少女の探しもの
この小説は二部構成となっています。
どちらから読んでも、支障はない・・・・はずです。
個人的には「探しもの」→「届けもの」の順をオススメします。
開国したせいか、西洋の文化が流れ始め、急速に文明が発展した今。大通りには街灯が置かれ夜中でも昼間のような明るさを保つが、流石に真夜中である午前2時が過ぎると明かりが燈されることはない。
少女にとって誰もかもが眠りにつき、文明の発展さえも姿を消すこの時間帯が本番と言ってもいい。
本をめくり、ランプの光に照らされた文字を追っていく。
暫く本を読んでいた少女は顔を顰め、首を振る。そのすぐ傍で積み上げられた本の山に今まで読んでいた本を置き、隣の山から新しい本を取り出す。
それをただ繰り返している内に、本をめくる音と時折風が木々を揺らす音以外聞こえないはずなのに、どこからかタッタッと時折途切れ途切れな軽やかな足音が聞こえてきた。
すぐ近くにある大通りでもなければ家の中でもない。少しずつ大きくなっていく足音の発生源は―――上だ。
少女はびくりと体を揺らし、持っていた本を胸に抱きしめ、不安げに目を天井へと目を向ける。
こんな時間に、しかも通り道ではない上から。まだ十を過ぎたばかりの少女の不安を掻き立てるには十分な材料だ。
確実に近づいてくる音にきつく目を閉じ、体を丸め、ただ音が過ぎることを祈る。
そして、足音は鈴のちょうど真上まで来ると、ぴたりと止まった。
不思議に思いおそるおそる目を開ける。すると、目の前のバルコニーに何か黒い影が見え、次いでギッと、扉が軋みながら開く音がした。
「ひっ」
少女は本を放り出し、部屋の隅へと逃げようとするが、敷かれた絨毯に足を取られ派手に転倒してしまう。
「――――大丈夫?」
早く逃げなければ、と考える少女の耳にそんな声が聞こえ、混乱していた頭が少し落ち着いてくる。
ランプが点いているとはいえ視界が不自由な中、じっと目をこらし、そして瞬いた。
「男、の子?」
少女と変わらない年齢と思われる少年は困ったように笑いながら少女が投げ出した本を拾い、少女の目線に合わせるように腰を落とした。
「ごめんね、怖がらせるつもりはなかったんだ」
へにゃりと眉を下げ、謝る少年に少女はふるふると首を振る。
「大丈夫。・・・・少し驚いただけだから」
「そっか」
少年は小さく笑い、そして拾った本を少女に差し出す。
「僕の名前は満。君は?」
同い年くらいの少年だが初対面。それに加え大人さえ活動さえあまり活動しないこの時間に一人で行動していた。名前を名乗るべきか憚れるのが当たり前だ。
少女とて善し悪しが分からない年齢ではないはずだ。だけど、この人は大丈夫、そんな気がして、気付けばするりと名前が口から出た。
「鈴、です」
少しどもりつつもはっきりとそう告げ、差し出された本を受け取った。
******
あれから時間を忘れ、色々と話した。
町でのこと、学校でのこと、好きなもの、そのほとんどが満に関してのものだが、外に出れる機会が少ない鈴にとっては夢物語のように聞こえ、心を弾ませてくれる。
時間を忘れ、夢中で話していたせいか、空はうっすらと明るさを帯びてきていた。
少しずつ周囲が鮮明になっていく中、鈴はふと満の姿を見て首を傾げる。
「満って、よく見ると変わった服を着てるよね」
「そう?」
「だって、そんな服見たことないよ」
和服以外の、つまり洋服というのはよく見てきた。現に自分が着ている服だってそうだ。
だが、満が着ている服はどこか違う。分類するとしたら洋服だろうが、今まで見てきたものと比べると簡略化されすぎている気がした。
「そうかな。普通だと思うけど」
首を傾げ、しきりに服を見つめる満に鈴は慌てて手を振った。
「あ、でも気にしないでね。単純に私が見たことがないだけだと思うから」
鈴は外の世界に触れる機会だが少ない。自分が知らないだけで満が着ている服がいつの間にか主流になっているだけなのかもしれない。
ならば、先程の自分の言葉はただの失言だ。
満は「そっか」と呟くだけでそれ以上追及することはなかった。
「それにしても、鈴の部屋には凄い数の本があるね」
鈴同様に視界がはっきりとしてきた満は鈴の部屋を改めて見、ほう、と感嘆ともとれる吐息をもらした。
椅子や机、ベットといった大きな家具を除いた残りの部屋の空間には本という本が埋め尽くされており、足の踏み場というものがほとんどない。
その様子を眺める満を見て、鈴はふと思う。
「満は、本が好きなの?」
「うん、結構読む方かな。鈴は・・・・、って聞くまでもないか。そういえば僕がここに来た時も本を持ってたけど、何読んでたの?」
「あ、それは・・・・」
目を落とし、鈴はずっと持っていた本を撫でる。
「本をね、探してたの」
「本を?」
「うん」
「どんな本?」
「それがね、分からないの」
最初は、少しその本の存在を思い出しただけだった。
タイトルも内容も、本の表紙だって全く覚えていない、存在だけを知っている本。
気にも留めていなかったが、少しずつその存在が自分の中で大きくなり、気付けば何事にも手がつけられないほどにその本を気にしていた。
それからとは言うもの、それを手にしたくて、一日の内の鈴が行動できる僅かな時間を全て使い、膨大な量の本の山からその一冊を探し続けた。
「そっかあ・・・・」
鈴の話をを聞き終えた満は深いため息とともにその言葉を吐き出した。
「ごめんね。話、暗かったかな」
「ううん、大丈夫。・・・・ちょっと安心しただけだよ」
「安心?」
こてりと首を傾げる鈴に満はくしゃりと笑った。次いで、表情が一転し、「あ」と小さな呟きをもらした。
「どうかしたの?」
「僕、そろそろ帰らなきゃ」
「え、もう?」
「朝起きて僕がいなかったら家族が心配するしね」
確かに外を見れば夜の闇を残す部分はなく、耳を澄ませていれば鳥の囀りも聞こえてくる。
早い人だともう起きて活動し始めている時間帯だ。
そして、鈴にとっての一日が終わる時間でもある。
「じゃあ、さよなら、なんだね」
「うん。でも。その前に」
「?」
満は鞄を開き、数冊の本を取り出し、それを鈴の前に置いた。
そこそこ分厚さがあるそれらと満をきょとんとした顔で見つめる。
「鈴って本が好きでしょ? これ、貸してあげるよ」
「いいの?」
「もちろん。ただし、次に会った時に返してくれるかな」
「え、また会いに来てくれるの?」
「もちろん! だから―――約束、だよ」
「うん!」
満は立ち上がり、最初に入ってきた場所であるバルコニーへと向かう。
その背を緩みきった表情で見つめる。
満のことは、最初こそ怪しんだが、話す度にその警戒心も解けていった。
基本一人でいるせいか、満との話は楽しく、ここまで笑ったのは久しぶりだった。
だから、この時間に終わりが来るのがとても寂しく思えた。
満曰く、偶然この家に来たらしく、もう二度と会えないかと可能性だって考えたのに。
――――凄く、嬉しい。
「満!」
突然呼び止められた満は何事かと驚いて振り向く。
「またね!」
両腕を目一杯振りながら、そう満面の笑顔で告げると、満は虚をつかれたような顔をし、そしてゆっくりと微笑んだ。
******
満を見送り、鈴の眠る時間が近づいてくる。
先程からも睡魔は襲ってきていたが、そろそろ限界だ。
借りた本を枕元に置き、ベットへともぐる。
眠いが、得た喜びが中々消えず、鈴は上の本から順に指で撫でていく。そしてその背表紙に書かれた題名を回らない舌で順に呼んでいく。
一番下の本の題名をほとんど回らない舌で唱えてすぐ、鈴は夢の世界へと旅立った。
力が抜けた指は、破れ、かすれてほとんど文字が読めなくなった最後の本の背表紙をするりとなぞった。
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初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。
そらといいます。
前書きで書いた通り、この小説は二部構成となっています。
もう一つの「少年の探しもの」もよかったら読んでください。
久々に明るい小説を書いた気がします。
基本暗い話を好んで書いているせいか、時たま、反動で明るいものが書きたくなります。
でも、そのまた反動のせいか、明るい小説を書くのが苦手・・・・orz
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!