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 今日はとても良い日だった。ゆきのんに演技を褒めてもらい――みっちゃんたちの前では相変わらずだったけど――リュウにも『成長した』って言ってもらえた。それだけでも良い日だというのに、パーティ、初めてのアドレス交換、嬉しいこと楽しいこと、たくさんあった。すごく、すごく幸せです。


 私は自分の部屋で今日の出来事を思い出しては、うへへ、とにやけて『亀の助(ぬいぐるみだよ!)』を抱きしめる。


 まだ、お母さんは帰ってきていなかった。お腹もあまり空いてなかったし、私はご飯もつくらず、こうしている。明日からのスケジュールを思うと、ちょっとだけ心臓の音が大きくなる気がする。もう、明後日が本番なのだ。また、『桜の国のお姫さま』を見ることができる。とても楽しみです!


 ピルペルポロン!


 この変な音は、メールだ! お母さんかな? と思いつつ開いてみるとそこには『和歌山』の名前が。私はお母さん以外からの初めてのメールにドキドキしながらメールを開く。



件名:祝! 初メール!

リュウから聞いたでー? セリフ、言えたんやってな!? せやから心配せんでもええ言うたやろ? その調子で頑張ってな! ウチも頑張る! 自信持って『桜の国のお姫さま』を打ち上げてくるから、楽しみにしてな!


 

 ホントは全然セリフ言えてないのに。でもなぜか顔がほころぶ。和歌山はとても優しい。リュウも本当に優しい。みっちゃんも、くぼじゅんも、そしてゆきのんも。


 改めてこの劇団に入って良かったと私は思った。あの時、ピエロの格好をした和歌山と会えたから。私が舞台を見に行ったから。ゆきのんが私を引っ張っていってくれたから。お母さんが私の背中を押してくれたから。だから私は今、こうしていられる。色んな偶然がたくさん重なって、それはもう、一つの奇跡だと思えた。


 とても嬉しい奇跡。優しい奇跡。暖かくて幸せで、引っ越してきたばかりの頃はこんなことになるなんて夢にも思わなかった。これからきっともっと楽しいことが待っている。でもそれを楽しいと思えるようになるために、私は乗り越えなきゃいけないんだ。私も、いつかみんなみたいに舞台に立たなきゃいけないんだから。


 怖い。けど、その気持ちすら今の私には不思議と心地が良かった。恥ずかしいとか怖いとかそういう気持ちには嫌なことしかないと思ってた。でも違うんですね。その先に楽しいことが待っているとわかっていれば、なんだかその気持ち自体も楽しめるんです。本当に不思議なことだけど。


 今ならみんなの前でも演技できる気がするなー。などと思いながら私は返信メールを打ち込み始めた。なんて返信しようかなー。


 ピルペルポロン!


 またメールだ。今度の差出人はみっちゃんです。携帯ってすごい! メールが来るだけでこんなに嬉しい気分になるんですね!


 私は一旦、返信メールを保存してみっちゃんのメールを開ける。なんだろうな? 明日頑張ろう! とかかな? それとも――



件名:無題

雪乃が事故った。今、大泉総合病院にいる。


 

 ………………え? なに……これ? どういう事? 文章はそれで全てだった。宛先は私含め、劇団員全員に送られている。すぐにまたメールが来た。


『……冗談じゃないんだよな? すぐ行く』リュウからのメール。


『すぐに行きます』くぼじゅんからのメール。


『必要なものあるか? 向かうわ』和歌山からのメール。


 ……冗談だよね? 冗談なんだよね? すぐにみっちゃんからのメールが来て、ドッキリかなんかだって――。


 メールはこれ以上来なかった。そんな冗談をみっちゃんが言うはずないのだ。つまりこれは……本当のこと。


 ――行かなきゃ


 私は携帯を放り出すと上着を着て部屋から飛び出す。玄関で靴を履いてドアを開ける。エレベータは待っていられない。廊下を走って階段の方へ――。


「こーら。どこ行こうと言うんだ? 不良少女」


 襟首を掴まれる。お母さんだった。私は耐えきれなくなってお母さんに抱きついた。


「お、おいどうした? 何かあったのか?」


 私はお母さんの服を握りしめたその手に、さらに力を込めた。


「ゆ、ゆきのんが、事故、に、あったって……メールが」


「……どこの病院だ?」


「お、おお、いずみ……」


 お母さんは「待ってろ」と残して家の中に。しばらくして出てきたお母さんは言った。


「タクシー呼んだから。電車で行くより早い。とりあえず、部屋の中に入ろう?」


 私は首を振った。


「下でタクシー、待つ」


「そうか」


 お母さんは鍵を掛けると私の手を引いてエレベーターへ。


「寒くないか?」


「……わかんない」


 特に、暑くも寒くもなかった。ただ、頭の中がチカチカしてうまく考えがまとまらない。焦っているのかもしれないけど、そわそわしているわけではない。なぜか胸の中は波一つない穏やかな海のようだった。あまりのことに心がパンクしているのかもしれない。


 お母さんは病院に着くまでの間、ずっと私の手を握っていてくれた。

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