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1.5mの世界  作者: 粗井 河川
3章
110/144

第5話  大いなる挑戦

 2年生になってから早いもので10日が過ぎようとしている。

 今のところティリカとクラスが離れ離れになったくらいで、1年の頃とそう大した変化はない。アリサやアリサの背後にいるスイレン目当てで近寄って来る者も随分と減ったし、平和な学園生活を送れているじゃないかなーと思う。

 ただ、この平和な時間は残り少ないかもしれない。何故なら明日からは1年生が学園に通い出す。その中には先日光の大精霊と契約を交わしたと噂されるレキアがいるのだ、去年のアリサ達みたいに一波乱を起こす可能性が高い。

 それと忘れてはいけないのがレイシア。レキアに押し付けたことで俺の部屋には来なくなったが、正直どう行動するか予想がつかない。レキア一筋になるのか、気が変わって俺に戻って来るのか、それとも一年生に片っ端から手をつけていくのか。あれでも帝国の姫と呼ばれて有名らしいから、人前で品位を下げるような行動は取らないと思いたいが……。あまり期待はしないでおこう。

 他にも有名な商人の子供や、貴族の子供もわんさか入って来るという情報もあるし、学内がまた騒がしくなりそうだな。


「ふぁーあ……」


 そろそろ寝ようかと、魔道具の照明をきる。

 今日も来なかったな……。

 明日からの学園生活も気になるが、俺はそれ以上に気になっていることがある。

 時の精霊クロノスのことだ。

 彼女はサンフレアで別れる際に『クロスセブンで会おう』と言っていたのに、あれから全く音沙汰がない。彼女とは時間の感覚が違うから俺にとっての半年は、彼女にとっての半日くらいの差があるのかもしれないと気にしない様にしていたけど……。

 やっぱり気になる!


「はぁ~」


ホントなにしているのかな……?


 ………………。


 …………。


 ……。




 遡ること◆△☆日前――。


「フフーンフフンフフ~ン」


 上機嫌で鼻歌を歌いながら、歯車ぐらいしか見る物がない陰気な場所を闊歩する。

 ふふ、こんな場所でも久し振りのお出かけだからテンションが上がるわー!!

 このままのんびり外を楽しみたいところだけど、目的はちゃんと果たさないとね。

 おっ、いたいた。相も変わらずボッチみたいなことしてるわ。


「ハロー、クロノっちゃん」


「ジル……?」


「残念!! 見た目はジルでも中身はフロルちゃんなのでした!!」


「そう、貴女が……」


 あらら。

 私を一瞥しただけで、すぐルービックキューブに意識を戻しちゃったわ。


「ちょっとちょっと!! せっかく人が訪ねて来たんだからお茶の一杯も出しなさいよー」


「客なら出す。この場合の客とは私が招待、あるいは訪問を許可した人物を指す。貴女はどちらにも該当しない」


「でもジルが勝手に来たら出すんでしょ?」


「出す。ジルならいつでも歓迎」


「じゃあ私にも出しなさいよ」


「……? おかしな事を言う。貴女はジルではない」


 うわ、心底不思議そうな顔をしているわ。

 常人ならこの神秘すら感じさせる姿の子が可愛らしく首を傾げれば、雰囲気に呑まれて謝ってしまいそうね。もちろん私は常人じゃないから呑まれないけど。


「私とジルは一心同体なの。だから私のことはジルだと思って甘やかしていいのよ?」


「拒否する。貴女が言った通り、見た目はジルでも中身は似て非なるモノ。一心同体ではなく二心同体。体が同じでも心が異なるのならばもはやジルとは呼べない。よって貴女を甘やかす道理などない」


 へえ。クロノスは私とジルを別人として扱うってわけね。……ま、そりゃーそうでしょうね。ある程度の事情を知っているスイレンですら私とジルは別々の存在として見做しているんですもの。当然、クロノスだってジルと私は分けて扱うでしょうよ。

 別に私だって本気じゃなかったわ。ジルとして扱ってくれた方が目的を達成しやすいかなーと思って一応言ってみただけ。最初から期待なんてしてなかった。……してなかったはずなんだけどねー。どうしても残念だという気持ちが抑え切れないわ。私ともあろう者がこの後の展開に二の足を踏んでしまっている。


「ふぅー……」


 いけないいけない。

 私は最強なのよ。

 最強は弱気になったりしないわ。

 私らしく堂々といきましょう。


「回りくどいのは嫌いだから簡潔に用件を言うわ。ジルと会うのは控えてくれる?」


「……話は聞く」


「難しい話じゃないわ。貴女がジルと頻繁に会うと、ジルが貴女に頼りそうになるから止めてねってこと」


 クロノスの力はこの世界で群を抜いてるわ。あのバルディアでさえ倒せそうな程に。

 そんな強い子が身近にいれば、いざという時に頼ってしまいたくなるのが人ってもの。例え今のジルにその気がなくとも、会う頻度が増えるたびにジルの中で彼女の存在は大きくなり、知らず知らずのうちに頼るようになるわ。そしてやがてそれは甘えへと繋がり、ジルの成長に悪影響を及ぼす可能性がある。

 うん、私が言うんだから間違いないわ。


「まあ、貴女が全面的に協力してくれるなら今のお願いはなかったことにするけど、そうじゃないでしょ?」


「肯定。魔界絡みのトラブルに私が力を貸すことはない。私の仕事は時の管理であって、敵の殲滅とは違う。いくらジルの頼みでもたぶん無理」


「たぶんでも絶対の確証がないのなら、余計な希望を持たせるわけにはいかないわ。ジルの成長に僅かでもマイナス要因が認められる限り、私は貴女がジルと会うのは許可出来ないの」


「そう。貴女の言い分は理解した」


「解ってくれたのね。なら――」


「ただ、従う気は毛頭ない」


「……あっそ」


「貴女がジルとどれ程近しい存在であろうと、私からすれば赤の他人。赤の他人の言葉に私が従うはずもない」


「それがジルの為だと言っても?」


「本人が直接言うのなら私も納得する」


「そ」


 ジルはまず言わないでしょうね。

 早くクロノスと会いたいなーぐらいしか考えていないはずよ。

 つまり私が何とかしないといけないってわけ。

 ……さあ、ここからが踏ん張りどころよ。


「私はジルと貴女を会わせたくない。貴女はジルと会いたい。そして互いに引く気が無いのなら道は1つしかないわ。勝負で決めましょう」


「私は構わない」


「勝負内容を私が決めて勝つと不公平だとか言われそうだから、貴女が決めていいわよ」


「なら前回と同じ、制限時間内に私に触れられたら勝ちとする」


「残り時間を弄るのは禁止よ?」


「……触れる回数は3回とする」


 ちっ。


「OK。それでいいわ。ダラダラやってもしょうがないから、時間は30分ね」


「同意。では始める」


 クロノスの頭上に表れた30:00のタイマーがカウントを刻み出す。

 私は早速テクテクと彼女へ近付き、その両肩にポンと手を乗せる。


「まずは1回」


「!?」


 ふふ、驚いてる驚いてる。

 私はそのまま手を離すことなく、彼女の華奢な肩を軽く揉んであげる。

 あー……とってもいい気分だわ。自分の勝利を疑わない者の意表を突くのは何度やってもいいものね。しかもその相手が世界最強だなんてこの上ない贅沢だわ。


「……貴女を見くびっていた。まさかこうも簡単に捕まるとは予想外」


「罰で過ごした一年が効いたわね。あの一年は決して無駄なんかじゃなく、私の血肉となって吸収されたわ」


 特にジルが読んだ本。ジルは意味が分からなくて理解を放棄したけど、私はじっくりと咀嚼して内容をモノにした。おかげで時の理を知り、その場にいながら別の次元を逃げ回るクロノスをしっかりと捕まえられるまでになったのよ!!


「3回にしておかなければ負けていた。……ここからは逃げるだけじゃなくて抵抗もする」


 時間が惜しいので手を離してあげると、クロノスは距離を取りつつもどこからともなく一本のナイフを取り出した。何の変哲もないただのナイフにしか見えないけど、彼女が持っているというだけでどんな武器よりも危険な物に見えてしまう。

 ……いよいよ攻撃して来るのね。

前回は向こうから攻撃を仕掛けてくることはなかったから、ここから先は未知だわ。


「戦闘は得意なの?」


「苦手な部類」


 彼女がゆっくりとナイフを振り下ろす。

 十分に距離があるからもちろん私には当たるはずもなく――


「いつもやり過ぎてしまうから」


「っ」


 咄嗟に横っ飛びする。

 それとほぼ同時にバリバリと何かが引き裂かれる様な激しい音が響く。見ればさっきナイフを振り下ろした直線状の軌道の空間が虹色になっていた。


「……反省。貴女だけを切ろうとしたのに、ついでに7つの次元ごと切ってしまった」


「……」


 やっぱ世界最強のやることはスケールが違うわね。今の一振りで次元ごと切っちゃうなんてあははははははは!!


「って、殺す気!?」


 もし避けなかったらただでは済まなかったわ。


「殺さない様に手加減したつもりだった。でも結果的にやり過ぎてしまった。だから戦闘は得意じゃない」


 言ってナイフを捨て、右手を手刀の形にする。

 手加減されていることに怒る暇はない。

 クロノスに距離なんて関係ないわ。すぐに避けないと。


「えい」


 気のない掛け声と共に繰り出される手刀は、手刀が描く軌道上にある全ての空間を切り捨て、鮮やかな虹色に染める。


「む……。2つ切ってしまった」


 怖っ。

 ただの手刀でここまでの威力を出すなんて怖っ!!

 でも避けているだけじゃ勝てないから、恐れずにクロノスを捕まえに行く。


「させない」


「おっと、危な――うぷっ!?」


 お腹に強烈な痛みが走り、足が止まる。

 お、おかしいわね……。痛覚は遮断しているはずなのにメッチャ痛いわ……。そもそも攻撃の軌道には入っていなかったはずだったんだけど……。


「私が狙ったのは“今”の貴女ではなく“過去”の貴女。過去と今に連続性があるのなら、過去の貴女を狙った方が避けられる心配もなくて楽。痛みを感じるのは、痛みを感じないなんて反則だから私が痛覚を復活させておいた」


「そ、そう。ご丁寧に解説ありがとう」


 どっちが反則よ……!!

 分かっていたつもりだけど、やっぱデタラメな存在ね。

 遠慮なんてしていたら勝ち目がないから、こっちも攻撃しましょうか。


「せいやっ!!」


 なるべく避けにくい攻撃をと思い雷撃を放つも、彼女に届く直前で消失してしまう。


「魔力の密度が低い」


 ならばと能力をフルに使い、無限と言っても差支えのない魔力を一本の矢に注ぎ込み亜光速で発射。これならまず消えないはず。

 もちろん人体を貫かないよう配慮はしてあるわ。でもちょっとは刺さるし、当たれば必ず気絶するやっかいな特性があるけど。


「ふっ」


 しかし渾身の一撃は、クロノスの息で掻き消されてしまった。

 えぇ……嘘でしょ……。


「無限の魔力よ……?」


「それは貴女の勘違い。今の矢にそこまでの魔力は無かった。数値で表すのなら10の36乗――澗程度。無限には程遠い。これを無限だと言い張るのなら、それが貴女の限界。すなわち想像力の限界」


「私の限界ですって?」


「気に病む必要はない。所詮、無限を見たことが無い者に無限は創り出せないのだから」


「……」


 冷静になりなさいフロル。

 私の目的は無限の魔力を生み出すことじゃないわ。あと2回クロノスに触れることよ。それ以外は全て些細なことであり、今はどうでもいいことなの。

 さあ、考えなさい。どうやったら彼女に触れられるか。

 まずは……過去の自分との連続性を切り離しましょうか。じゃないとまた過去の私を攻撃されちゃうものね。

 そうしたら次に………………どうしましょうか?

 あらー? 何も思い浮かばないわ。あと2回彼女に触れられるビジョンが全く想像できない。もう1回なら何とかなりそうなんだけど……出来ればこの手段は3回目に取っておきたいのよね。でもそうも言ってられないか。

 他に手段もないし、ここは賭けに出ましょう。


「こうなりゃあ、破れかぶれの突撃あるのみよ!!」


 大声で叫びながらクロノス目掛けダッシュ。


「そうはさせな――」


「いいの? この体はジルと共同で使っているのよ?」


「――」


 卑怯な言葉攻めでクロノスの動きを一瞬だけ止める。

 そう、この一瞬よ!!

 一瞬でもいいから、彼女の思考が止まる隙が欲しかった。


「時よ止まれ!!」


 私の言葉で世界が灰色に止まる。


 時間停止の魔法は初めて使うけど、なんとか成功したみたいね。クロノスと宙に浮いている歯車がピクリとも動かない。タイマーもちゃんとストップしている。

 でも油断は禁物。

 止まった世界をじっくり観察したい気持ちを押し殺しつつ、クロノスの肩に素早く触れて時間停止を解除。


「これで2回目」


「!?」


 本日2度目の驚き。

 だけど私はクロノスの反応を楽しむことなく、即座に離れ――


「時よ止まれ」


 再び時間停止の魔法を発動させる。

 クロノスに立て直す時間を与えてはダメよ。絶対に対処される。だから何が起きたのか混乱している内に勝負を終わらせる!!


「って、あら?」


 クロノスがいない。

 時間停止もいつの間にか解除されている。

 ……あーあ、一歩遅かったみたいね。


「不覚。私がこの空間で時を止められるなんて猛省すべき事態。時の精霊失格。だらけ過ぎ。反省文2000枚コース。とんだ笑いもの」


 ふよふよと漂いながら反省を口にするクロノス。

 その目は私を向いておらず、一見すると隙だらけだと錯覚してしまいそうになる。でもそんなわけないわよね。だってさっきから冷や汗が止まらないもの。


「……時の精霊としてこれ以上の失態は許されない。だけどそれ以上に、私の時を止めた貴女に敬意を表して本気で相手をする」


 彼女の体から、私が引くぐらいの魔力なんだかオーラなんだかよく分からない力が漏れ出す。


「ちょ……いいわよ本気で相手なんかしなくても……!! 舐めプで十分よ!!」


「“天地四時の神器”」


 瞬間、空間全体が多種多様な紋様に包まれる。

 あー……。これから何が起こるのか予測不能だけど、間違いなくあの紋様は私にとって優しくないでしょうね、ええ!! 直視していいのかどうかすら分からないわよ!!


「フロル・ファントム・クリマアクト。最強を自称するのなら、最強とはどういう存在なのかその魂で感じ取るといい」


 ええい、上等だわ!!

 まだ時間はあるんだし、絶対にあと1回触ってやるんだから!!




『ブーーーーーーーーーーーーーー!!』


「?」


 気付いたら横になっていた。

 ブザーのけたたましい音がうるさい。

 えーっと、何が起きたのかしら? どうして私が表に出てきているの? というかこの微妙に見覚えのある場所はどこ?


「はっ……!?」


 全てを思い出した私は飛び起きる。

 慌てて残り時間を確認するも、タイマーは無情にも00:00:00を刻んでいる。

 そっか、私はクロノスと戦って……負けたのね。

 あの紋様の登場からここまでの記憶が一切ないけど、完膚なきまでに敗北したことぐらいは分かる。

 うあぁ~あー……ショックだわー……。この私が完敗だなんて……。もうクロノスがバルディアを倒せばいいのにねー。


「私に本気を出させた事実は誇っていい。でも負けは負けだから、ジルとの今後の付き合いに口出しは無用」


「分かってるわよー。いくら私でも負けた事実くらいは認めるわー」


 でも――勝負には負けてもここに来た目的だけは達成する。


「取引しましょう。ジルが死んだら死後は貴女が飽きるまでずっと一緒にいてあげる。その代わり貴女はジルが生きている間は頻繁に会わない。でも年に数回程度なら会っていいし、バルディアを倒したらその後は好きにしていい。どう? 破格の取引じゃない?」


「取引成立」


 クロノスと固い握手を交わす。

 よし、目的達成!!

 ジルに内緒で死後の約束をしちゃったけど……まあ、いいわよね。クロノスのことは結構好きみたいだし。

 

 でももし、もしどうしても嫌なようだったら――その時は私がクロノスを倒してみせるわ。最強は同じ相手に二度も負けはしないのよ。次は必ず私が勝つ。

 さ、しばらくはジルの中で疲れを癒しつつ、力を蓄えるとしましょうか。

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