第2話 お見舞い
「お邪魔しまーす」
「あらいらっしゃい。アリサのお見舞い? 部屋にいるから勝手にどうぞー」
放課後。スイレンの屋敷を訪ねると、その主がソファに寝っころがって漫画を読みながら出迎えてくれた。
どうやらこの怠けっぷりからしてアリサの具合は大丈夫そうだな。
なら……。
「なあ、ちょっと話さないか」
「……言っておくけど私は絶対に靡かないから」
「まーだそんなこと言ってるのか」
アリサが“提案”をしてからもう数か月は経つのに、未だに俺と二人っきりになると警戒しだす。いくら俺が手を出すつもりはないと言っても聞く耳持たずで、「そうやって私を油断させるつもりね!?」とかなんとか騒いで逃げてしまうのだ。
まあ努力の甲斐もあって最近は警戒しながらも話は聞いてくれるようになったから、もうちょいで元の感じに戻るだろう。……たぶん。
「で、なによ?」
「あのさ、前からずっと気になってたんだけど、スイレンって仕事しないの?」
「仕事?」
「いやほら、大精霊の仕事とか使命とかがあるんじゃないのか?」
だいぶ前に「綺麗な水が飲めるのは私達のおかげ」的なことを言っていたが、スイレンと知り合ってから彼女がそれらしいことをしている姿は見たことがない。
土の大精霊は襲来戦争で壊れた建物の復旧に貢献したり、クロスセブンの開発にも大きく関わっているし、学長もしている。シャイニングさんも教国でアイドルプロデューサーもどきのことをして信仰者を集めている。メルフィも立派な大精霊になれるようにと修行中だ。
それに比べてスイレンはアリサ達を愛でているか、マンガを読んでいるかのどちらかのみ。唯一仕事らしいことをしたと言えるのは、去年アリサ達がした『主人を探しています』宣言の対応くらいだ。身の回りの世話すら優秀なメイド姉妹に任せっきりで、生活費も「あんたらから施しは受けない」と各国からの援助を勝手に断ったので俺が出している。
間違っても汗水たらして働いていますとは言えない。
そりゃあスイレンには恩があり大事な友人とも思っているから、彼女が仕事もせずに一日中ゴロゴロしていたとしても見捨てるようなマネはしないが、せめて仕事はあるのかどうかくらいは聞いても罰は当たらないはずだ。
「仕事ならしているわよ。今もこうしてね」
「そうなのか?」
俺にはただ漫画を読んでいるようにしか見えないが……。
「水の精霊が絶対に履行しなくちゃいけない約束は人々に安全な飲み水を提供することよ。つまり飲み水が安全である限り、私は役目を果たしていると言えるの」
「へー。……どうやって水の安全を守っているんだ?」
「私達がそこら辺をプラプラしていれば勝手に浄化されるわ。魔法とかじゃなくて水の精霊固有の能力みたいなものだから下位精霊でもOKよ。浄化範囲は精霊によって違うけど、私クラスになると一人でクロスセブン全域を軽くカバーしちゃうわね。怠けているように見えて私はこの都市の水を守っているのよ」
「そいつは凄いな!」
じゃあ自発的には何もしていないんだなと思ったが、言うと拗ねるので黙って褒めることにした。「ふふん、でしょ?」と得意になっている姿がちょっと微笑ましい。
「私の凄さが分かったのなら、もっと私を崇拝してもいいのよ?」
「さっすがスイレン様!! 素敵!! 最強!! その美貌には花も恥じらいお天道様も隠れてしまいそう!! 」
「はあ~~~~~~~~~~~~~~~~っ……」
人がせっかく褒めたのに盛大な溜め息をつかれてしまった。
得意気だった顔も呆れ顔に変わっている。
むむ、なにがいけなかったんだろう……。素の声で喋ったのがダメだったのか?
「どうしてアリサはこんな美少女みたいな男に惚れちゃったのかしらね……」
なんだいきなり。
「私に聞かないでアリサに聞いてよ」
「ちょっとやめなさい!! 口調まで変えたらただの美少女じゃない……!! それでいいの!? 男でしょ!?」
「ふん、男が可愛くて何が悪い!!」
「とうとう開き直ったわ!? あわわわ、ど、どうしましょう……。きっとそのうち『性転換したい』とか言い出すんだわ……!!」
持っていた漫画本を投げ捨てて頭を抱えだした。
スイレンの中で俺はそんなキャラになっていたのかよ。……完全な的外れとも言えないのが我ながら情けない。
……でもまあ真面目な話、女になりたいとは思わない。
何故なら――
「俺にはアリサがいるんだから、女になりたいなんて言うはずないだろ?」
「あー……それもそうね」
「分かってくれたか」
「夜はやることやっているみたいだし、アリサと付き合っている間は安心か」
んん!?
「お、おいおい、変な言い掛かりはよしてくれ。やることやっている? 確かにキスはするがそれくらいは普通だろ。あとは将棋やトランプにお喋りと、実に健全なお付き合いをしているぞ?」
「嘘おっしゃい。ジルがアリサの部屋に寄るといっっっつも喘ぎ声が聞こえるもの」
「いいっ!? そ、そんなはずはない!!ちゃんと防音魔法だってかけているのに――はっ!?」
「やっぱやることやってんじゃない!!」
しまった、こんな単純な鎌掛けに引っかかるなんて……!!
「なーにが『健全なお付き合いをしている』よ……!! 爛れた付き合いじゃないこの狼男!! だいたい街中でキスをした時点で――」
「おっと、楽しいお喋りもこのくらいにしてそろそろアリサのお見舞いに行かないと。続きはまた今度な!!」
「あっ、こら、待ちなさい!!」
このままでは分が悪いので戦略的撤退。
脱兎の如く場を離れて、アリサの部屋へ。この展開を予想していたのかドアの前に『ノックせずお入り下さい』と張り紙があったのでスムーズに駆け込めて助かった。
……スイレンが追ってくる気配はないが、念のため能力でドアを強化しておくか。
うん、これならそう簡単には入って来れないぞ。
「ふふ、大変だったようですね……ん」
メイド服を着たこの部屋の主が、挨拶代わりにキスをしてくれた。
「まあね。でも別に嫌じゃないけどな」
お返しに俺からもキスをし、二人でベッドに腰掛ける。
「それで早退したって聞いたけど大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。ちょっと立ち眩みをした程度なので、本当は早退する必要もなかったんです。ですが精霊学の授業の時に起こしてしまい、先生に大事を取って家で休みなさいと帰されてしまったんです」
「なるほどね」
クーミル先生はスイレンの直属の部下みたいな精霊だからなー。アリサにもしもがあったら困ると過保護に対応したんだろう。もしこれが他の生徒なら気にも留めなかったはずだ。
「でも立ち眩みなんて珍しいな。疲れているんじゃないのか?」
毎日家事に学園に部活、自主勉強に魔法の特訓に加え、さらに俺とゴニョゴニョなこともしている。いや、さすがにゴニョゴニョは毎日じゃないか。……キスは毎日しているけど。
「疲れている自覚はないですね。むしろ毎日が充実して体が活力に満ちているくらいです」
それは分かるな。
俺もアリサと付き合うようになってから体の調子がいい。前に比べて明らかに疲れにくくなっているのだ。魔力の量も上がったし、彼女効果は凄い。
「私の勘も体に異常はないと判断していますし、あまり気になさらないで下さい。もし異常があればきちんと報告しますから」
「うん、そうしてくれ」
この話はこれでおしまいにして、後はダラダラと雑談を楽しんだ。
彼女と他愛もない話をしながらイチャイチャして過ごす時間はまさに至福のひと時。
そして互いの体に触れ合っている内に自然とボルテージは高まり、イチャイチャ具合もより激しくなる。スイレンとの会話の内容もスッポリと脳から抜け落ちた俺はアリサの胸に手を伸ばし――そこで、ふと思い出した。
「そういえばミュランの奴、アリサは魅力のない胸の持ち主だとか言ってたぞ」
「へえ」
ひい!? なんか背中がゾワッてしたんですけどゾワッて……!!
この衝撃で部屋を漂っていた甘い雰囲気も完全に霧散してしまった。
「そうですかそうですか。あの王子様がそんなことを言っていたんですか。ふふ、面白いじゃないですか。ふふふ」
顔は笑っているが、俺にはハッキリと見えるぞ。
アリサの全身から黒いオーラが滲み出ている……!!
「ジル様。申し訳ありませんが、急遽王子の破壊プロ――調教プログラム……でもなくて、更生プログラムを作らなくてはいけなくなりました」
「あ、ああ、うん……分かったよ。俺はこれで帰るよ」
実はネルともう考えてあるんだと言える雰囲気ではなかった。おそらく俺達が考えたものより何倍も恐ろしいプログラムが出来上がることだろう……ぶるぶる。
しょうがないからアリサの邪魔をしないようにさっさと転移で帰ろう。
「あ、お待ち下さい。ジル様の部屋にレイシアさんがいるような気がするので、部屋に直接転移しない方がいいですよ」
「ありがとう。……ほどほどにな」
「いいえ、全力でやります」
ぶっ殺してやりたいと思っていたミュランに同情しながら、俺は転移の魔法を発動した。