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だって、だいきらい。  作者: 苫古。
~Side Daphne~
3/9

01

 ……あぁ、本当になんて茶番。

 なぜ、わたしはこんな晴れの場所に、彼と並んで立っているのでしょう?


 いまわたしが立っているのは、白金色の光に包まれた祭壇の目前。

 

 大いなる父神様。


 わたし、貴方様の御威光に逆らうようなことを、何かいたしましたでしょうか?

 地味で取り柄もない小娘らしく、大人しやかに暮らしていたはずなのに、何故このような仕打ちをなさるのでしょう。




 ……いま思い返せば、怪しげな前兆はいくらでもあったのに。

 何も知らされていなかったとはいえ、ここまで御膳立てされてるんだから、何か察知すべきだった。


 ここまでされて、どうして気付かないんですか、わたし!




 + + + + + + + + + + + + 




 わたしの国には、伝説がある。

 大地に降り立った一人の神の物語と人間の乙女の物語。



 世界創世より、幾千年を経た時代のこと。

 天上界、地上界、地底界の3界を治める全知全能の父神の命により、邪竜を倒さんがため人の世を訪れた青年神は、戦いで負った傷を癒し、介抱してくれた心優しき人の娘と出会い―――そして、恋に落ちた。


 創造の眷族である神と、創られしものである人との恋。

 それが、禁忌であると互いに知っていても。


 神である青年は、彼女を伴侶とし、天で暮らすことを望んだ。

 しかし、人の身である娘が清浄なる天上界に昇ることを、父神は赦さず。


 青年神は父の赦しを乞うため、乙女を伴い旅をした。


 長い旅だった。

 時には辛く、時には危険に晒され。

 だが、共にゆく娘の笑顔があれば、怖れるものは何も無かった。


 やがて辿りついた、神世に最も近いとされていた険しい山の頂き。

 娘とともに跪き、青年神は祈った。


 ―――自らが天に還ることが出来なくても構わない。

 ―――だがどうか、二人でともに生きることを赦して欲しいと。

 ―――あなたにだけは、それを認めて欲しいと。


 娘を愛する青年神は、父神のことをも敬い、愛していたのだから。


 父神は涙した。

 愛する勇敢な息子。

 彼とその伴侶が旅する姿を、父神はずっと見守っていた。

 その旅の間中、絶え間なく繋がれていた、二人の手。

 どんなに険しい路でも、悪天候に晒されようとも、離されることなく繋がれていた手は、まるで互いを護り、慈しんでいるようで。


 そんな二人を見ていた父神は、いつしか怒りを解いていた。


 かわいい二人を呼び戻し、手元に置きたい。

 だが、全てを統べる大神たる自分が、理を覆すことは出来ない。


「ならば、条件を一つ」


 父神は、息子と人の娘に、美しい鏡を与えた。

 この鏡は、神世と映し世を繋ぐ水鏡。

 年に数度、この頂きにて鏡を用い、お前たちの軌跡を我に語れ。

 それが約束出来るならば、お前たちの道幸を見守ろう――――と。


 息子である神とその妻となった乙女は、父神との約束を守った。


 二人が山の裾野に住まいを持ち、穏やかな日々を送るうち、彼らを慕った人々が集まって居を構えはじめ、それはやがて町となり、国と成った。


 神から人へ、人から王へ。

 大勢の人間に忠誠を誓われ、主と傅かれるようになっても、神である夫と妃になった女は、終生、父神との約束を違えたりなどしなかった。



 二人が生を終えた(とき)より、約二千年。

 山の頂に聳え立つ白亜の天宮では、いまでも()の神の末裔たる王族が始祖の父たる大神との会合を為し、この国に加護と祝福をもたらしているという。





 + + + + + + + + + + + + 





(―――って話、結構好きだったんですけど)


 建国神話として語り継がれているこの話は、絵本どころか学院の初等科で使う教科書にも載っている、有名な物語。

 堅苦しい歴史の授業の中、一番はじめに習うこの国の王朝史だ。

 とはいえ、その本質は恋物語なわけで。

 授業中や休み時間に、同級生の女の子たちが頬を赤くして、きゃあきゃあとはしゃいでいた例に漏れず、わたしだって、なんて素敵なお話なんだろうと、うっとりしながら憧れたものだ。

 大好きなひとが、一番大切なひとに逆らってまで、自分の手を引き歩んでくれる。

 世界中で一番大好きなひとが、ずっと自分の手を―――。

(羨ましい……いいな、そんなひとがいてくれて)

 父さまのように凄腕の魔術師でもない、アルテミスのような美人でもない、なんの取り柄もないわたしじゃ、そんな夢みたいなこと望めやしないけど。

 それでも、憧れることは誰だって自由だと思っていたから。


 ―――でも、今日でこのお話のこと、好きじゃなくなったかも。


 だって、だって……。


(なんで手を繋いで旅なんかしちゃったんですかーッ!? 始祖さま――ッ!!)


 そんなことしちゃうから。

 いま、わたし、こんな目にあっちゃってるんですよおぉおおぉぉっ!






 婚礼の儀式。

 女の子が夢見る、人生の一大イベント。

 この国では、創世の神話になぞらえて、いろんな決まりが定められている。

 たとえば……。


『1つ、父神に会いに行った始祖たちに倣い、純白の衣裳で望むこと』


『2つ、祭壇は険しき霊山を模し、長く高い台の上に設すること』


 そして、3つめは――――、





(…………う、うぅ~……)

 ダラダラと流れ続ける汗を背に感じながら、わたしは歯噛みした。

 長い階段を登り終え、ようやくたどり着いた舞台上。

 壮麗な設えの祭壇に見惚れる暇もなく、上でわたしたちを待ち構えていたのは、何やらやたら位の高そうな法衣を身に纏った5人のおじい様神官たちだった。

 彼らはまるでわたしの逃亡を阻止するかの如く、円陣状にわたしと彼を取り囲み始める。

 完璧に布かれた、ひどく狭い包囲網。

 彼らの異様に素早い動きに度肝を抜かれ、逃げ出すタイミングを失ってしまったわたしを余所に、5人は声を張り上げ、朗々と聖句を謳い始める。

 ……これは、一体何の拷問なんでしょう。

 おじいさん神官たちもさることながら。

 いまこの瞬間、この場を現世の悪夢へと変質させている、その象徴の最たるものを見下ろしながら、わたしは頭の中で悶えた。

 実際には、ただ凍りついたまま立っているだけなのだけれど。


 隣に立つ人間にきつく握り締められた、わたしの右手。

 

 これが、3つめの定め。


『――――花婿と花嫁は、式の間中、手を繋ぐ』


 当然、これも始祖様たちの旅を真似したものでして、ええ。

 つまり、今わたしがこういう事態に陥っているのは全部、始祖様たちが旅のあいだ所構わず、バカップル振りをひけらかしてくださったせいだと云えるわけだ。

 ……いえ、わかってますよ? 八つ当たりだってことぐらい。

 でも、でもですよ。自分たちのイチャ付き振りが、後世において儀礼化されるなんて夢にも思わなかったんでしょうが、それにしたって、もう少し慎ましやかな交際が出来なかったのかと、ここは強く問うべきだろう。

(だいたい、婚前の男女が、人前でベタベタするなんて不潔ですよ、不潔っ!)

 未成年の交際は、清らかであるべきなんですよ!?

 ―――なんて。

 まあ、心の内側で誰かを非難してみても、それを表に出すことが出来ない小心者が、わたしという人間なわけで……。


(って、自分の小心振りに大人しく絶望してる場合じゃありませんでした)


 いま、直面している問題を、きちんと直視しなければ!

 わたしは繋がれた手元から、わたしをここまで罪人のように引っ立ててきた男へと、本人には決してばれませんようにと強く祈りながら、恐るおそる視線を移した。

 その間、「あー、入口の扉が開いてからの記憶が、錯覚とか幻覚だったりで片付いてくれませんかねー……」などと、往生際悪く夢見たりもしたのだが。

 結局は、希望を打ち砕かれ、がっくりと肩を落とす羽目になっただけだった。

 ……隣に立っているのは、どう目を眇め直して確認しても、やっぱり彼に間違い無さそうで。


 ――― ヘリオス・アポロン・オリュンポス。


 神の末裔たる我が国の王家・オリュンポスの第2王子にして、〈太陽神〉の異名を冠する我が国切っての炎術魔導士。


 それが、この(ひと)


 わたしを、だいきらいなひと。





 + + + + + + + + + + + + 





 現王クロノスの第4子として生を受けたヘリオスは、神に連なる血筋にあっても稀であるほどの〈大いなる祝福(ギフト)〉を授けられた人間だった。


 家柄最上、容姿端麗、おまけに頭脳も明晰。


 見事に王道三拍子を備えていたものだから当然、子供の頃から目立ち(きわ)立つことこの上ない存在で、いつもみんなの注目の的だった。

 ―――神様も彼のファンだったのかは、まさに「神のみぞ知る」だけれど、どうやら武術と魔術の才能までお与えになったことは確かなようで。

 わたしと同い年であるにも関わらず、いまや、我が国の四大軍(しだいぐん)の一翼・炎帝魔導軍を統べる若き将軍として大陸中に名を馳せており、その実力や否や、戦場に於いて彼と対峙した者が皆、煉獄の向こうに垣間見える死に恐怖する程なのだとか。

 恐ろしく魅惑的な外見と身分、高い能力と実績に魅せられた人々は数知れず。

 特に、女性に関しては言わずもがな。

 まあ、これだけの最上級エリート物件を、絶賛恋人募集中の看板を背負ったお年頃のみなさんが放っておくわけもなく。……おまけにどうやら、ヘリオス自身、来る者拒まずの精神に則って人生を謳歌しているようで。

 これまでに聞かされてきた彼に関する色恋沙汰の浮世話は、天の河に煌めく星の数ほど。

 噂話に疎いわたしの耳にもあれだけ入って来ていたのだから、きっと実際はもっとすごいことになっているのだと思う。




(そんな男と結婚!? 冗談じゃないですよおおおぉぉうっ)

 そんなの嫌だ、嫌過ぎる。

 このままでは、その悪夢が未来となってしまう事実に、わたしは怖れ慄いた。

 わたしの理想の花婿様―――それは、母さまを一途に思い続けている父さまのような、優しい素敵男性。

 完璧な容姿や家柄、特別な才能なんていらない。

 女性にルーズなだけでなく、わたしを蔑んでいる人なんて、問題外。

 ―――わたしのことを、ちゃんと想ってくれる人。

 ヘリオスとは対極に位置する男性が、わたしの理想なのだ。


 なのに……なんでわたしが彼の花嫁?


 何がなんで、そんなことに?

 何も知らされず、だまし討ちみたいに連れて来られた挙句いきなり結婚だなんて、こんなの酷過ぎる。納得なんて出来ない。

 ……それに――――、

『―――逃がさない』

 そう言ったのは、彼。

 何の冗談?――――本気でそう思う。

 わたしを捕えて、一体、貴方になんの益があるというのだろう。

 ヘリオスの花嫁になりたい女の子はたくさんいる。

 彼が望めば、きっと誰だって手に入るだろう。頷かない娘なんていないはずだ。

 だけど、わたしは違う。

 彼がわたしを望むなんて、そんなことは絶対にない。

(だって、あなたは、わたしのことを嫌っているじゃないですか)

 彼がわたしと婚姻を結んで得られるものなんて、何もないのに………。


 ―――婚礼の定めに則り、二人を結び繋いでいる、手。


 本気で、わたしを逃がさないつもりなのだろうか。

(はやく、嘘だと言って)

 その方が、お互いのためでしょう?

 今なら、このおじいさん神官たちも赦して下さいますって!

 繋ぐだけでなく、根元まで深く絡め取られた指。束縛するようにわたしを捕えるヘリオスの左手を見つめながら、必死でそう願い続けているのに、その瞬間は未だ訪れない。

 込められた力が強すぎて、手が痛い。

 そもそも、手の大きさや骨格の形がこんなにも違うのだ。無理に絡めた挙句握り込まれているせいで、わたしの指の骨は折れそうなまでに軋んでいる。

 もしも彼が、大嫌いなわたしの手を複雑骨折させたいとお望みなのならば、もうすぐ達成されるであろうことを、ぜひお知らせしたいところだ。

 血が廻らないせいなのか、緊張と恐怖のせいなのかは分からないけれど、指先が冷たくなってしまっていて、もう感覚だって無いし。

 ……というか、本気で痛いんですって!

(勘弁してください、離してくださいっ。ていうか、むしろ触らないでくださいぃっ!)

 隣の男に、毅然とした態度でそれを訴えるべきなのだろうが……いかんせん、恐ろしすぎて。

 だって、煉獄の炎術魔導士ですよ?

 炎で一瞬にして大軍を消し炭にしちゃうんですよ!?

 そんなひとに楯突くなんて真似は出来ない。ぜったい無理、無理ー。

(血が止まって指が壊死したら、アルテミスに治癒してもらわなきゃですね)

 そして治療が終わり次第、全力で国外に逃亡しよう。

 今直面している苦痛に満ちた現実から少しでも遠ざかりたくて、わたしは隣の男から逃げ切るという幸せな未来に向けて意識を飛ばした。

 前向きなんだか、後ろ向きなんだか、自分でももう分からない。

 いっそ誰か、そっと箱にでも詰めてここから運び出したあと、誰の目にも留まらない薄暗い倉庫にでも仕舞い込んでくれたらいいのに、だなんてことも考えたりする。


 ――――ああ……今日はわたしと父さま、そしてアルテミスの三人で、楽しい休暇を過ごすはずが……。


 それがどうしてこんなことに。

 せめて、こんな所にこんな恰好で来なければ回避できたのでは……と考えたところで、今日わたしをこの地獄のような空間まで連れて来た最愛の父と、親愛なる親友の笑顔が、脳裏にぱっと浮かんで消えた。

(……いやいや、そんな。あの二人がわたしを陥れるなんて、そんなことあるはずが……)

 一応否定はしてみるけれど……たぶん、そうなんでしょうねー。

 今さらながらその事実に思い至り、ずごーん、とばかりにどん底まで沈んでしまった精神(こころ)

 これ以上考えていると人間不信になりそうなので、思考を強制終了させる。

 どうしよう。現実逃避で気を紛らわせるつもりだったのに、逃げたい願望をますます強めてしまった。

 うぅっ。さっきから、胃がひどく痛い。

 それに、心なしか、頭だってくらくらしてきたような。

(ここで倒れたら、見逃してくれたりするでしょうか?)

 名案かもしれない―――そう考え、一瞬だけ実行してみようかと思ったけれど、止めた。

 もし仮にそんな迷惑をかけたりすれば、後でどんな仕打ちを受けることか……。

 目の前の祭壇を薪代わりに、骨の髄まで燃やし尽くされてしまうかもしれない、などという有り得なくもない物騒な想像が脳裏を駆け廻り、今度は吐き気を催してしまう。


 ――ああ、こんななのに結婚だなんて、本当にありえない。


 怖い、彼が怖い。

 平気でわたしを傷付けてばかりいる彼が、恐ろしくて堪らない。

 彼を目の前にして、平常心で笑っていられたことなど、今まで一度もない。



 そう、あの日。

 初めて出逢ったあの日から、ずっと。


『―――見下げた屑だな、お前』


 世にも美しい声で言い放たれた、忘れられない呪詛。





(……あぁ、思い出すんじゃ無かったです)





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