。
「そ、それでは最後にこの方に挨拶をお願いしたいと思います」
「はい」
その瞬間、館内からあらゆる音が消失した。
喋る声も、足音も、カザンカが壊した壁から吹いてくる風の音も、息をする音さえも静寂に呑み込まれ、無音だけが場を支配する。
館内の視線は自然と壇上の少女へと向かう。
この状況を意図的に作り出した小柄な少女は、俺の方を見てニッコリと笑うと、ゆっくり口を開いた。
「風の大精霊のメルフィです。皆さんと同じ1年生として勉学に励みますので、どうぞよろしくお願いします」