第49話 ジルとデート(前編)
私が自分を男だと言い始めたのは3歳の頃。お爺様の後を継ぐはずの父様が亡くなった時だった。ヘルト家は代々男が家を継ぐはずが、父様がいなくなったことで慣習は断たれてしまい、それを嘆いた母の「この子が男の子だったら――」の一言が全ての始まり。幼いながらも『私は女でいちゃいけないんだ』と理解した私は、ぬいぐるみを捨てて武器を手に取るようになり――。
あれから約10年。
今では私もすっかり男らしくなった。
鏡に映る私は10人が見れば10人――とはいかないまでも半数は男だと答えるはずだ。心も男みたいなものだし、もはや私は男だと言っても過言じゃないだろう。唯一の懸念材料は最近胸が膨らみ始めたことだが……。
「それでも私の本質は変わらない」
肉体的には女だとしても私は男だ。
例え家を勘当されたとしてもこの考えを変えるつもりはない。それだけ私の心に深く根付いているのだ。
だから“彼女”の発言は看過できるものではない。
彼女――アリサ君に変身した私は、所詮偽物は偽物であり本物にはなれないと言った。あれはジルに向けての発言のようだったが私にも向けられていた。つまり私が女である以上、男にはなれないのだ、と。
そんなはずはない。
確かに大多数はその通りだろうが、中には例外だってあるはずだ。偽物が本物を超えることだって有り得る。
「……よし」
今日のデートで私はそこらの男よりも男らしいということを自分自身に証明してやろうじゃないか!!
期待と決意と僅かな緊張を胸に待ち合わせの場所へと足を運ぶと、遠目からでもハッキリと分かる私の天使がいた。我が天使は赤地に白いファーで縁取りされた服と、先端に丸いもこもこが着いた赤い帽子を被っている。
な、なんだアレは!? 可愛すぎるぞ!?
見たことのない服だが、実によく似合っている。
早く直接ジルに言ってやりたい。
「おや?」
誰かと話しているぞ?
「いいじゃんかよー、俺達と遊びに行こうぜ~」
「君だってそんな派手な格好してるんだしさ、男を釣ろうとしてたんでしょ?」
「あの……私には待ち合わせている人がいるので……」
「ならその人と一緒ならどうだい? 大人数の方が楽しいよきっと」
っ、ジルの可愛さに惹かれて害虫が寄って来たか……!!
「おい、お前達!! 私のフィアンセに近付かないでもらおうか!!」
「レイシア!」
ジルを庇うようにして彼女の前に出る。
「ちっ、いい所で……」
「なんだよやっぱ彼氏持ちかよ……」
「あーはいはい、美男美女同士でお似合いですよー。……行こうぜ」
状況次第では切り捨てるつもりでいたが、3匹の害虫は抵抗することなくこの場を後にした。ジルに話しかけた罪を償わせてやろうと思ったのに残念だ。
「さ、もう大丈夫だよ。奴らには指一本触れられていないよね?」
「うん大丈夫。レイシアのおかげだよ」
くう~~~~~~~~~~っ、嬉しいことを言ってくれる!!
だが最初から私がジルに付いていればこんな危険な目に遭わせなかったことを思うと……。
「やはり待ち合わせなどせず、一緒に部屋を出ればよかったんじゃないかい?」
せっかく同じ屋根の下にいたんだから、わざわざ時間をズラして出かける必要性もないだろうに。
「もうわかってないなー。こういうのは待ち合わせが大事なんだよ?」
そういうものなのだろうか?
今までは他人が私のペースに合わせることが多かったから、いまいちピンとこないな。
「あ、分かんないって顔してる。意外とレイシアって女心を理解していないんだね」
「むう、そんなことはないぞ。これでも女の子とのデートは初めてじゃないからね。多少なりとも心得は分かっているつもりだよ」
「デートじゃなくてただの買い物けどね。でもそういうことなら今日はレイシアに全部お任せしようかな」
「望むところさ!!」
ふふふ、下調べをちゃんとしてジルが好きそうな場所は予めチェックしてある。デートプランはバッチリだ。
まずは適当に歩きながら会話を楽しみ、いけそうだったら大人の休息所へGO。ダメだったら洋服屋を見回りながらお昼まで待つ。昼食をとって、雰囲気が良ければ休息所へGO。これもダメだったら小物を取り扱っている店を覗きつつ、ジルに似合いそうな物をプレゼント。そして喜ぶジルを連れて休息所へGOだ。
ぐふふふ、早くジルの体をすみずみまで楽しみたいな!!
「きゃー!! みてみて!! あれ、すっごく可愛い!!」
「ああ、すごく可愛いな」
時刻は3時過ぎ。
ガードが固くてまだ休息所には行けてないが、デート自体は極めて順調だ。
ジルは気怠そうにダレている謎の動物のぬいぐるみを見てえらく興奮しており、その姿がまたとても可愛いらしくて微笑ましい。ずっと眺めていると浄化されてしまいそうなくらいだ。
「んー……どうしようかな……。買っちゃおうかな……」
「…………」
悩んでいる姿も見惚れる程に可愛らしい。
――そう、ジルは何をやっても可愛いのだ。笑っても、喜んでも、怒っても、悲しんでも、悩んでいても一挙手一投足の全てが可愛いと思える。しかも凄いのが、そこに不自然さを一切感じさせないことだ。
例えば、レストイアの巫女なんかは見た目は可愛いが演技している感じがどうしても伝わってきてしまう。どこかあの可愛さに不自然さを感じてしまうのだ。だけどジルは違う。ジルは他の人がやればあざとく思える行動でも全く違和感がない。ごく自然なのだ。打算や駆け引きなどなく、ただありのままに振舞っているだけ。
……まったく、奇跡みたいな存在だよジルは。アリサ君はああ言っていたけど、ジルはどこからどうみても絶世の美少女。疑う余地なんてない。そんなジルと一緒にいられる私は怨恨から背中を刺されてもおかしくないレベルだ。
「なあ、もしかしてジルかい?」
「はい?」
「ん?」
恐る恐ると、金髪の弱そうな男が話しかけてきた。
誰だろう。ジルを知っているみたいだが……。
「ミュランじゃない! どうしたの? 貴方も買い物?」
ミュラン?
どこかで聞いた名前だが……ダメだ、思い出せない。
「まあね。……しかし今日の君は随分と変わった格好をしているね。どこかの民族衣装かい?」
しまった……!!
服を褒めるのを忘れていた!!
「正解。『サンタ』って呼ばれる人達が着る服だよ」
「へえー、聞いたことがないな。どこに住んでいるんだい?」
「それよりもどう? 似合ってる?」
「……なんか今日は一段と女っぽくないかい? まあ、似合ってはいるけどさ」
「ふふ、ここでちゃんと似合っていると言えるってことはミュランも成長してるんだね」
「!?」
ジルが他の男に笑みを……?
「成長、というよりかは君に慣れただけな気もするけど」
「ううん、ミュランは本当に成長したよ」
あの優しい目……。
っ。
「な、なななな、どうしたんだい急に!? 変だぞ!? また僕を試しているのかい!? それとも何か罠を――」
「こっちだジル」
「え――きゃあ!?」
「あれー?」
私はジルの手を強引に掴むと、いけ好かない金髪クソ野郎から一秒でも早く遠ざかるように走り出した。
途中で何度かジルが待ったをかけたも聞かずに走り続け、人気のない路地裏に辿り着くまで一気に駆け抜けた。
「はぁ……はぁ………はぁ…ど……し……たの……急に……?」
「どうしたもこうしたも――いや、すまない……。私が悪かった」
激昂に体が支配されそうになるが、ジルの辛そうな姿を見た途端にそんな物は吹き飛んで冷静さが蘇ってくる。
「……ねえ。どうしたの……?」
「うっ」
情けなくて説明したくない……したくないが……。
「あのパツキンに嫉妬した……」
小声でボソッと言う。
そうさ、ジルが私以外の男と話すのを見て耐えられなくなったのさ!!
「そっか……。ごめんね」
「そんな……!! ジルは何も悪くない!!」
嫉妬に狂って暴走しかけるなんて未熟の証明だ。しかもそれにジルを巻き込むなんて……。
「私も女心がどうとか言っておきながら、レイシアの気持ちを考えてなかった。あの場で私がミュランとお喋りしてたらどうなるか分かりそうなのにね……」
くっ、なんていい子なんだ!!
そしてしゅんと落ち込む姿も可愛い!!
「分かったよジル。じゃあお互いが悪かったということで、仲直りのハグをしよう」
「もう、調子に乗らないの。するなら握手までだよ」
ジルのあの白くてほっそりした手を堪能できるんだから握手でも充分だ。
はやる気持ちを抑えながらゆっくり手を差し出し――。
「みーつけた」
「「――」」
いきなりの怪しげな男の声にすぐさま手を引っ込めた私は臨戦態勢へ移行した。