05
「―――見下げた屑だな、お前」
そう言い放たれたあの日から、早一年と二ヶ月。
痛烈なあの一言は、今も耳から離れません。
通称『屑切り事件』と呼ばれるようになったあの出来事の話は、瞬く間に学園全体に広まりました。
あれだけの見物人の前で言われちゃいましたからね。みんな嬉々として、あのときの状況を他の人間に語ったことでしょう。
学生―――特に女の子の情報網は、本当に怖ろしい。
無名の一新入生に過ぎなかった自分の名が、あっと言う間に知れ渡ってしまったことで、わたしはその事実を嫌というほど学びました。
あれから後。
わたしを待っていたのは、ひそひそとした囁めきと、無遠慮に注がれる周囲の視線から逃げ回る日々でした。
―――『あのヘリオス・アポロン・オリュンポスに嫌われた女の子』。
それが、みんなの知るダフネ・テッサリアという人間像。
みんなの憧れ王子様に屑扱いされたわたしと友達になってくれる子など、もちろん居るはずもなく。
入学式の日に抱いた「友達99人計画」の夢は敢えなく潰え、現状打破の兆しが一向に見出せないまま、わたしは同期生の輪の中で、すっかり取り残されてしまいました。
……別にイジメに合ってるわけじゃないんですよ?
むしろ、そのことの方が不思議なくらいで。
それでも、無視こそされないけれど、女の子にも男の子にも友達がおらず、誰にも親しく話しかけて貰えないというのは、ひどく寂しいものです。
まあ、エイロス兄さまだけは相変わらずの調子で、毎日わたしをからかいにやって来るのですが。……あんなのはカウントに入れません。調子に乗るから。
第一学年の夏が過ぎる頃までは、学内を歩いているだけで注目されてしまう始末。
それでも、木々が葉を散らし、雪が舞い始めた季節には、ようやくみんなの記憶も薄れてきて、珍獣を見るような目を向けられることも少なくなって来ていたんです。
そうだったんです―――なのに!
+ + + + + + + + + + + +
今年の春。
無事、第二学年に進級したわたしは、期待に胸を躍らせながら新学期の日を迎えました。
―――何故って?
クラス替えがあるからに決まっているじゃないですか。
「今年こそ! 今年こそ、友達を作るんです!!」
パルナッソス魔導学園には、国中から学生が集められていますからね。一年分の同期学生は、四百数十人も居るんです。マンモス校なんです。
昨年まで会うことの無かった子の中には、わたしとちゃんと話してくれるひともいるかもしれません。
たくさんじゃなくていいです。一人でも―――図々しいかもしれませんが、願わくば、“親友”と呼べるような友達が欲しいな、と。
前の日の夜は、ワクワクドキドキし過ぎて寝付けませんでした。
おかげでちょっとだけ寝坊してしまい、家を出るのが遅くなったせいで、わたしが学園に到着したときには、すでにクラス発表を貼り出した掲示板は夥しい数の学生で埋め尽くされていました。それはもう、酔ってしまいそうなほどの数です。
―――こんなとき、いつもなら皆さんが散っていくのを離れたところで待つんですけどね?
今日のわたしは、一味違います。
込み合う人もなんのその。ご機嫌絶好調の勢いで、わたしは人集の中に飛び込みました。
貼り出しの文字が見える位置まで行かなければと進んでいる途中、何人もの人がわたしを見て呆気にとられたような顔をしていたので、ちょっと張り切り過ぎてしまったかもしれません。
「わたしのクラスは……えーっと、第二学年〈クリュサオル紋〉、ですね」
この学園のクラス名は、それぞれ幻獣をモチーフにした紋章で呼称されます。
クリュサオルの紋章で間違いないことをもう一度確認し終えたわたしは、よしっ、と気合を入れ、意気揚々と教室へと向かいました。
「あ、あそこですね」
翼持つ黄金の天馬を象った紋章が掲げられている入口を見つけ、残りの廊下を足取り軽く行く。
……このとき、誰が想像し得たでしょう。
「おはようございますっ!」
大きな声で挨拶しながら、わたしは教室の扉を開きました。
すでに来ていたクラスメイトたちが、びっくりした表情でこちらを向いたので、とびっきりの笑顔でそれに応えます。
朝起きてすぐにチェックした新聞の占いに、『今日の貴女は出会い運絶好調! 笑顔と挨拶が大切☆』って書いてありましたからね。これでバッチリなはず……なんですけど。
………
…………?
なんでしょう。皆さん一様に、表情を笑顔から驚き、そして怯えのものへと目まぐるしく変え、揃って教室の奥へと目を遣るんです。
……初対面なのに、なぜ怯え? 首を傾げるしかありません。
(奥に何があるんでしょうか)
不思議に思い視線を向けると、眼鏡をかけた男の子と目が合いました。
「おはようございます」
「え、あ、おはよ―――って! ダフネ・テッサリア!?」
あいさつの途中で声を裏返した彼は、口元を引きつらせたまま、恐るおそるといった体で自分の隣―――すでに教室に入っていた生徒たちの中心に座っていたその男の子に、目線だけを移しました。
「………」
脚を組んで椅子に腰かけ、机に頬杖をついた姿勢でいるその子は、机に頬杖をついたまま、黙ってただわたしを見て―――いえ、睨んでいます。
「………………」
わたしも何も言いませんでした。
じゃなくて、ほんとうは何の言葉も口に出来ないほど、完全に機能が停止してしまっただけなんですけど。
「ね、ねえ、やめなよヘリオス。そんなにガン飛ばさなくてもさ。かわいそうだろ?」
さっきの眼鏡の子が、彼にそう言ってくれているのを、どこか余所事のように聞きながら、わたしは頭の内でがっくりと膝をつきました。
―――お願いです、誰か。
どうか、冗談だと言ってくださいぃぃいいぃーーーーっ!!
第二学年初日―――わたしを“屑”呼ばわりした彼と、同じクラスになってしまった悪夢のようなあの日。
あれ以来、わたしは新聞の占いを絶対に信じなくなりました。
続きは週末です。宜しくお願いします!
良いお正月を~。