第4話 ミュラン観察レポート
精霊とは何なのか?
この根源的な問いに答えられる者はいない。
彼らがいつ、どこで、どのようにして誕生し、どういった経緯で人に協力をしてくれるようになったのか。5年前から学者の間でブームになっているテーマだが、現段階で有力な説は存在しない。当の本人達が分かっていないというのもそうだが、何よりも各国が精霊の研究を認可していないからだ。
特にレストイアが顕著で信仰の対象である精霊を研究の対象にするなどとんでもないと、法で禁止されており、破った者には厳しい罰が待っている。他の国も調べたい気持ちはあるのだろうけど下手に詮索して精霊の怒りを買いたくないので、共に歩むべき友を研究の対象にすべきではないと反対している(精霊学は『精霊と仲良くなる為の学問』だからセーフらしい)。
俺も知ったところで何が変わるわけでもないだろうと積極的に調べようとはしなかったが、先日スイレンの仕事の話を聞いてちょっと興味が出てきたので、とあるお方に話しを聞いてみることにした。
「結局精霊ってどういう存在なんですか?」
「さあな。詳しくは俺も知らん」
「ええ……」
日頃お世話になっている学長に湯呑をプレゼントし、世間話に移ったところで質問をしてみたらこれである。
学長はスイレンと違って初代の大精霊らしいから知っていると思ったんだけどなー。
「そう言うな。なにせ神が用意した存在だ、そう単純なものでもないのだ」
「――」
驚いた。精霊って神様が関わっていたのか。じゃあ神が精霊を遣わしたっていうリネア教の教えはあながち間違いでもないってことだよな。
いや、それよりも真に驚くべきは学長が神の存在を認識していることか。
「その神っておじいちゃんみたいなお方?」
「会ったことはない。ただ声は聞いたことがある。確か……はきはきした女の声だったな」
「女の声……」
俺が死にかけた時に会った人かな? 少なくとも最初に会った神様じゃないな。
「その声はどんな状況で聞いたんですか?」
「俺が大精霊になる直前だ」
「?」
大精霊になる? その言い方だとまるで以前は大精霊ではなかったみたいに聞こえる。
「学長は――」
「話は終わりだ。まだ知りたければ自分で調べろ」
あらら、強制的に終わりですか。
ま、しゃーない。気が向いたらシャイニングさんにでも聞くとしよう。
「貴重なお話しありがとうございました」
授業も始まるし、そろそろ教室に戻るか。
「待て」
「はい?」
「お前達の部活は活動実績が1つもないが、きちんと活動しているのか?」
えー、そんなわけでこれから観察部らしく、とある人物を観察しようと思います。
観察レポートの提出を条件に公欠扱いとなったので、まるまる一日その人物の生態に迫るつもりです。
対象はカルカイムの王子、ミュラン・カルカイム・オーウェン。
観察方法は能力で自身の姿を透明にし、魔力と気配も完全に遮蔽してすぐ傍でじっくりとありのままの姿を紙に記します。ただしプライベートには配慮する為、トイレや一人でいる時は観察を中断することを予め断っておきます。
さあ、果たして彼はどんな姿を見せてくれるのでしょうか――
“1時限目『近年史』”
既に満身創痍の状態で、机に突っ伏したまま動きがない。寝ているようだ。
このことからアリサの『ミュラン更生プログラム』が継続中であると分かる。
観察対象に変化が見られないので、教師の話に集中することに。
“休み時間『帝王学』”
「より良い王の条件とは何でしょうか? 正しいことでしょうか? 誰よりも強いことでしょうか? 優しいことでしょうか? 他者から慕われることでしょうか? 確かに言えるのは、今の王子が良い王の条件を何一つ満たしていないことです」
「はい……」
「では王子が自分で最も悪いと思う箇所はどこですか?」
「女性を胸で判断することです……」
「そうですね。確かに胸が豊かな女性は人の目を惹きますが、それで女性の優劣を決めるのは愚者のすることです。賢しき王を目指すのであれば、人の中身も重視するようにして下さいね」
「はい……」
「分かっていただけたのならば、参考書312ページを朗読しつつ、私の攻撃を避けて下さい」
「王たる者、常に自身の行動が――うわぁ!? 国民の将来を――ひっ――左右しかねない――げふっ」
容赦のない攻撃がミュランを襲う。
どうやら休み時間だろうとアリサの更生プログラムには関係がないようだ。ボロボロだった彼がさらにボロボロになっていく。彼が踏んだ地雷は強力だ。
なお、存在を完全に消しているおかげで2人とも俺に気付いている様子はないが、アリサはもしかしたら感付いているかもしれない。……それとアリサの名誉の為に記しておくが、彼女の胸は言うほど小さくはない。具体的なサイズは書けないけどホント小さくはないんです。
“2時限目『精霊学』”
再び置物と化すミュラン。
クーミル先生は完全に存在を無視。クラスメイトの中には気にする素振りを見せる者もいるが、保健室に連れて行こうとする者はいないようだ。
この授業の内容は昨日受けたので、アリサの姿を見て和むことにした。
“休み時間『休息』”
フラフラとトイレに向かうターゲット。
その姿を心配した余所のクラスの女子に声を掛けられるも「僕は君の小さな胸を見ても差別しないよ」と見当違いな優しさをみせて怒らせる。
更生プログラムの必要性を再認識する。
“3時限目『魔法史』”
また動かなくなる。
先生はボソッと「減点ですね」と言ったきり相手にせず。
これでは観察にならないので、観察対象を増やすことに決める。
隣のクラスに移動し、ティリカ、リーネルカ、ククルの3人を一時的にターゲットへ変更。真面目に授業を受けているところ悪いが、ちょっとした実験に付き合ってもらうことにする。
内容は各々の机に一滴の水を垂らした場合どのような反応を示すのか、というもの。
最初はティリカ。ノートをとっている中、そっと水滴を垂らす。
「?」
いきなり現れた水に首を傾げるが、すぐに軽く払ってノートをとる作業に戻る。
まあ、普通の反応かな?
続いてリーネルカ。
机の上には何も出さず、ひたすら教師の言葉に耳を傾けている。
なんとなく結果は見えたが、一応水を垂らしてみる。すると案の定、水の存在には目もくれず授業に集中していた。
凄い集中力だ。
そして最後は我が妹ククル。
真剣な顔をしてノートと睨めっこをしていたので、どこか分からない所でもあるのかと覗いて見れば、如何にして俺とアリサを別れさせるかの計画を立てていた。
若干呆れつつも水滴を垂らすと――
「何者!?」
すぐさま氷の矢の反撃が飛んで来た。
「どうかしましたか?」
「……いえ、何でもありません。お騒がせしました」
あっぶねえ……。
ギリギリ避けられたが、下手したらここでお陀仏になるところだった。
やはりイタズラなんてするもんじゃないな。もう止めよう。
……でも妹の対応力にお兄ちゃんはちょっと安心したぞ。
“休み時間『帝王学』”
上記の展開と似たり寄ったりなので省略。
“4時限目『数学』”
ミュランは動かない。
もう飽きたので観察はこの時間までにしようと思う。
「えー、ではこの問題を分かる人はいますか? ……ではアリサさん、お願いします」
「表面積比が13:16です」
「はい、正解です」
得意になるでもなく、正解して当たり前みたいな表情を浮かべるアリサ。さすが学年1位の実力は伊達じゃない。仕草まで実力者のそれだ。俺も去年の学年末試験は本気を出したのに負けちゃったからな、次は勝てるように頑張らないと。
……でもああして教室ではキリッとしているアリサだけど、俺と2人きりになると途端に子供っぽくなるんだよな。俺のお腹に顔をうずめて「ジル様の匂いがします!」とかやったり、「それ美味しそうですね。食べさせて下さい!」と強請ったり、「今日は私がジル様の姉です。存分に甘えて下さい」といきなりお姉ちゃんぶったりもする。
完璧に見えるけれども中身はまだ年相応の女の子。それが俺の知っているアリサなのだ。……あ、でも彼女としては完璧な存在ですけどね!
ただまあ、欲を言えば俺のことは様付けじゃなくて呼び捨てにして欲しいんだけどね……。善処すると言ってしばらく経つが、呼び捨てにされる気配は未だにない。この名前の件についてはアリサの数少ない弱みみたいなもので、追求するとキスをして誤魔化してくる。なかなか素敵な誤魔化し方でいいと思います。
また弱みとは少し違うけど不意に弱い所もあり、考え事をしている時にそっと近づいて耳元で愛の言葉を囁くと赤面して小さくなってしまう。その姿がこれまためっちゃ可愛いんだよなー。そんで思わず抱きしめるとアリサから「私も大好きですよ」って返ってきて、そのまま最後までいっちゃうことも何回かあった。
……スイレンはキスよりも激しいスキンシップを爛れていると批判するけれども、互いに気持ちが高まった上で自然とそういう行為に至るのならば、爛れているとは呼べないんじゃないだろうか。性欲を満たす為ではなく、精神の繋がりを求めての行為だ。そこに不純な物など入る余地はなく、ただ純粋に愛を表現しているだけなのだと俺は思う。
――学長はこの意見についてどうお考えですか?
“評価”
このレポートもどきを提出した度胸だけは認める。
公欠は取り消しておく。