第9話 反省
ランクアップ試験が終了した後、母さんと転移でギルドに戻って五級への手続きを済ませてきた。ギルドに戻った時に犬耳さんに心配されたり、いきなりギルド内で炎の上級魔法を放ったことで母さんがギルド長っぽい人に怒られたりするなどのイベントもあったけど、無事五級に昇格!! これで受けられる依頼が大幅に広がったことになるわ。ちなみに五級のギルドカードはチタンのような素材から作られており、紙とは雲泥の差だった。
現在はギルドを出て、人気のない所まで来ている。というか今朝と同じ場所。
「さーてと“ジル”に戻りますか」
ジル対策もばっちりだし、今日やるべきことは全てやったはず。
辺りも暗くなってきたから、そろそろ家に帰らないと家族に心配されちゃうしね。
『“ジル”に戻りますか? YES or NO』
「YESっと」
軽くタッチすると、体が変化していくのが分かる。
意識もだんだんと薄れていき――
――俺は元に戻った。
「……」
体を軽く動かしてみるが特に変わったところはない。
間違いなく俺の体だ。
じゃあ確認も終わったことだし、早いとこやりますか。
反省を。
「だあぁぁぁぁあああああああああ!! ちくしょう!! やりすぎたっ!!」
性格を弄りすぎた……!!
女性っぽい口調が出やすいように少し思考を変えよう、程度のつもりだったのにアレじゃあ、完全に別人じゃん!!
……いや、それだけならまだいい。
問題なのは俺の意思に反した行動を取るなってことだ!!
まず買い物の件。
あいつ、俺のなけなしの小遣いを全て使いやがった!!
いや、犬耳さんにあげるために買ったプレゼントに関しては別に文句ない。世話になったし、これからも世話になりそうだしな。
だが、奴はその後に自分用の服まで買っていったのだ。これが許せない。もちろん女性用なので男の俺は着れないから、俺からすれば有り金を全て溝に捨てた様なものだ。自分で着るだけなら、能力を使えば同じ物が作れるのに何故わざわざ買うのだろうか。買った服は能力で異次元に収納されているのだが、奴にしか取り出せないようなので返品しに行くことも出来ない。せっかく一年間こつこつ貯めた小遣いが……!!
記憶を改竄していることもそうだ。
何やら犬耳さんに羨ま……けしからん事をしたようなのだが詳細は不明。俺の記憶だとそこの部分だけ、ブラトがマレクの胸を揉んでいた、ということになっている。腹の立つことにその記憶だとマレクが『童貞のジルには早い!!』と繰り返し言っているのだ。ただただ不快である。
母さんとの会話にも改竄の跡がみられるし、人の記憶を勝手に弄らないで欲しい。
他にもパスティさんの依頼の途中で逃げ出したことや、母さんに俺の性教育がどうたらこうたらと言ったことなど不満はある。
だが、初日だし大きな失敗はしていないようだから、次気を付ければいいだろう。明日からは性格は弄らずにフロルの格好だけすれば問題も全て解決だしな。口調の件も慣れていけば自然と使えるようになるはず。
フロルよ、短い付き合いだったな!!
よし、反省終了!!
早く家に帰ろう。最後の方、母さんの様子が少し変だったのも気になるし。
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「それで、結局どうなったんだい?」
現在、ルー兄さんと一緒にお風呂タイム。
妹のククルが俺と一緒に入ろうとしていたが、ルー兄さんを見た途端に引き返していった。別に二人の仲が悪いわけではない。ククル曰く「異性で私の裸を見ていいのは兄様だけです。ルー兄様と言えども例外ではありません」とのこと。だから俺は極力、ルー兄さんと風呂に入るようにしている。
「んー? あぁ、母さんがちょっとおかしかったこと?」
「アレを『ちょっと』って言っていいのかな。ずっと『あの露出魔め……』『性教育……』『ニヴルヘイム』『どうすれば殺せる?』の繰り返しだったじゃん。母さんのあんな姿を見たのは初めてだよ。正直、不気味としか言いようがなかったね」
「実は僕もちょっと怖かったかな」
嘘です。本当はメッチャ怖かったです。
深刻な顔で『どうすれば殺せる?』と呟く母さんには恐怖すら覚えた。
「ははは、そんなこと言って結局はジルが解決したんじゃないのかい?」
「買いかぶり過ぎだよ。僕がしたことと言えば、せいぜい父さんを母さんの元に送り込んだくらいなんだから」
母さんがああなってしまったのも俺の所為みたいなものだから、本当は俺が直接解決すべきなのだろう。だが、妻の異変は夫が解決した方がいいのではないかと思った俺は親父を遣わすことに決めたのだ。
決して、俺が行くのをビビっていたわけではない。ホントダヨ。
「それが凄いのさ。父さん、子どもみたいに『行きたくない!!』って駄々を捏ねていたじゃないか。一体どうやって父さんをやる気にさせたんだい?」
「三年くらい前に、父さんが母さんとの初夜の話をしたのを覚えてる? アレを母さんに言いつけるぞって脅したら『喜んで行きます』だってさ」
親父は「何故それを……」って言っていたから、俺らに話したことは完全に忘れていたようだ。俺も一生胸に閉まっておこうと思っていたのだが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
「ああ、アレね……。酷い話だったよ。普通、実の子どもにあんな話はしないだろうに。……うん、父さんにはいい薬だから気にする必要はないみたいだね」
「父さんを送り込んだ後のことは僕にも分からないな。十分くらい様子を見たけど、二人とも部屋から出てくる気配はなかったし。まぁ、上手くいったんじゃないかな?」
もしかしたら部屋で合体していたり――なんてことも考えられるので部屋には入らなかった。
「大丈夫でしょ。父さんも何だかんだでこういう時は決めてくれるからね。もしダメだったらその時考えればいいさ」
「そうだね」
……ふと思ったのだが、これって七歳と六歳がする会話じゃないよな。俺はいいとして、ルー兄さんはおかしいと思うんだが。
傍から見ればおかしいのはどっちも一緒だろうけど。
まぁ、ルー兄さんが優秀なおかげで俺の特異さがそれほど目立っていないから、その点は助かっているかな。何せルー兄さんは、学園じゃあ天才扱いだからな。容姿も良い、性格も良い、勉強と運動も出来る、魔法も七歳にしては優秀と、隙がない。大層おモテのようで、お付き合いを申し込まれることも多いらしい。本人は「まだ未熟だから誰とも付き合う気はない」と断っているようだが、告白させる回数はあまり減っていないという。
ルー兄さんだけではなく、ククルも似たような状況だ。運動は少し苦手だが、勉強の方は優秀。容姿も良いし、何よりも中級魔法が使える。五歳で中級魔法を使える人はククルの学園にはいないらしいから、こちらも天才扱いだ。ただ、ククルは家族以外には冷たい態度を取る様なので同級生からは『冷嬢』なんて呼ばれて畏怖されているみたいだが。
「おーい、お前たちは風呂から上がったらダイニングまで来てくれるか」
と、ここで親父が風呂を覗き込みながら言ってきた。
外見に変わったところは無いし、無事だったのか。
ちょっと安心。
「ジルはどっちだと思う?」
どっち……助けを求めにきたのか、事後報告なのかってことか。
「僕は目的達成だと思うよ」
「僕もだよ」
だよね、と笑いながら風呂から出てダイニングへと向かった。
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ダイニングへ到着すると、親父とククルが談話していた。
俺たちもさっさと自分の席へと着く。
すると、当然の様にククルが俺の膝の上に乗ってきた。
「……」
「退きませんからね。最近兄様との触れ合いが足りませんもの。それにお父様から許可を得ていますし」
そうなのか、と親父へと目を向ける。
「別にいいじゃないか、それくらい。甲斐性のない男はモテないぞ?」
「はぁ~、しょうがない。このままでいいよ」
俺だって甘えられて嫌なわけじゃない。
ただ、理性にブレーキをかけておかないと際限なく甘やかしてしまいそうなんだよな。
甘やかしすぎるのもククルの成長に良くないだろう。
「やった!!」
尤も、ククルの笑顔を見ると俺の考えなんてどっかに飛んでいくのだけど。
「それで何か話があるんでしょ? だいたいの想像はつくけど」
ククル座席事件が解決すると、ルー兄さんが話を始めるように促した。
そりゃあ、母さん以外の話題は有り得ないよな。
「お前たちも分かっていると思うが、マーシャのことだ」
やっぱり。
「今、母様はどうしているんですか?」
「マーシャは寝ている。寝る前には大分落ち着いていたし、明日にはいつものマーシャに戻っているだろう」
おぉー、さすが親父。
決めるときは決めてくれるね。
「結局何が原因でああなったの?」
ルー兄さんは興味津々といった感じで聞くが、ククルは興味がないみたいだ。さっきから俺の手を弄ったり、舐めたりしている。
「詳しいことは俺にも分からんが、どうやら露出狂に魔法勝負で完敗したのが原因みたいだな。あいつ、魔法には相当な自信があったし。……よほどショックだったのか少し頭が混乱していてな。『ジルに性教育をしなくちゃ』なんてことを口走っていたよ」
「それは重傷だね……。でも、母さんが魔法で完敗したという方が驚いたかな。母さんは少なくともこの国では最強クラスだと思っていたのに」
確かに母さんは強かったな。自信を持つのも頷ける。メイユ市でトップクラスのブラトよりも魔力が豊富だったし、魔法の使い方も巧かった。伊達に六十年を生きているのではないな。今の俺が戦っても絶対に勝てるとは断言できないだろう。
ただ、母さんにはオリジナル性がない。使い方はそれなりに工夫していたが魔法は既存の物しか使用していなかったし、俺が知る限りで魔法を開発しているような素振りもない。俺が闇属性のオリジナル魔法を開発して使用できると知っているにもかかわらずだ。どうやら既存の魔法で十分だと考えているようだが、それでは最上級以上の段階には進めず、壁にぶち当たってしまうだろう。
強制するつもりはないが、母さんには教師をやってもらいたいからな。是非とも最上級の壁を乗り越えて、その経験を皆に広めてもらいたい。そのためにも今回の一件で母さんに得るものがあって欲しいが……。
「ま、上には上がいるってことだろ。成長するためにも敗北は必要だし、今回の事はマーシャにとっていい経験になっただろう。これ以上成長する必要があるのかは置いておいてな。……でだ、お前たちにそろそろマーシャの秘密を話しておこうと思う」
母さんがハーフエルフってやつか。
あれには驚かされたが、同時に納得もした。
母さんはやけに物知りだったし、魔力量も多かったからな。俺が思っていたよりも三倍近く生きていたというのなら合点がいくというものだ。
ククルはこの話題にも興味がないのか、先ほどまで俺を背もたれの様にして座っていたのから、向きを変えて正面から抱きついてきた。俺の背後に足を回しているので完全に密着状態だ。
「ククルは興味なさそうだが……まぁいいか。実はマーシャはな……」
親父が話し始めたが、ほとんど今日判明したことばかりだった。
何故今まで黙っていたのかについては母さんが頼んでいたらしく『六十なんてババくさい』とのことで秘密にされており、何故今打ち明けたのかは、つまらないことで家族に心配をかけた罰だそうだ。
「というわけだ。お前たちはマーシャの事を二十二歳だと思っているかもしれないが実際は六十で、ハーフエルフの六十歳は人族で言う二十歳だから、これからはマーシャの事は二十歳だと思ってくれ」
親父が話し終えたが、ルー兄さんの反応はない。実に自然体だ。
ククルに至っては話を聞いていたのかも分からん。今も俺の耳たぶを甘噛みしているし。
「……お前達、あまりリアクションがないな。驚いていないのか?」
「僕は前、父さんと母さんが話しているのを聞いちゃったからね。むしろ、やっと話したかって気持ちだよ」
へぇ、ルー兄さんは知っていたんだ。なら俺に教えてくれても良かったのに。
「そうか……それは悪かったな。ジルは?」
げっ、俺にも聞くのか。ちっ、言い訳なんて考えてなかったから、驚いたふりをすればよかった。
「僕はこれでも驚いていますよ。ただ、母さんは周りの人よりも物知りだったし、魔法も凄い使えたので、もしかしたら何か秘密があるのかもって思っていました」
言い訳としてはちょっと厳しいかな……?
「お前が言うか……? ククルは……そもそも聞いていたのか?」
ずっと、俺の耳たぶを噛んでいたもんな。今も噛んでいるし。
おっ、噛むのを止めた。
親父の質問に答えるようだ。
「興味ないです。マーシャさんが何歳であろうと、マーシャさんはマーシャさんですから」
それだけ言うと、また俺の耳たぶを噛み始めた。
かっこいいな。俺もそう言えばよかった。
「そうか……。何にせよお前たちがショックを受けていないようで良かった。でも、マーシャがハーフエルフだってことは人には黙っておけよ? お前らにはまだ関わりがないと思うが特に貴族連中には。あいつらは純血が大好きだからな。それに表面上は差別は禁止されているがまだまだ差別意識が無くなったわけじゃないから、友達に話すのも止めておけ。話が伝染していって思わぬところでトラブルが起きるかもしれないしな」
へぇ、まだ差別なんてものがあるのか。覚えておく必要がありそうだな。
ん? じゃあ何で母さんは“フロル”にハーフエルフだって教えたんだろう。
ふむ……。
差別意識のある奴はランクアップさせないってことかな。
「了解。まだ誰にも話していないし、これからも話さないようにするよ」
「僕も了解です。誰にも話しません」
「私も兄様と同じです」
それぞれが頷く。
「よし、さすがは俺の子ども達だ!! じゃ、今日はもう遅いし、部屋に帰って寝な」
こうして四人の会議は終わり、皆自室へと戻っていった。
今日は今までで一番忙しかったけど、明日も頑張りますか!!