プロローグ 魔法使いと王様
むーかーしむかーしあるところに、一人の魔法使いがおりました。
魔法使いは自分が天才だと自惚れており、自分より賢い者は存在しないと思っていました。
「まったく人はバカだなー」
これが魔法使いの口癖。
暇を見つけては街に繰り出して人の粗探しをし、嘲笑うのが趣味の嫌な奴なのでした。
そしていつものように町で人をバカにする材料を調達していると聞き逃せない会話が耳に入って来ます。
「知ってるか? 北の王は凄いらしいぞ」
「知ってる知ってる。賢王様だろ。あの北の紛争国家をどうにかしたんだからホント天才だよな」
北の紛争国家と言えば、次期国王を巡って泥沼の争いが起きており、魔法使いがもうじき滅びるだろうと見放していた場所です。
それをどうにかしたと聞いては黙っていられません。天才である自分の予想が外れるなんて信じ難いことです。
魔法使いは早速北の賢王へ会いに行きました。
「やあ若き王よ。君は賢王とか呼ばれているらしいね。本当かどうか確かめてあげるよ」
「そうか。なら私の家来になれ。私を無能だと判断したら勝手に出て行くといい」
「じゃあそうさせてもらうよ」
その後、15年間魔法使いは王の家来として勤めました。
ひねくれた魔法使いから見ても賢王は非の打ち所がない完璧な存在だったのです。
当初は衰弱しきった弱小国家も、たった十数年で今では世界有数の強豪国家へと成長。そして今なお進化し続け、世界統一も現実味を帯びてきました。
この成果もひとえに賢王の手腕によるもの。
さすがの魔法使いもこれには脱帽です。
「いやーまいったまいった。君は凄いね。数時間で帰るつもりだったのにまさか十年以上も家来をやる破目になるとは思わなかったよ。人も捨てたもんじゃないね」
「どうした急に。頼み事でもあるのか?」
「察しが良くて助かるよ。実はもう魔力がほとんど残っていなくてね。十年くらい補充の休暇が欲しいんだ」
「構わんぞ。これ以上国を大きくするつもりはないからな、丁度お前にも休暇をやろうと思っていたところだ」
「うんうん、君のその懐の深いところも好きだよ。だから余計に十年も離れることに申し訳なさを覚えてね。お詫びってわけじゃないけど、こんなものを用意したからよければ使ってくれ。君なら使いこなせると信じているよ。じゃ、十年後を楽しみにしているよ」
そう言って魔法使いは一つの指輪を残して去りました。
王様はどれどれと指輪を付け――るようなマネはせず、家来にどんな指輪か調べさせました。その結果、指輪には『装着した者だけに、その者が理想とする異性の幻が見える』という効果があると判明します。
幻と言っても、現れた異性と会話したり触れ合ったり出来る強力な幻です。
使い方を誤れば幻想と現実の区別がつかなくなり、廃人になる可能性もあります。
もちろん賢王も指輪の危険性に気付いてはいましたが、政略結婚した妻の容姿にやや不満があったので遠慮なく使うことに決めました。
そしてしばらく使っていく内に自分の欲求を満たすためではなく、愚痴をこぼす相手が欲しいという理由で指輪を使うようになります。王は賢すぎるが故に雲の上の存在として敬われ、気軽に話せる友人などいなかったのです。
普段は言えないようなことも、裏切りを心配する必要がない幻相手にはスラスラ話せ、上手くストレスを発散することで活力を得た王はますます精力的に国の発展に取り組みました。
5年後――
何もかも上手く進むと思った矢先に、各国は異常気象による大飢饉に見舞われてしまいます。
備蓄してあった食料も底を尽きかけ、他国に援助を求めようにもどこも同じ状況。国民を餓死させないためには税を引き下げる必要がありました。しかし、税率を下げるなどとんでもないと諸侯達から猛反発を受けてしまいます。
彼らの反発を無視するわけにはいきませんでした。例え無視して今回の件を乗り切れても禍根を残してしまえば後々大きな火種となって返ってくると分かっていたからです。
かと言って国民を飢えさせるわけにもいかず、王様は悩みに悩みます。しかし悩んでも妙案は浮かばないので、指輪の力を借りて気持ちをリセットすることにしました。
「奴らさえ首を縦に振れば解決する問題なのだがな。あの調子では説得は無理だろう。まったく困ったものだ」
すると幻がニコッと笑いました。
「簡単ではありませんか。諸侯を殺してしまえばいいのです」
王様は驚くでもなく、ゆっくりと首を振ります。
「それが出来たらどれほど楽か……」
「国の一大事に私欲を優先する諸侯など反逆者も同じ。生かしておいても百害あって一利なしです。全員を殺すと問題が多いでしょうから、一人だけ殺しましょう。そうすれば他の諸侯も王に逆らえばどうなるか理解し、今後も少しは大人しくなるでしょう」
「まるで暴君だな。しかし――」
案外悪くないと思えてきました。
国を護るためには綺麗事ばかりではやっていけません。時には非情な手段を採らなければいけない時もあるのです。
今回の件に関しては、どちらにせよ誰かが犠牲にならなければならないので、最小限の被害で済むよう、死んでもさほど困らない諸侯を反逆者として処刑することに決めました。
問題は無事に解決し、飢饉は乗り切りました。
そして悲劇が始まります。
半年後、処刑された諸侯の息子が領民を率いて反旗を翻しました。
それをあっさりと鎮圧し、この息子の処遇をどうするか考えます。
「殺してしまいましょう。本人が『命のある限り復讐を諦めない』と言っているのですから危険分子を生かしておく道理はないでしょう」
王様は処刑することにしました。
すると王様の地位を狙っている一部の諸侯が「王は暴虐なお方だ」と悪評を流すようになりました。やれやれと思いながらも王様は静観します。ここで手を出せばそれこそ相手の思う壺だからです。
しかし王様の忠臣は黙っていられず、ついカッとなって諸侯の一人を殺してしまいました。それみたことかと残りの諸侯達は一斉に王を批判し、あれよあれよと言う間に革命軍とやらを結成して内乱の勃発です。
これもなんとか治めたのですが、大飢饉と内乱のコンボで少なからずのダメージを受けてしまい国が疲弊。治安が悪化し、国民から不満の感情が湧き上がります。時間をかければ解決出来る問題でしたが、もたもたしていると他国に付け入る隙を与えることになってしまいます。すぐにでも解決する必要がありました。
「国を安定させるには最早恐怖政治しかないでしょう。暴力で従わせるのです」
やむなしと、法を犯す者は拷問の末、晒し首にすると決めました。
王の評判は地に堕ちましたが、国は急速に回復し出します。
やっと一息つけるかと思えば、この状況に勝手に危機感を覚えた隣国が『圧政に苦しむ国民を解放』すると攻めてきました。
「徹底的に蹂躙してやりましょう」
度重なる面倒事に内心イラついていた王様は隣国の兵を虐殺しながら勝利を収めます。
やりすぎた、と我に返った時には手遅れで各国は王様の残虐な行為を批判しました。
「こうなっては王様が責任を取るか、王様が世界の王になるかのどちらかしか事態を収束させる方法はないでしょう。私は王様が真に国を思って行動されてきたことを知っています。ですから私は王様が世界の王になって世を平穏無事な世界に導いて欲しいと願います」
戦争の始まりです。全ての国を巻き込み、あらゆる者を不幸のどん底に突き落とす大きな大きな戦が幕を開けたのです。
――さて、それからほんの数日後、戦場と化した市街地に休暇を終えた魔法使いの姿がありました。魔法使いは眼下で何故あの賢王の兵士達が他国の人々を虐殺しているのか考え巡らせ、すぐに事情を察します。
そして――
「なんだ、やっぱり人はバカじゃないか」
そう一人笑うのでした。