第1話 2年生になりました
「以上が北の片田舎で細々と語り継がれている『魔法使いと王様』です。一部の民俗学者の間では1800年前の大戦争の真相が語られているのでは……とか言われていますが、まあ信じる信じないは皆さんにお任せします。他にも似た話は沢山ありますからね」
ここで丁度チャイムが鳴り響いた。
「おやピッタリですね。では皆さんお疲れ様でした。次の授業も頑張って下さいね」
終わりか。
なかなか興味深い話じゃないかと集中していたらあっという間だった。俺も昔、戦争の真相を調べようとしたことがあったけど、まさか今更その話を聞くことになるとはな。それも2年になってから最初の授業でとか、何か運命めいたものを感じてしまいそうだ。
あー……でもあの先生はラングット王国出身とか言ってたから、ローザ女王の差し金って線も有り得るか。……いや、さすがに考えすぎだよな?
「やあジル。今年も同じクラスになれて嬉しいよ!」
「ん? ……ああ、そうだな。今年もよろしく頼むよ」
誰だっけ? と思ったが、よく見たら去年も同じクラスの奴だった。
髪形が変わっていたし、まるで死線をくぐり抜けてきたかのような精悍な顔つきになっていたから一瞬誰だか分からなかった。1年の修了式が終わってから15日しか経ってないのに随分と雰囲気が変わったなー。
ふと教室を見渡すと、去年同じだった男連中はみな同じような顔をしてい……って、多っ!? 見覚えのある奴等ばかりじゃねえか!! ティリカと違うクラスになったショックで気付かなかったけど、女子も含めてメンツがほとんど代わってねえぞ!! ちゃんとクラス替えしたのか……?
「ティリカさんは残念だったな。でもクラスメイトがここまで変わらないなんて“偶然”ってあるもんなんだな」
「そうだなー」
妙に『偶然』を強調したけど、触れちゃいけないような気がしたからサラッと流した。突っ込んだら絶対にしょうもない話を聞かされるに決まっている。もうクラス編成が偏っているのはただの偶然ってことにしておこう。
「でもさ、俺とジルは偶然よりもさらに強い“運命”ってやつで結ばれ――はうッ!?」
どこからともなく雷撃が迸って気絶してしまった。
――普通ならここで大騒ぎになるだろう。
だが我がクラスはいきなり教室で魔法が使われ、人が一人倒れてしまったというのに誰も何も騒がず、まるで何事もなかったかのように平然としている。
やっぱこのクラスおかしいなーと思いつつ、俺も気にせず自分の髪を弄る。
つい先日、お尻を隠せるくらいまで長かった髪を背中の真ん中くらいまで切ったからどうも落ち着かないのだ。
本音を言えばあまり切りたくなかったのだけど、さすがに長すぎて邪魔だなと感じることが多くなってね……。手入れも大変だし、座る時に髪を挟んじゃうし、濡れた髪が背中にくっつくと「ひゃあ!?」ってなっちゃうんだよなー。あとアリサからも遠回しに髪を切れと言われるのもあって、断腸の思いでバッサリいくことにした。
ま、実際に切ってしまえばスッキリしてかなり気に入ったんだけどね。切る前は「この長さが自分に一番合っている!」とか思っていたのに、今はこの長さがベストなんじゃないかと思えてくるから不思議だ。やはり何事もやってみないと結果は分からないものなのかもしれない。
そうだな……。俺には胸がないからメイド服やナース服は似合わないだろうと、これまで一度も着ようとしてこなかったが、試しに着てみようかな。メイド服ならアリサのを借りればいいだろ。
「うん、そうしよう!」
そんわけで俺は逸る気持ちを抑えながらその後の授業を受け、昼休みになった瞬間、いつの間にか気絶から復活していたクラスメイトを横目に観察部の部室へと駆け込んだ。
「アリサ頼みがある!!」
「残念。僕しかいないよ」
いたのはカルカイムの王子様だけ。
ちっ。ミュランだけでリーネルカもまだ来ていないじゃないか。まあ、今日の昼休みは部室に集まろうって約束だったからすぐ来るだろう。
「アリサなら調子が悪いって帰ったよ」
「なに!?」
調子が悪い!? なら俺もこんな所にいられないな。俺も早く帰ってアリサの看病をしないと。
「それで彼女から伝言があるよ。『心配せず授業に集中して下さい。それと主に使用人の服は着せられません』だってさ。前半は分かるけど、後半はどういう意味だい? 何かの暗号かい?」
「ふむ」
アリサがそう言うなら急いで帰らなくてもいいか。彼女の家にはスイレンもいるんだし、心配しすぎることもないだろう。もし何かあればスイレンがすっ飛んできて俺に知らせるはずだ。俺とは別方向にアリサ大好きさんだもんな。……メイド服に関しては別に残念ではない。ホンのちょっとしか。
ちなみにミュランがアリサから伝言を預かってこれたのは、彼がアリサと同じクラスだからだ。そしてさらに言うと、リーネルカ、ティリカ、ククルの三人が同じクラス。つまり俺だけ一人ぼっちになってしまったのだ。誰が決めたんだか知らんが、この編成にした奴は恨んでやるぞ。
「……あ、そうだ聞いてくれよジル!! さっき廊下を歩いたら同級生の女の子に告白されちゃってさー。いやー、まいったねー」
「へー。そりゃあよかったな。で、何て返事したんだ?」
クッソどうでもいい話題だったが聞いて欲しそうな顔をしたので、しょうがなく続きを促す。
「当たり障りなく断ったよ。だって彼女には胸がなかったからね。あんな可哀想な胸に触るなんて僕にはとてもとても……」
「うざっ」
「僕は思うんだ。女の子の価値は胸だって。ほら考えてみてくれよ。男と女の外見で最も違うのは胸だろ? 胸こそ女のシンボルなんだよ。だから胸が大きいほど女として優れているのさ。つまり君がどんなに女の子の容姿に似ていても胸が無い以上“本物”には勝てないんだよ。な?」
ぶっ殺してやりたい。
なんで俺がそんな窘めるような目で見られなきゃいけないんだよ。
「あっ……ごめん。アリサに女の子としての魅力がないって言ってるわけじゃないんだよ? 大丈夫、きっと彼女ももう少し成長す――うわあああ!?」
窓から放り投げてやった。
これでウザい奴もいなくなってスッキリしたな。
……まったく、アイツはオロフに『おっぱぶ』なる風俗店に連れられるようになってからおかしくなってしまったな。……いや元々おかしかったか。とにかく連日の風俗店通いで女性に対する価値観が変わったところに、去年の闘技大会で優勝してモテるようになったのが拍車をかけ、自分は選べる立場の人間なのだと調子に乗り出したのだ。
モテるようになったのはアイツの努力の成果ということもあって大目に見てきたところもあるが、近頃は俺とアリサにまで舐めた口を利くようになってきたから、そろそろ引き締める必要がありそうだな。
「遅くなってゴメン。……どうしたの? すごく悪い顔してる」
「おお、ネルか。実はな、生意気な王子様をどうやって調教してやろうか考えていたんだ」
「……私も協力する。あのウザさは目に余る」
もうすぐ新入生も来るんだし、彼らの前に出しても恥ずかしくない王子にしてやらないとな!!