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「もっと」
「……ぼそ、ぼそ……ぼそ」
「もっと!」
「……とし……さく……し……」
「大きな声って意味わかる?」
「今年、も、綺麗な、さ、さくらが、咲くかしら?」
「大きな声出せって言ってるでしょ?」
「今年も大きなさくらが咲くかしらっ!?」
「セリフが違うわよっ!」
あうっ! 間違えました! ゆきのんが『大きな声』なんて何度も言うからです!
「なに恨みがましい顔してるのよ」
ううぅ……。敵でした。ゆきのんはやっぱり敵でした。私は首をぷるぷる振って否定します。怖いです。ゆきのんこそ悪魔です。ゆきのんは細めた眼を閉じると、ふう、とため息を吐きました。
「……ま、でもちゃんと出るじゃないの。大きな声」
そしてそんなことを言って笑うゆきのん。お姫さまのように優しく綺麗な笑顔で。……ずるい。私はその笑顔だけでなぜか『まいっか』と思ってしまうのです。
なぜだろう。もしかしたら、私はこの笑顔に惹かれて――ただそれだけで劇団に入ったのかもしれない。だって、この前の舞台のことを思い出しても、頭に浮かぶのはゆきのんの姿ばかり。とても可愛くて綺麗で強くて優しくて。あんな女の子になれたらと思うと胸が少し苦しくなる。
「私はスパルタよ。覚悟していてね」
「……」
「返事は!?」
「はい」
「普段から大きな声で!」
「はいっ!」
……もう、みっちゃんに報告してきても良いですか? これ、多分、いじめだと思います。ゆきのんは、うんうんと大きく頷いて歌うように「じゃあねー」と言った。……なんかすっごく楽しそうだ。対して私はもうドキドキビクビクです。な、何を要求されるのでしょうか?
「あまり時間ないし、明日までにある程度、台本覚えてきて。うろ覚えでもいいから」
わーお。スパルタです。いや、だってゆきのんの役は主役なわけで! セリフの量もとっても多いわけで!
「まあ、そんなに心配しなくても良いわよ。私も一日で覚えきれるとは思ってないから。横からヒント出せば思い出せるぐらいにしておくと台本持たなくて良いでしょ? それなら私の真似もしやすいじゃない。演劇はね。声だけじゃなくて身体全部使ってやるものなのよ」
……そんなこと言って、きっと覚えてなかったら怒るに決まってる。私、泣きそうです。
「今日はセリフの真似だけで良いから。私の後に続いて台本読むのよ?」
こくんと頷くと、やっぱり「声を出しなさい!」と怒られた。……やっぱり、いじめだと思います。
その日の夜。
「あたし、明日早いんだけど」
大きく欠伸をして目を擦るお母さん。
「ダメ! これ、覚えなきゃいけないの!」
とにかく覚えようとお母さんに手伝ってもらっているのです。
「……これ全部? 何も一日で覚えなくても」
「ダメ! 私はやらなきゃダメなの!」
「……燃えてるねぇ」
……燃えているわけではなく怯えているのです。心配させたくないからお母さんには言わないけど。
結局、台本覚えは日付が変わるまで続きました。……大晦日除けば初めてです。こんなに起きていたのは。