第47話 変人どもの宴
「助けてティリカぁあああああああああああ!!」
「きゃあ!? な、なによ、なんでアンタがウチに来るわけ!? ……はっ、まさかアリサとスイレン様がいない間にあたしをどうにかしようと……」
「へえ。ここがジルの住処かい? 広いし空気も澄んでいるし、外には可愛い精霊も多い上にメイドもいるなんて素晴らしい場所じゃないか!」
「ちょっと誰よそのイケメンな女!? アンタ、アリサと付き合っている癖にもう別な女に手を出そうってわけ!? しかもよりによってこの家に連れて来るなんて……信じられない!!」
「おっと、主人に向かって乱暴な口を利くなんていけないメイドさんだ。これはお仕置きが必要だね。……うん、メイドへの教育は必要最低限に含まれるから大丈夫大丈夫」
「な、なによこいつ!? ヤバそうな臭いがプンプンするんだけど!?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら手をワキワキさせ、ティリカにゆっくり近づくレイシア。基本的に誰に対しても強気な態度を崩さないティリカも未知の生物相手には分が悪いようだ。
……このまま放置すると後が怖そうだし、早いとこ説明しないとダメか。
「ちょい待てレイシア。彼女はあのスイレン様の契約者だぞ。気軽に手を出せる相手じゃない。んで、ここは俺の家じゃなくて彼女達が住む別荘だ」
「ほほう、君があの……。なるほどね、皆が君を狙う理由が分かる気がするよ。どうだい、今日は私達の出逢いを祝して――っとっとっと、失礼。私はレイシア・ルイテル・ヘルトだ。君と同い年のはずだし、好きに呼んでくれて構わないよ」
口説く気満々で甘い声を出していたが、途中でルールを思い出したのか急に真面目な声になった。……ちっ。
「それで? なんでアンタらがここに来るわけ?」
「それはだな――」
大ざっぱな流れを説明する。
レイシアとの出会いから求婚されるまでと、賭けをする破目になったこと、そして2人っきりになりたくないからここに来たことなどを出来るだけ俺が可哀想に聞こえるように話した。
「あとアリサにお姉ちゃんをよろしくって頼まれたってのもある」
まあ最大の理由はアリサと付き合ってからのティリカのツンツンっぷりが酷いから、そろそろ何とかしたいっていうのだけど……もちろん黙っておく。
「ちょっとそんなくだらないことにあたしを巻き込まないでくれる!? それに子供じゃないんだから1人でも大丈夫だから! 分かったらさっさっと出て行ってよ!」
くっ、やはり簡単には受け入れてくれないか。
だがこっちも『はいそうですか』と諦めたりしないぞ。
「お願いティリカ……!! 私にはティリカしか頼れる人がいないの!!」
「ふ、ふん、そんな潤んだ目したって無駄なんだから!」
「本当に……ダメ……?」
「うっ……だ、ダメよ……!!」
あともう一押しかな?
「いいじゃないか。数日くらい泊めてあげよう」
と、何故かここでレイシアが許可をくれた。
「本当!? やった!!」
とりあえず喜んでおこう。
「何で部外者が勝手に決めてんのよ!? アンタだってここよりもジルの家の方がいいでしょ!?」
「そりゃあジルの家にも行ってみたいさ。でも彼女はまだ恥ずかしがっているようだからね、無理は言わないのさ」
「じゃあそこら辺の宿でも行きなさいよ!」
「断る!! 宿には君みたいな美少女メイドはいないじゃないか!! お喋りやボディタッチは出来なくとも眼福にはなるんだよ!!」
「なっ……。はあ……呆れた。まさか帝国の姫がこんな変人だったなんて……」
ん?
「姫?」
姫って誰だよ。
この場にはメイドとレズと美少女しかいないぞ。
「知らないの? レイシアって言ったらあのリヒャルトの孫娘じゃん。才色兼備で実力もあるから“姫”なんて呼ばれてあっちじゃ有名らしいわよ」
「はあ」
レイシアが姫だって? どこが?
見た目は……ちゃんとすれば悪くないだろうし実力もあるのかもしれないが、性格が致命的に姫じゃないだろ。彼女の女好きからして姫というよりかは“すけこまし王子”の方がしっくりくる。
「ふふ、やっぱりそういう反応になったね。でもそれは正しい反応だよ。私も正直“姫”なんて大層な呼び方をされて困っているんだ」
「そうなの? でも理由もないのに姫なんて呼ばないでしょ。何かそれなりのエピソードがあるんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど……」
おや?
初めて彼女の歯切れが悪くなった。
どうしたもんかなーと呟きながら悩んでいる。
「……うん、説明するより実際に見てもらった方が早いか。どうなるかは賭けになるけど……ジルには知っておいて欲しいし仕方ない」
「「?」」
「じゃあいくよ。くれぐれも驚かないでくれよ」
そう言ってパンと手を叩くと、レイシアの体が光り出した。
「な、なんだあ!?」
「眩しっ!?」
光は徐々に激しさを増し、遂には光が体全体を覆って直視できなくなる程に。そしてピークが過ぎると光はゆっくりと落ち着き始め、完全に光が収まるとそこには――。
「ごめんなさい、眩しかったよね」
白を基調とするドレスを着た美少女がいた。
「「誰!?」」
意図せずティリカとハモった。
その少女はレイシアと同じ髪の色、背、顔立ちだが、それ以外の全てが違うと言っても過言ではない。
さっきまでいたレズはティアラを頭に乗っけていなかったし、フィンガーレスグローブも着けていなかったし、笑顔と“お姫様”という呼び名が似合う美少女でもなかった。
「うふふ、レイシアよ、レ・イ・シ・ア。今度は期待通りの反応で嬉しいわ」
「マジで?」
本当にレイシアなのか?
声の高さと口調まで違うじゃん……。
つーか、胸も若干大きくなってないか?
「え、いや、どうなってるの……?」
ティリカも俺と同じで困惑している。
「私もね、実の所よく分かってないんだけど、私がその気になるとしばらく服装と性格が変わっちゃうの。ふふ、面白いでしょ?」
「面白い、かしら……?」
「パーティーとか公の行事に参加する時はほとんどこの姿だったから、いつの間にか“姫”なんて呼ばれるようになっちゃったの」
「どうなっているのかしらね……」
「……」
普通の人はその気になるだけで服装、ましてや性格まで変わりはしない。魔法が発動した痕跡もなかったし、考えられるとしたら――やっぱり能力しか有り得ないよな。……調べてみるか。
『レイシアの能力を調べますか? YES or NO』
YESっと。
『…………解析完了。結果を表示します』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【能力者】
レイシア・ルイテル・ヘルト
【能力】
限定適応
【仕様】
一定時間、能力者の意思を損なわない範囲で周囲の状況に適した姿・性格となる。
変化する際は20%の確率で光る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……」
えーっと……つまり目の前の存在はレイシアが能力で変身した姿、と。
状況に適した姿になるはずなのにお姫様みたいな格好になったのは……俺とティリカが姫と呼ばれる由来を知りたがり、レイシアが教える気になったから、かな?
ふむ……。
周囲の状況で結果が変わる能力か……。たぶん、街中でその能力を使えばまた別の姿になるんだろう。なかなかユニークな能力だよな。ただ、光る必要性はこれっぽっちも感じないが。
「で、どうティリカ。今の私は可愛い?」
「可愛い……というよりは美しい、です……はい」
ふんわりとした笑みを向けられてティリカが顔を赤くしている。
凄いな。
本当に別人にしか見えない。
悔しいが俺も学ぶ所がありそうだな。
「ねえねえ、今の私ならジルは付き合ってくれる!?」
あ、見た目や性格が変わっても本質は変わらないんですね。
「お断りします」
「残念……。はぁー、なんだか落ち込んだらお腹が空いてきちゃった。ねえ、ティリカ。私、クッキーが食べたいな!」
「……い、いいわ、不思議なものを見せてくれたお礼にお茶とクッキーくらいは出してあげる」
妙に早口で捲し立てると奥の部屋に行ってしまった。
それを確認するとレイシアが俺に顔を近づけてくる。
「ジル」
「……なに?」
「ティリカはレズだわ」
「!!」
やはりそうか……!!
彼女は可愛い女性や綺麗な人を前にすると慌てることが多かったからな……。もしかしてとは思っていたけど、同じレズがそう言うなら間違いないんだろう。
「ジルに冷たいのはアリサと付き合っているからじゃなくて、ジルが男か女か彼女の中でハッキリしてないから。だからジルが女として振舞えば彼女はイチコロよ」
「いや、例えそうでも女として接するのは……」
いろいろ不味いよな。
「ティリカのデレた所、見たくないの?」
「!?」
「協力するから、試しに一回だけやってみましょう? ね?」
あ、悪魔の囁きが……。
「じゃ、じゃあ一回だけ……」
「決まりね! それじゃあ――えい!」
「うおっ!?」
彼女が手を叩くと、俺の服装が女子の制服からフリル多めの水色ドレスに変化した。
「か、くぁわいいい……!! 襲っちゃいたいくらいカワイイ…!! でも我慢、我慢よ……。美少女同士を仲よくさせなくちゃ……!!」
うわぁ、花冠に、肘まであるドレスグローブ、靴はガラスの靴になってる。……ヤバい、テンション上がってきた!!!!
「さあ席に着いて待ちましょう。互いに貴族の女の子っぽく振舞えばメイドの1人くらいちょちょいのちょいよ!」
「任せて! 完璧に演じてみせるわ!」
そして待つこと5分――。
「お待たせー。紅茶もいれてたら遅くなっちゃっ――!?!?!?!?!?!?」
紅茶とクッキーを持ってきたティリカが私達を見てのけ反りながら驚いています。
「どうしたの?」
「ほら、早くしないと紅茶が冷めちゃうわ」
「え、う、うん。……ジルも何時の間にか着替えたのね。びっくりしちゃったじゃない」
「あら、ダメよ。ここは淑女の社交場。気品、優雅さ、礼節を以て臨む場よ。メイドである貴女がそんなはしたない言葉遣いでは私達の品格が疑われちゃうわ」
「ふぇ? あ、はい、すいませ――いえ、申し訳ありせん」
「さすがレイシアさんだわ! お茶会について、とってもお詳しいのね。勉強になるわ!」
「!?」
私の発言を受けてまたしてもティリカが目を丸くしたけど、すぐに目の色を変えて紅茶とクッキーを並べ出しました。どうやら今はメイドとしての役目を全うする気みたい。
「どうぞ。冷めないうちにお召し上がりください」
目の前の紅茶とクッキーからは鼻孔をくすぐる香りがして食欲をそそります。
お腹が鳴る前に早速一枚頂いてしまいましょう!
「ダメよジル」
「?」
レイシアさんに待ったをかけられてしまいました。……私、やっちゃったかしら?
「まずはメイドに試食してもらわないと。出された食べ物に毒が入っていないか確かめるの。さ、ティリカに食べさせてあげて」
なるほど……重要ね。
「分かったわ。はい、ティリカ、あ~~ん」
クッキーを摘み、そっとティリカの口へと差し出します。
「あ、あーーん。……もぐもぐ」
恥ずかしさに顔を赤くして口を動かすティリカはとっっても可愛いです!!
まるで小動物にエサをあげているみたいで心もポカポカしてきますね。
「はい、もう一枚どうぞ」
「あーーん」
「ああ、素敵……。この光景を絵にしたいわ……。タイトルはそう、『天国』ね」
「どう? 美味しい?」
「は、はい。甘くてサクサクしていて美味しいです」
「ふふ、じゃあティリカも一緒に食べましょう。美味しいものは皆で食べた方がもっと美味しくなるわ」
「あ……い、いえ……自分はメイドですから。お2人の分に手を付けるわけにいきません。……な、なので、また食べさせてもらえますか……?」
「「!?」」
くふっ。
今のは凄かったわ!!
とんでもない破壊力よ!!
ティリカ……なんて恐ろしい子……!!
「いいわ、私が何回でも食べさせてあげる!」
「ありがとうございます!」
「素敵! すっごく素敵だわ! こんな素敵なお茶会は初めて!!」
その後も私達はお茶会を続け、ティリカに世話をしてもらったり、してあげたりしながら楽しい夜を過ごしました。
――朝起きたら凄まじい自己嫌悪に襲われたのは言うまでもない。