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お久しぶりです。完結まで載せます。
「私、今日、先生に手伝い頼まれちゃったから先に行ってて! 場所わかるわよね?」
放課後、さよならの号令の後、まっすぐにやってきた雪乃ちゃんはそんなことを言い残してさっさと教室を出て行ってしまった。……私が何か言う前に。
場所? ……もちろんわかりますよ? 昨日教えてもらったし、それは大丈夫なんだけど……。雪乃ちゃん、私が入団断るってことは考えてないんですね。もしも、昨日『演劇やらない』という結論になっていたら、断る隙ももらえず、困り果てていたんじゃないかな。良いんだけどね! やってみるって決めたんだし!
学校を正門の方から出てまっすぐ私は歩き始める。まだ梅雨は少し先だけど、今日はだいぶ暑い。早く稽古場に着きたいです。クーラーはないけど、まだあそこの方が涼しいからね。
コンビニを右に曲がって、駐車場を左に曲がって、で後はまっすぐ歩くだけ。それで稽古場のあるビルに……つ、着きませんでした。というより、行き止まりです。
「あ、あれ?」
た、確かにちょっと見たことない道だなぁとは思ったんだけど、一度しか通ってないし見慣れないのも当たり前だとドンドン進んで来ちゃったのです。ひ、一先ず来た道を戻りましょう!
一八〇度方向転換! コンビニを見つけたので今度はさっきと逆方向に左、で駐車場を右。……なんだけど。
「また、違う道に出ちゃいました……」
な、なんでですか? 何か間違えましたか? こういう時はとにかく焦らず落ち着くのが良いとお母さんが言っていたのを思い出す。駐車場のタイヤ止めに腰をかけて一息。うん。縁石で日差しも遮られるので丁度良い。日陰で動かなければ風は十分涼しいし、よし! なんだか落ち着いてきた気がします。
「……落ち着いても状況は変わらないよね」
認めよう。迷子だと。
迷子の時の心得その一。
『人に訊く』→『却下』……だって話しかけるの怖いじゃないですか。
迷子の時の心得その二。
『地図を見る』→『却下』……地図ありませんし、あっても地名が全然わからないのです。
迷子の時の心得その三。
『携帯電話で――』→『即却下』……せめて迷子になるのが来週なら。
……どうしましょう。ああ、やっぱりゆきのんを待っていれば良かった。
「泣いちゃいそう」
「元気出そう?」
誰に言ったでもない私の泣き言に、いつかどこかで聞いたことのあるセリフが答えた。
「へっ?」
驚いて上げた視界には青い空をバックに微笑んだお兄さんの笑顔がありました。
「やほ、こないだはどーもな」
ちょっとクセのあるイントネーションとその人なつっこい笑顔が何となく私の警戒を緩ませる。私のことを知っているような口ぶりだけど……言われてみれば確かにどこかで会った気もする。
「えと、誰ですか?」
「あれ? わからん? オレオレ」
オレオレ詐欺みたいな口ぶりです。名前すら言わないでお兄さんはちょっと滑稽な動きをした。パタパタと走る真似をして、最後に頭の上に乗った帽子を下ろす仕草をする。でも、そこに帽子はない。ないんだけど、私にはあるように見えた。
「どーもどーも、お久しぶりです。私の名前は――」
あ、そうだ。この人、私にチケットをくれた……!
「ピエロさん!」
「あったりー」
ピエロさんは嬉しそうに笑うと隣のタイヤ止めに腰を下ろした。
「で? 今度はどしたん? 舞台、楽しんでくれてたみたいやから、もう大丈夫かなって思っとったんやけど」
あ、そうだ。お礼! お礼言わなきゃ!
「あ、ありがとうございます。……チケット」
「いえいえ、どう致しまして」
大げさにお辞儀をしてみせるピエロさん。お化粧もカツラも衣装もないけれど、その動きだけで本物のピエロに見える。
「た、楽しかったです。元気でました」
とにかくお礼を言わなきゃと私は一生懸命に話した。声は小さかったけど、ピエロさんは「それは良かった」と言ってくれた。
「……で、あー、理由は訊かん方がええ?」
え? なんの理由? ……ああっ! なんで元気ないのか訊かれてたんでした! お礼言うことしか考えてなかった! 私は慌てて説明した。
「み、道に迷って……」
「道? どこ行こうとしてたん?」
あ、そういえばビルの名前、知らないや……。どっちにしろ、人に訊くのは無理だったってことか……。
「わかりません」
「え? わ、わからんの?」
戸惑うピエロさん。
「あ、えっと! 場所の名前がわからなくて。どこかのビルなん、です、けど……。演劇の稽古に行く途中で……」
取り繕う私。でも途中で自分をバカだと思えて、ドンドン声が小さくなる。
「稽古? それってうちの劇団の?」
あ……本当にバカです私。そうだよ! ピエロさん、『くるみの森』のメンバーじゃないですか! 昨日いなかったから忘れていました!
私は「そ、そうです!」と慌てて頷いた。ピエロさんは大げさに驚いた顔をして
「え? もしかして入団希望!?」
「……」
やるって決めたのにその言葉にはすぐに反応できなかった。一瞬、『やっぱり私には……』って考えが過ぎってしまったのです。
「あれ? 違う?」
戸惑うピエロさん。困らせてはいけない。やるって決めたよね!? 頑張れ自分!
「た、体験入団ですっ!」
い、いくじなしーっ!!!!! それでもピエロさんは嬉しそうに歓声を上げた。
「おお! 歓迎するで! ほな、さっさといこ! こっちこっち!」
ピエロさんは上がったテンションそのままに立ち上がると歩き出した。私も置いてかれまいと焦って立ち上がる。
「はぁー、まさかあの舞台見て入ってくれる子がおるとはなぁ」
そう言うピエロさんの顔はとっても幸せそうで、なんだかそんなに喜んでもらえると私まで嬉しくなってしまうのでした。