ゲームヒロイン・オールスターバトル
轟音のような雷鳴、視界を奪われるような凄まじい雷光。
髪を乱し鼓膜を通り抜ける豪風、地響き。
相手を見据えるその目は互いに見下し合い、さも自分こそ正義とでも言いたげ
な目をしている。
彼女の名は大杉蘭、プロフィールは至って普通な女子高生。
趣味は読書。五月という妙な時期に転校してきたにもかかわらず、何故か学園
内のイケメン集団に惚れられる。
株式会社メオリン作成の乙女ゲー「キャンディ・ハート」の主人公である。
もう一人、彼女を眺め妖艶な微笑を浮かべる者がいる。
彼女の名は鳳凰院龍華。
資産家の娘でありとある学園の生徒会長を務め、学園内成績ナンバー1を誇る
完璧超人。
趣味は華道、茶道などお嬢様らしくおしとやかな物を揃えている。
株式会社ハーヴィア作成のギャルゲー「雨上がりの空のしたで」のメインヒロ
インの一人である。
「さあ始まりました! ゲームヒロイン・オールスターバトル決勝戦!」
『さて……今回のバトル種目はいったい何なのでしょうか?』
晴れやかに解説と実況を行うのは、
二人とも別のゲームのモブキャラであり、放送委員の方々。
あ……私ですか?
私はさっき紹介のあった乙女ゲー「キャンディー・ハート」のモブキャラを任
されております、ちなみに蘭さんと同じクラスです!
ですから個人的には蘭さんに勝って欲しいです。
モブキャラとして応援席で精一杯応援したいと思います。
蘭さん! 頑張ってください!
――実況席
「いやー……今回は本当どんな種目なんでしょうね?」
『一回戦の種目ニコポ・ナデポは見ていて顔が熱くなりましたね~』
「はい~。多勢のヒロインさんの笑顔も可愛かったですし、何より頭を撫でられ
て恥ずかしがってる男の子たちがヤバかったですね~」
『あれはもう鼻血物でしたね。後でムービー見ましょうか? あらゆる角度から
高画質で録画してありますよ?』
「ええ~! 見たい見たい見たい~!」
一回戦は確かにヤバかった。
総勢数千人を誇るヒロインの笑顔判定。
さらにはゲーム内のモブキャラ(男の子)を連れてきて、頭を撫でられるという
公開処刑――いえ公開天国により会場の気温が3℃くらい上がっていた。
ちなみにギャルゲーヒロインに多かったツンデレ属性さんはここでほとんど脱
落しました。
自然な笑顔が作れないだとか何とか、
開始七割を占めていた金髪ツインテールが全員退場している様は、まるで冷や
し中華麺を流しているようで凄く美味しそうでした。
ごちそうさま。
二回戦の相撲も凄かった。
遠慮のない力と力のぶつかり合い。
意外とギャルゲーヒロインさんはパワフルな方が多いのですね。
デブ……いえ、少々ガタイの良いヒロインさんがいともたやすく投げ飛ばされ
た時は会場中から歓声が湧きましたね。
思わず私も叫んでしまいました。
ごっつぁんです。
ここでドジっ娘さんとスポーツ女子が勝ち残りました。
逆に大人しめの文学少女やロリ系幼女キャラは一瞬で消え去りましたね。
蘭さんが勝ち残った事に私は嬉しいながらも驚きましたね。
流石空手の女王!
――あれ? それは違う人だったっけ……?
ちなみに三回戦はお料理バトルでした。
ここは乙女ゲー主人公強かったですね、それとギャルゲーヒロインさんの幼馴
染キャラ。
奇抜な物から見た瞬間お腹が鳴りそうな物まで、
本当色々ありましたね。
すっごいブッ飛んだ物もありましたけど……
ヤンデレヒロインさんの作ったハートだらけのチョコレート、いったいあの後
誰が美味しく頂いたのでしょう。
スタッフさん頑張ってください!
四回戦が多勢の脱落者を出しましたね。
なにせヒロインの王座を決める戦いで、まさか超能力バトルやるとは考えもし
ませんもの。
不戦敗の方々がここで数百人は出ました。
実質の準決勝でもありましたね。
蘭さんはテレポートを繰り広げ、観客を圧倒させていました。
――蘭さん超能力者だったんですね。知りませんでした。
流石乙女ゲーのヒロインです。
ここで冒頭の決勝戦に突入したのです。
あ。実況席から今回のお題と、勝ち残った二人の紹介をもう一度行うようです
よ。
――実況席
「さて! 決勝戦ですよ」
『知ってる』
「どうしたんですか? あまり元気が無いようですが」
『私も男の子の頭撫でて、あんな甘~い顔されてみたい……』
「……はい! それでは決勝進出キャラの今までの戦績を踏まえたうえでの紹介
を始めたいと思います!」
『ちょっ……華麗にスルーしないでよ!』
整った目鼻。
ちょっぴりドジな面を持ちながら、学園中の男性キャラを虜にするというまさ
にお姫様。
お料理対決では「ほっこりするお弁当」で男性陣から多数の評価をいただきま
した!
例えるなら可憐なる小さな花、乙女ゲーキャラ代表! 大杉蘭。
妖艶なるお嬢様。
今までの対決も全てカネで物を言わせ、一つとしてご自身で取り組まずにここ
まで駆け上がりました。
まさにカネの帝王!
得意技は「みがわり」だそうです。鳳凰院龍華!
鳳凰院さんの戦い方は凄まじかった。
一回戦では可愛らしいメイドなお姉さんを連れてきて、オタク男子を根こそぎ
丸め込み、
二回戦では有名力士のコヌシキを連れてきて無双。
三回戦では超有名料理人の海越シェフを連れてきて勝利。
四回戦では古泉○樹を連れてきて軽く微笑させてましたし、
決勝戦では誰を連れてくるのかが見ものですね!
――蘭さん、この面子によく勝てました。えらいです!
後で精一杯の愛を込めてナデポしてあげますよ。
特大の電光掲示板に決勝戦の種目が表示され、
出場者を含む観客全員がその種目を見て驚愕した。
『闘い』
闘いですよ。
ただそれだけ、
それ以上でもそれ未以下でも無く「闘い」です。
いわゆるお互いが最も得意な流儀で競い合う――まさにグラッ○ラー○牙です
ね。
最後はやはり特技同士のぶつかり合いですか、
ここは私も目が離せません!
蘭さんが立ち上がり、両手を身体の前に向けて何やら溜めているようです。
か○はめ波でも出すのでしょうか?
髪が金髪になり逆だっています!
「UUUUURRRRRYYYYYY!」
蘭さんの――手では無く目から光線が飛び出しました。
まさに「目からビーム」例えなくても目からビームです。
超高速で発射されたビームを鳳凰院さんは片手で弾き返しました。
速すぎて見えなかったので――
あ、今スローリプレイが流れました。
字幕が出ています。読んでみましょう。
『私の耐久力は53万です』
流石! おカネ持ちなお嬢様は凡人とは一味違いますね。
蘭さんが突然消えました!
蘭さんの超能力である瞬間移動の能力らしいですが――
ああっ! 鳳凰院さんのロングスカートの中から蘭さんが出てきました。
必死に何かを叫んでいます。
イオ……?
口の動きは「イオ」なのですが……
またリプレイ映像が流れました。
蘭さんの叫んだ言葉の字幕も一緒に流れたようです。
『色は白』
なーんだ。スカートの中身の話でしたか。
鳳凰院さんもとうとう戦闘体勢に入るようです。
鳳凰院さんの高価そうなお洋服がビリビリに破け、
筋肉質な身体がフィールドに姿を現しました。
上半身裸な鳳凰院さんは蘭さんに向かって指を突きたて――
「あたたたたたたたた!」
速すぎて何本にも見える鳳凰院さんの指。
お嬢様という生き物は小さい頃から色々な習い事をするそうですが、
鳳凰院さんは北○神拳を習っておいでだとは……
「無駄無駄無駄無駄ァ!」
金髪を逆立たせたままの蘭さんは鳳凰院さんのラッシュを、
いともたやすくえげつなく己の拳で受け止めている。
もしかして……
蘭さんの能力は瞬間移動では無く時を――
空間が歪みそうになる衝撃。
観客席からどよめきがおこる。
――どうやらフィールドに穴が空いたらしい。
しかし決闘者はお互いに殴るのを止めなぁい!
「ああぁぁぁぁ!」
蘭さんの強烈な拳が鳳凰院さんのみぞおちにクリーンヒットしました。
衝撃で鳳凰院さんの背中が「ボコン!」と膨れ上がり、
後方へと吹き飛んだ彼女はフィールドの外壁へと身体を打ち付けた!
痛そうです。
鳳凰院さんは懐から携帯電話を取り出し、
どこかに電話をかけています。
「すぐ来てーっ!」
「カネは用意したか?」
電話を切ると同時にツギハギの黒いお医者さんが乱入してきました。
流石おカネ持ち。
一瞬でブラック・○ャック先生を呼べるんですね。
「私の預金口座内のカネ全部でどう?」
「残額はいくらだ?」
「私の預金残高は53億万円です」
「よし! 良いだろう」
――実況席
「鳳凰院龍華の治療中、しばらくお待ちくださいねっ」
『いやー……しかし53億万円とはどのくらいの金額なのですか?』
「53円の一億万倍ですよ」
『いやっ――私が聞いているのは――』
「おっとぉ! 治療が終わったようですよ?」
『無視すんなゴルァァァァ!』
全身の怪我を綺麗に治した鳳凰院さんがフィールドへと舞い戻ってきました。
蘭さんはカップ麺を美味しそうに食べています。
治療にちょうど三分間かかったようですね。
私もさっき即席焼きそばを作ってみたんですが、
ペ○ングってお湯捨てなきゃいけないらしいです。
でも学園内闘技場の観客席にお湯を捨てる場所も無く、
私はお湯を入れたままズルズルと食べました。
ソーススープな良い匂いが私の鼻腔を刺激し美味でした……
泣いてなんかいません。
グスン……
再開した蘭さんと鳳凰院さんのガチンコバトル。
己の魂を込めた拳を打ち付け合う、
まさに漢同士のバトル!
ヒロインとしての頂点を極めるこの戦闘は、
果たしてお二人のどちらが制するのでしょう?
――私は蘭さんを応援しますね。
「このままじゃ埒があかないわ」
「そうね……こんなの無意味よ」
蘭さんと鳳凰院さんは少々疲れてしまったようです。
お互いに息を荒くして向かい合っています。
――蘭さん! トドメ刺すなら今ですよ。
「ここに我が学園の宝である『栄光のカップ』があるわ」
鳳凰院さんはロングスカートの中から黄金の優勝カップを取り出しました。
カップを見た感想ですか?
凄く……大きいです。
「審判さん!」
審判の冴えないお兄さんが鳳凰院さんに近づき、
「栄光のカップ」とやらを受け取った。
「今からそのカップを上へ投げて頂戴! それをキャッチした方が、今回の優
勝者にするわ」
何と!
ヒロイン・オールスターバトルの優勝者は文字通り「栄光」を手にした物と
いうことですね。
敵ながらあっぱれです。鳳凰院さん。
審判さんは蘭さんと鳳凰院さんを交互に見据え、
静かに頷くと――
天に向かって思いっきり「栄光のカップ」をぶん投げました。
物凄い馬鹿力。
審判の手から放たれたカップは闘技場の天井まで吹っ飛び、
天井にぶつかって跳ね返って来ました。
――危ない!
予想外の展開にびっくりして、私は思わずギュッと目をつぶってしまいまし
た。
私が目を開けると、観客が全員唖然とした様子で私を見つめています。
何かあったのでしょうか?
それよりも!
栄光は誰の手に?
私は誰かに結果を聞こうと辺りをキョロキョロしていると、
審判さんの大きな声が耳に入りました。
「優勝者は――株式会社メオリン作成の乙女ゲー『キャンディ・ハート』の――」
やった!
蘭さんが勝ったんだわ!
「名前も無いモブキャラさんです!」
辺りからの盛大な拍手。
私を囲んで観客全員で拍手をしている。
――何?
何が起こったんですか?
私は状況の把握をしようと、
手に持ったペ○ングの続きを食べようと中を覗き込むと――
「ふぇぇ!?」
ペ○ングはどこかに消え去り、
私の手の中には「栄光のカップ」がしっかりと包み込まれていました。
ペ○ング!
私のペ○ングは!?
下の方を見ると、
観客の一人が頭から焼きそばをかぶっているのが見え、
私はこれ以上ペ○ングについて騒ぎ立てるのをやめることにしました。
盛大な拍手とともに、
私はフィールドへとゆっくり下りていく。
フィールド上では憧れの蘭さんと鳳凰院さんが微笑みながら拍手をしています。
「すみません。ヒロインでも主人公でも無い私なんかがオールスタークイーンの
座を奪ってしまって……」
「いいのよ。気にしないで」
「これが結果ですもの。誰もあなたを責めたりしませんわ」
蘭さんと鳳凰院さんに精一杯抱きしめられ、私は凄く幸福でした。
今年はゲームヒロイン・オールスターバトル初の、
男性キャラが王座へと座った記念の年となった。
主人公の「モブキャラ」は男の子です。