第3話 災難
寮の自室の前に転移した俺は、すぐさま中に誰かいないか探った。
すると人の気配を察知。馴染みのある気配だ。アリサの言った通り、レイシアが遊びに来ているみたいだな。
アリサを疑っていたわけじゃないんだけど、前に「ククルが部屋で待っていそうですね」と言われ、無警戒に帰宅したら暗殺者がいてビックリしたことがあったからなー。それ以来なるべく用心するようにしている。彼女の勘もたまには外れるのだ。
ま、でもこうして確認も取れたからリラックスして部屋に入れるけどな。
「ただいまー。レイシア、いるんだろー? 今日は学園で見なかったけどどうし――」
「ジル!? うわああああああああああああんジルーーーーーーーーーッ!!」
「おっと」
ドアを開けるなり、半べそをかいたレイシアが突っ込んで来たので思わず避ける。が、避けた瞬間、彼女が追尾してきたため結局しがみ付かれてしまった。
「聞いてくれよジル……!! 私は絶望と出会ってしまったんだ……!!」
「オーケーオーケー。話は聞くからまずは離れてくれ」
「やだ」
「は・な・れ・ろ」
「い・や・だ」
優しく頼んでも無駄だと悟り、力づくで剥がしにかかるも俺の力では無理だった。しょうがないのでなすがまま立ち尽くす。
俺の諦めを、受け入れてもらったと勘違いしたレイシアは若干嬉しそうにしながらも怒った口調で語り出した。
「今日から初授業だったろ? だから2年生として転入予定だった私も、ジルとの蜜月な学園生活に期待しながら行ったんだよ。そうしたらクラス発表の欄に私の名前がなかったんだ!!」
「確かになかったな」
てっきり転入生だからかと思っていた。
「おかしいなーと思いつつ事務所に確認しに行ったら……なんということか私は“1年生”として通うことになっていたんだ!!」
「へえ?」
「そんなはずはないと抗議したんだが、なんでも今年から制度が変わって、あの学園に転入する者は例外なく1年生からスタートになるって言うんだよ!? 酷くないかい?」
「あちゃー」
「そんなことは一切知らされていなかったんだから2年から始めさせろと言っても『1年からと決まっています』の1点張りでね、頭にきた私は責任者を呼べと怒鳴ったんだ。……そうしたら誰が来たと思う?」
「もしかして、学長?」
「正解。驚く私をよそに『お前の怒りは分かる。俺としても2年から始めさせてやりたいが4ヶ国が決めた以上、学園長として例外を許すわけにはいかない。スマナイな』って頭を下げようとしてね。土の大精霊様に頭を下げさせるわけにはいかないから慌てて『私こそ文句言ってすいませんでした』と、逆に頭を下げる破目になったよ」
「そうか……」
こういう話を聞くと、やっぱ大精霊って人々から敬われているなーと実感する。元々神聖な存在として伝えられてきた上に、襲来戦争の時に颯爽と現れて危機を救ったわけだから当然っちゃ当然なんだけどさ、どっかの大精霊様の普段がアレだからつい忘れそうになる。
……ちなみに各大精霊の人気度は1位から順に土、水、光、火、闇、風、雷かな? やっぱり人前にどれだけ出ているかで人気は大きく変わる。土と光は言うまでもなく、スイレンも人が激しく行き交うクロスセブンに住んでいるため注目度抜群で(本人は引き篭もっているけど)、契約者であるアリサとティリカの活躍もあって人気は高い。つーかほとんど姉妹のおかげだな。
で、メジャーなのがこの3人までだ。
火はラングットの方で、闇も一部の人からカルト的な人気があるものの、表に出て来ないこともあってやはりどこか限定的な感じがある。
そして雷と風は……うん、まあ……ね……? ぶっちゃけ人気度で言えば微妙。メルフィは未熟だからという理由で、雷は人嫌いの所為でまともに姿すら見せたことがない。だからどうしても人気は上がりづらいのだ。
別に人気が全てってわけじゃないけどさ、頑張っているメルフィに人気がないのはちょっと寂しいなー。
「おお、そんな悲しそうな顔をするってことは私に同情してくれているんだね!?」
「ん? ……ああ、いや特にはしてないよ」
「ジルも悲しいと思ってくれて嬉しいよ。でも学長にああまで言われてしまったら残念だけど諦めるしかないんだよ……。ああ、このやるせない気持ちを一体誰にぶつければいいんだ……!!」
「俺にぶつけるのだけはやめて欲しいな」
だんだんとしがみ付く力が強くなっているんですが。
「こうやって抱き合っていると落ち込んだ気持ちも回復してくるよ。でも同時にこのぬくもりが遠ざかってしまうんだと思うと辛くなってくるんだ……」
「そうだね、辛いねー」
「……なんだか今日のジルは対応が雑じゃないかい?」
「そうかな? あ、でもさっきアリサ成分を補給してきたからかも」
中途半端に終わっちゃったけど十分イチャイチャしてきたからな、脳がアリサのことで一杯になって他のことに容量を割きたくないのかもしれない。
「アリサ君か……。彼女は手強いね。前からずっと彼女の体を狙っているのにまるで隙がなくて、未だに手すら触れたことがないよ。会話で隙を作ろうにも、気付いたら私の家族の個人情報や帝国の裏事情を話しているんだ……」
「なに人の彼女を口説こうとしてんだよ」
「君と付き合うくらいだから彼女も“そっちの気”があるはずなんだけどね……。正直、彼女だけは落とせる気がしないよ」
俺としては彼女のガードが固くて一安心だけどな。やはり相手が女であっても俺以外の存在に体は許して欲しくないもんね……って、待てよ? つまり逆に言えば、いくら許しがあるからって彼氏である俺がいつまでもベタベタと異性と接触するのは不味いってことだ。
そろそろ強引に引き剥がそう。
「えい」
「うひゃい!? なんだい、ビリっとしたよ!?」
「やっと離れたか」
体に電気を流すことで分離成功。
雷は適性属性じゃないけど、この程度なら何とか使える。
「ううぅ、今のは君だね……? 酷いじゃないか。アリサ君とはイチャイチャ出来ても私とは出来ないっていうのかい!?」
「うん。だって俺の彼女じゃないし」
「常識に囚われちゃダメだ!! 彼女じゃないなら彼女にすればいいんだよ!! あのアリサ君だって君がハーレムを作ることは認めているんだから遠慮することはない!!」
「今はそんな気分じゃないんだ。ほら、今朝作ったクッキーあげるから、もう帰りな」
「うぅ、ひっく……。惨い、惨いよ……。傷心の私をジルは冷たく見捨てるんだ……。ぱくぱく」
泣き真似をしながらクッキーを食べる姿は非常にシュールで、見る者をなんとも言えない気持ちにさせてくれる。
むむ……でも確かにこのまま追い出しても後が面倒かもしれないな。それにちょびっと罪悪感もあるし。かと言って優しくしても付け上がるだけだからな。
さて、この場を丸く収めるには――
「……なあ、レイシア。1年から始めるのもそう悪くはないぞ? なんてったって、1年にはあのレキアがいる」
「レキア……? レストイアの巫女のことかい?」
「そうだ。知っているかもしれないが、レキアは可愛い。俺に負けず劣らず超絶可愛いんだ。……いや、胸がある分、俺よりも上かも知れない。凄くないか?」
「う、うん」
「そんでアイドルでもある。最強だ。しかも巫女でアイドルだからな、そりゃあもう男関係には厳しいから当然処女の純潔乙女だ」
「ごくっ」
「今後も彼女が学園生活で男と付き合う確率は0だろう。でも彼女だって年頃の少女だ、恋の一つもしてみたいはずだ。だけどそれは職業柄困難。でもここに一人、例外がいるだろ?」
「ま、まさか……」
「ああ、レイシアの出番だ。其処らの男よりも雰囲気イケメンのレイシアなら彼女も好きになって堂々と恋が出来る。だってレイシアは女だもんな。男じゃないから問題なし!! そしてレイシアも絶世の美少女と付き合えてwinwinじゃないか!!」
「!?」
「これは運命なんだよ。神が『男と恋の出来ない哀れな少女を救え』とレイシアに言っているんだ。ほら、互いに名前が『レ』で始まって『ア』で終わってるし、なんか運命っぽいものを感じるだろ?」
「感じる感じる!!」
「さあ立つんだレイシア!! 君がすべきことは絶望に平伏すことじゃないだろ!?」
「そうか……。私は君が運命の相手なのかと思ったけど、もしかしたらレキア君がその相手だったのかも知れないね。分かったよジル……!! 私は絶対にレキア君を幸せにしてみせる!!」
「そうだ頑張れ!! 俺もアリサと一緒に陰ながら応援するよ」
「こうしちゃいられない。早速彼女が好きそうなものを調べないと……!! それじゃあジル、今度2人で挨拶に行くからね!!」
「ああ待ってるよ!!」
こうして希望に満ち溢れた顔をしたレイシアは、勢いよく部屋を出て行った。
「ふぅ……」
完全に彼女の気配が消えたところでゆっくりと息をつく。
とりあえず“この場は”やり過ごしたな。
上手くいけば(?)レイシアとの関係にもけりが付きそうだけど……。
「まあ、まずないか」
――翌日。
アリサは用事があるとのことなので、久々に妹と2人っきりでの登校。
テンションMAX状態のククルは俺の腕に抱きつき、肩を頬ずりしながら悦に浸っている。「はしたないからやめなさい」と注意しようかなーと迷ったけど、ここのところまともに相手をしてあげられなかったから偶にはいいか、ってことで兄バカを発揮中。
「兄さん。そろそろあのメスにも飽きてきたでしょうから、私に乗り換えませんか?」
「乗り換えません」
「残念です。でも今はこうしていられるだけで満足です」
俺も相当なシスコンだと自覚はあるけど、ククルのブラコンっぷりに比べれば余裕で霞むよな。
マジで将来どうなるんだろう。
友達も少ないし、ちょっと心配だ。
「ところで兄さん。昨日、同じクラスになったよしみで奴の姉とリーネルカの3人で食事会をしましたよ」
「本当か!?」
それはめでたい!!
ティリカとククル、ネルの3人が仲よくしてくれたら俺も安心できる。
「場所は例の屋敷だったのですが、食事中にあのメスが降りて来てですね、信じられないほど邪悪な笑みを浮かべていたんですよ」
「あー……」
たぶんミュランの更生プログラムが完成したんだろう。
……どうしようか。間違いなく放課後にミュランは大変なことになる。これはもはや決定事項だ。もう覆しようがない。
問題なのは俺が黙って事態を見守るべきなのか、ミュランを庇ってやるべきなのかってことだ。
そうだな……。お昼に会ってみて、昨日のことを反省しているかどうかで決めようか。僅かでも反省の兆しが見えたら情状酌量の余地ありとして減刑を求めるってことでいこう。
「悪いことは言いません。あんな悪魔じみた笑みを浮かべる奴と――おや? 何か聞こえますね」
「本当だ。誰かの叫び声みたいなのが聞こえるな」
――それは学園に近付くにつれ鮮明に聞こえるようになり、その発信源は校門の前にいた。
全身ズタボロの彼は、何かとてつもなく恐ろしいものに襲われたかの如く恐怖で顔を引き攣らせながらも、ある言葉を必死に叫んでいた。
「おっぱいは大きさじゃありません!! おっぱいは大きさじゃありません!!」
その隣では不貞腐れた顔のオロフ先生が『反省中です』と書かれたプラカードをぶら下げながら正座していた。
俺は見なかったことにした。