表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

歩幅が揃うまで。

作者: タクロー
掲載日:2026/04/17

タク パート1


夜のファミレスでのことだ。


22時51分、隣の席の会話を聞いていた。

どうでもいい話だったが、なぜか心に残った。


「この間の飲み会でトイレに行ってる間に、

 後輩に何か食べ物頼んでおいてって言ったら、

 そいつ白飯頼んでたのよ。」


僕は白飯で酒は飲まないと思ったが、

それはただの固定概念かもしれない。


そんなことを考えていたら隣の席の人達は消えていた


さっきまでの声の余韻だけが、まだそこにあった。


顔は思い出せないのに、その会話だけは残っている


僕は読みかけの小説に視線を戻した。


今は夜の22時51分。


夜が深くなるにはまだ早い。


ファミレスという場所は不思議だ。

ドリンクバーの氷が落ちる音、

どこかのテーブルでは誰かがおめでとうと言っている。

それに対比するような店員の無機質な

「ごゆっくりどうぞ」の一言。

スプーンが皿に当たる乾いた音。


ふと、窓を見ると僕の顔が反射して写っていた。

駐車場の車の中には人影が見える。


外は闇に包まれているというのに、

照明の光とコーヒーの匂いが時間の感覚を狂わせた。


口に含んだコーヒーは少しぬるかった。


もう一度時計を見たが時間は変わらず22時51分だ。


「まいったな。」


小さく呟いた時、隣に誰かが座った。


こんな時間なのに、他の席はひとつも空いていない

座ったのは僕と同じくらいの年の男。

20代半ばといったところ。


「すいません、ビールを一つ。」


メニューも見ないで男は店員に注文をした。

すぐにビールがやってきて、

彼はそれを一気に三分の一程度飲んだ。


何故だろう、僕は彼が少し気になった。


こんな時間に1人でビール。

彼は細身で髪は昔のロックスターのように長くてボサボサだ。


不思議と、汚い印象はうけない。


ボロボロのジーンズを履き、白いTシャツの上から緑のカーディガンを着ていた。

耳には大きなピアス。

チャックテイラーのコンバースを履いている。


どこがで見たことのある匂いがした。


それくらい観察したところで僕は小説に視線を戻そうとした。


「ねぇ、このあと時間ある??」


最初は何か呟いているのだと思った。


彼はもう一度言った。


「ねぇ、このあと時間ある??」


どうやら、僕に言っているようだ。


「なんで、そんなことを聞くんだ?

 時間があればなんなんだ?」


彼は続けた。


「ちょっと手伝って欲しいことがあってさ、

彼女と喧嘩して彼女が家出して探してるとこなんだけど、全然見つからなくて、

ちょっと疲れたからビール飲んでるんだ。

これ飲んだらまた探しに行こうと思うんだけど、

時間があるなら一緒に探してるくれないかなぁと思って。」


「探してる途中でビールなんて余裕だね。」

僕は皮肉たっぷり言ってやった。


「ほら、運動後のビールは美味いっていうだろ。

走って探してたから軽く汗かいちゃって。

それで手伝ってくれるの?くれないの?」

彼は試合後のアスリートが水分を取るような感じで話した。


「悪いけど、そんな暇じゃないんだ。」

 ホントは暇だけど。


「暇だから、

 こんなとこで本なんか読んでるんじゃないの?」

 なかなか、鋭い男だ。


「とにかく、

 手伝う気はないよ。」


 暇だとしても、巻き込まれる気はない。


「そうか、

 じゃあオレが彼女を見つけることを祈ってて。」

彼はそう言った後に、

ビールを一気に飲み干して去って行った。


なぜ、喧嘩したのか?

音楽をやっているのか?


少しだけ、

彼が気になったがその考えをすぐに頭から消した。


彼は夜に似合っていた。

それだけで、充分だった。


「まぁ、いいや。」


僕は読みかけの小説に視線を戻した。



リョウ パート1


ベッキーが家から出て行った。


ベッキーは、

「あなたのことが嫌いになったわけではないよ。

 でも、あたしはあなたの側にいることはできない。

 それに、もうちゃんと終わらせたいの。」


嫌いになったわけではないのに

側にいることはできない?


その言葉を頭の中で、

何度も反芻したが理解できなかった。


身体が動かなかった。


どれくらいの時間がたったんだ。


ようやく全身に血が回り始めた気がしたので、

ベッキーを探しに外に出た。


すでに外は夜の闇に包まれていた。


当てもなくベッキーを探し走り回った。


公園、24時間やってる店、カラオケ、コンビニ、

目についた所は全部行ったが彼女はいない。


「まいったな。」


オレは目についたファミレスに入った。


店の時計は22時51分を指している。

 

空いてる席はひとつしかなかった。

そこに腰を掛けてとりあえずビールを頼んだ。

すぐにビールがきた。


一気にそれを三分の一くらい飲んだ時に隣の男が目に入った。


男は本を読んでいた。


ページをめくる手が、やけにゆっくりだ。

読んでいるというよりも時間を潰しているよう。


「ねぇ、このあと時間ある?」

最初は無視された。


オレはもう一度言ってみた。


「…なんで、そんなこと聞くんだ?」


彼はニュートラルな調子でそう言った。

オレはベッキーのこと話した。


探していること、見つからないこと。


「悪いけど、そんな暇じゃないんだ。」

彼は少し冷たくそう言った。


まぁ、そうだよなと思った。

 

オレは残りのビールを飲み干して

ベッキーをまた探すことにした。


ベッキーが見つからなくてへこんでいたが、

誰かと少し言葉を交わしただけで少しだけ気持ちが楽になっていた。


店を出てしばらく歩いた時だ。


どこかで見たことある。


そう思った時には、もう遅かった。


1時間経っても見つからなかったら、

あいつにもう1回頼みに行こう。


名前が喉まで出かかっていた。


あいつはアフターダークのタクだ。



ベッキー パート1


家を出た。


理由は、上手く言えない。

嫌いになったわけではないのに一緒にいるのが苦しいなんて、そんな風に思うことは少し前のあたしには想像できなかったと思う。


初めてリョウの歌を聞いた時を思い出した。

 

一瞬で魅力された。


歌い出す前の一瞬の静けさまで覚えてる。


彼の声はあたしをどこか知らないところへ

連れてってくれるようだった。


そして、今初めての感情に支配されてる。


声が数秒前のものみたいにみたいに遅れて届く気がした。


近いのに、離れている。


ここ最近はずっとその感情に支配されていた。


あの人の歌を隣で聴いていたのに、

どこか遠くで鳴っているみたいに感じてしまう。


一緒にいたはずなのに何を話していたか、

ひとつも残ってない。


言葉を交わしていたはずなのに、

それは音だけが通り過ぎていくようだった。


笑った記憶はあっても、理由は思い出せない。


そんなことを考えて当てもなく歩いた。


スマホの画面が22時51分と教えてくれる。


さっき見た時も、その時間だった気がする。


今は10月の終わりくらいで少し肌寒くなったきた。


コンビニに入ってココアでも買おう。

温かいものを飲めば、少しはマシになる気がした。


考えるのはその後だ。

 


タク パート2

  

しばらくしてだ、

どれくらいたったろう。


また、例のチャックテイラーを履いた男が入ってきて

隣の席に座った。


「なぁ、悪いんだけど一緒に来てくれないか?」


「なぜ?」


「1人で探すよりふたりで探すほうが効率いいだろ?

 いろいろ探してみたんだけどどこにもいないんだ。」


 彼はさっきよりも幾分くたびれて見えた。


「なぜ、僕に頼むんだ?

他にも人はいっぱいいるよ。」


「君、アフターダークってバンドのタクだろ?

 この間のライブ見たよ。

 なかなかいいギター弾くから印象に残ってるのと

オレもバンドをやってるんだ。

 だから親近感あって頼みやすくてさ。」


僕は少しだけ間を置いた。


「君は何か楽器をやっているの?」


「オレは楽器はできないし、そんな才能はない。

 だから、歌うのと歌詞を書いてるんだ。

 メロディーは兄貴とメンバーに任せてさ。」


「へぇー。」


「探すのに手伝ってくれたら、

 今度のライブに招待するからさ、

 他に今頼れる人はいないんだ。なぁ、頼むよ。」


「どんな音楽をやってるの?」


「おっ、興味出てきた?

 それは無事に彼女を見つけたら教えてあげる。」


「ここのお代払ってくれる?」


「もちろん、お安いご用だよ。

 じゃあ、一緒に探してくれるの?」


僕は重い腰を上げて一言、


「やれやれ。」


そういって彼のことを助けることにした。


「ありがとう。

 そうと決まれば行こう。」


僕らは深夜のファミレスを後にした。


さっき見た時間が頭のどこかに引っかかっていた。


店内のBGMでは、ストロークスの12:51が流れている。

「オレはもう大人だよ」そんな風に聞こえた。


そろそろ夜が深くなるところだった。



リョウ パート2


さっき来たファミレスに戻ってきた。


いた、アフターダークのタク。


本をつまらなそうに読んでる。


さっきと何も変わってないように見える。


オレは再び彼の隣に腰を下ろした。


「なぁ、悪いんだけど一緒に来てくれないか?」

オレは危害を加えない子犬のような目をして言った。


タクは今度は、すぐ顔を上げて言った。

「…なぜ、僕に頼むんだ?

他にも人はいっぱいいるよ。」


タクのライブを見たことがあり知ってることを伝えた。


タクのギターが印象に残ってるのは本当だ。


「静けさと少しのざらつきがちょうどいい。」


一緒にライブを見に行ったベッキーはそう言った。


タクのまぶたがわずかに上がった。


「どんな音楽をやっているの?」

 

タクが聞いてきた。


少しだけ、引っかかるものがあった。


でも、それを気にしてる余裕はない。


手伝ってくれるならなんでもよかった。


「やれやれ。」


と言ってタクは立ち上がった。


店内では、ストロークスの12:51が流れている。

歌の中では女の子に会いに行くところだが、

こっちは女の子を探しに行くところだ。



ベッキー パート2


「いらっしゃいませ。」

店員のその言葉が少し遅れて聞こえたような気がした。


コンビニの中は暖かった。


それが逆に現実感を失わせるよう。


中には他に若い2人のカップルと

仕事帰りであろうサラリーマンの姿が見える。

カップルは缶チューハイを選んでいる。


とても、楽しそうに見える。


あたしはココアを買おうと思いレジに向かった。


「ココアを1つ下さい。」


店員は、すぐに動かなかった。


あたしはもう一度言った。


「ココアを1つ下さい。」


ココアを受け取って振り返ると他に客はいなかった。


「ありがとうございました。」


背中越しに声が聞こえる。

自動ドアが閉まる。


少し遅れて、

もう一度「ありがとうございました」が聞こえた。


外の空気は真夜中のそれに変わろうとしていた。


あたしはココアを飲みながら歩き出す。


リョウの顔の細部が上手く思い出せなかった。


 

タク パート3

 

季節は10月の終わり頃だ。


僕はチノパンに、

チャンピオンのスウェットという格好だったが、

少しだけ寒かった。


スニーカーを履いてきてよかったと思った。

探し回るにはスニーカーが最適だ。


「ねぇ、君のファッションとてもいいよ。」


不意に彼が誉めてきた。


「君のスタイルもなかなか良いよ。

 カート・コバーンが好きなの?」


「いや、ニルヴァーナは嫌い。

 ああいうのは、ちょっと苦手だ。

 オレはもっとまっすぐな曲が好きなんだ。」


「ふーん。」


「そう言えば自己紹介がまだだった。

 オレはリョウ。

 赤川リョウだ。」


「僕はタク。

 寺田タク。」


「改めてよろしく、タク。」


リョウが手を出してきたので握手をした時だ、

リョウがまぶたをわずかに上げたのがわかった。


僕は、その反応に慣れていた。


「彼女の特徴を教えてくれ。」


彼のまぶたがほんの少しだけ遅れて戻った。


「彼女は身長160センチで痩せ型、

 顔が隠れるくらいのボブカットで、

 茶色のメッシュを入れてる。

 出て行った時の服装は黒いナイロンジャケットを着て

 グレーの長いスカートを履いて、

 ドクターマーチンのショートブーツを履いてる。」


「名前はベッキー。」


「ベッキー?」


ニックネームか何かだろうか?


「彼女はアメリカとのハーフなんだ。

 本名は高橋ベッキー佑。」


「へぇー。」


「タクは街の中心部を探してくれないか?

 さっきまでオレがそこを探してたんだけど、

 見落としてる場所があるかもしれない。

 オレは裏通りのほうをあたってみる。」


「わかった。」


僕たちはベッキーを見つけた時の為に

連絡先を交換した。


「じゃあ、頼むよ。」


「その前に1つ聞きたい。」


リョウは少しだけ視線を上げた。


「どうして、出て行った後にすぐ追いかけなったんだ?

 そうすれば、

 こんな風に夜の街を探し回ることもなかったろうに。」


リョウは視線を急激に下げた。


その時の思いを反芻してるのだろう。


「恥ずかしい話だけど、

 出て行った後に、

 その事実を受け入れるまでに時間がかかって

 しばらく動けなかったんだ。

 何かショックなことがあると

 体が動かなくなるなんて知らなかったよ。」


リョウは視線を落としたまま話している。


僕は黙ってその話を聞いていた。


「じゃあ、二手に別れて探そう。

 見つけたら電話をしてくれ。」


「わかった。」


僕たちはそう言って別れた。



リョウ パート3


タクと一緒に外に出ると夜はすっかり深まっていた。


タクはベージュのチノパンに、

チャンピオンのスウェット、

ニューバランスのスニーカーという格好だ。


オレはタクのスタイルが気に入った。


「彼女の特徴を教えてくれ。」


タクにそう聞かれオレはベッキーのことを話した。


ベッキーの特徴をイメージできるよう簡潔に伝えた。


言葉にすると、やけに輪郭がはっきりした。


でも、それだけだった。


「どうして、出て行った後にすぐ追いかけなったんだ?」


そう聞かれて、オレはすぐには答えられなかった。


オレはその時のことを思い出していた。

少し考えてから言った。


「動けなかった…。」


身体が動かなくなるなんて。


出ていったあと、時間だけが進んで、

オレはその場に置いていかれたみたいだった。


「気づいたら、もういなかった。」


タクは何も言わなかった。


それでよかった。


説明しても、たぶんちゃんと伝わらない気がしたから。


オレたちは二手に別れてベッキーを探しに行った。

 


ベッキー パート3


リョウの顔の輪郭が曖昧なまま、

あたしはココアを飲み干し、そのまま歩いていた。


立ち止まりラッキーストライクに火をつける。

煙はゆっくり上に昇っていった。

一本じっくり、ゆっくり吸い終わるとまた歩き出した。


携帯の画面が12:51と表示している。

さっき見た時間と同じような気がする。


多少歩き疲れたので、どこかお店に入ろうと思った。

少し行った先の反対側の通りにファミレスが見えた。


あそこに行こう。


そう思った時に、

ファミレスから2人の男が出てきて、

別々の方向に走っていくのが見えた。

どこかで見たような気もしたが、遠くて暗闇の中だったので、顔の細部や輪郭まではわからなかった。


ファミレスに入る。


夜中のファミレスは不自然な明るさがあった。

外の暗さと、どこか噛み合っていなかった。

客はまばらで、それぞれがそれぞれの理由でここにいる。


コーヒーをかき混ぜるスプーンの音、

小さな会話、

ドリンクバーの機械音が静けさを際立たせる。


あたしは椅子にゆっくりと腰を下ろした。


さっきまでどこを歩いてるのか思い出せなかった。


ようやく、少しだけ落ち着いた気がした。

 


タク パート4

 

さて、探すと言ってもどうすればいいのか。


僕はこの街に産まれてからずっと住んでるが、

夜の街の景色は未知数な所もある。


繁華街に来てみた。


昼間のよく知ってる気色とは違って見えてくる。

はしゃいでいる若者(どこか寂しそうに見える)、

飲みつぶれて倒れてるサラリーマン(この人もそう)、

呼び込みをしているキャバクラのキャッチ(彼らは何だかくたびれているようだ)。


僕の知ってる景色とは少し違ったように見えた。


夜はどんどん深くなるばかりだ。


ベッキーという名の女の子は、

一体どこで何をしているのか。


僕はキャッチの男の子に声をかけられた。


「お兄さん、キャバどうっすか?」


それを無視して聞いてみた。


「今、女の子を探してるんだ。

 ボブカットの黒いジャケットを着てる子なんだけど?

 そういう子見なかった?」


安物のスーツを着てる男の子は、

少し視線を下げて答えた。


「いやぁ、そんな子は見てないっすね。」


「ありがとう。」


そう言って僕はその場を離れた。


この街に長く住んでるからといって、

この街のことを全てわかってるわけでは決してない。


この男の子のことを僕は何も知らない。



リョウ パート4


ずっと繁華街の方を探していたが、

ベッキーは見つからなかったので、

オレは裏通りや人気のない所を探そうと思った。


人気のない公園に来た。


小さな公園だ。



若い男が2人、カップラーメンを食べている。

1人はヤンキースのキャップを被り、

もう1人は長い髪を結っている。


容器から湯気が昇っているのがわかる。


オレは2人に声をかけた。


「ねぇ、女の子を探してるんだ。

ボブカットの女の子なんだけど見たりしてないかな??」


ヤンキースの方が答えた。

「お兄さんの彼女っすか?」


それを無視してもう一度聞いた。


「なんでもいいんだ、

 何か知ってることがあったら教えてくれないかな?」


今度はポニーテールのほうが答えた。

「いや、知らないっすね。

 オレたちさっきまでバッティングセンターいて、

 腹減ってラーメン食ってるだけだから。」


「そうか、邪魔して悪かった。

 ありがとう。」


「お兄さん!」


立ち去ろうとしたらヤンキースの方に声をかけられた。


「何があったか知らないっすけど、

 こんな時間にそこまで必死になって探すって

 よっぽどっすね。」


そう言ってポニーテールの方を見た。


「オレたち今日はこの辺りにいるんで、

 何かあったら言って下さい。」


「ありがとう。」


そう言って何かあったら連絡をくれ、

と言って連絡先を教えた。


2人のことは何も知らないが、少し気持ちが楽になった。



ベッキー パート4


ソファーに深く座る。

少しだけ、落ち着いた気がした。

 

あたしはコーヒーにミルクを入れて、

スプーンでかき混ぜた。


スプーンがコーヒーカップにぶつかる音がした。


その音が少し遅れて聞こえる気がした。


誰かが小さな声で話をしているのが聞こえる。

店内が静かなせいか話し声は聞こえるのだが、

意味としては入ってこない。


あたしは入り口のドアの方をなんとなく見た。


さっき、誰かが出て行ったような

余韻が残ってる気がする。


でも、もう誰もいなかった。


コーヒーを一口飲む。

少しぬるかった。


どこかで、同じことをした気がした。


いつだったのかは思い出せなかった。


あたしは飲みかけのコーヒーを

ゆっくりかけて飲み終わるとファミレスを後にした。



タク パート5


その後もカラオケや24時間やってる飲食店にも顔を出したのが、ベッキーと思わしき女の子には巡り会わなかった。


僕は少しアルコールが欲しくなったので、

知り合いがやってるバーで一杯やろうと思った。


リョウには悪いが急ぐ必要はない。


「よぅ、タクこんな時間にどうした?」


マスターが声をかけてきた。


彼はいつも、暖かく僕を迎えてくれる。


「この間のライブはよかったよ。

 なんていうかタクにも深みが出てきたね。」


「ありがとう。

 ハイボールくれるかな?」


 店内ではビリーホリデーが流れている。


「実は人を探しててさ、

ベッキーっていう女の子なんだけど。」


「なんでその子を探してるんだ?」

マスターは作ったばかりのハイボールを渡して聞いてきた。


マスターが作るハイボールは特別だ。

いつか、マスターにどうやって作るのか聞いたけど、

「大事なのは炭酸を加える時の繊細な度胸だ。」

そう言っていた。


それは、ギターを弾くのに少し似ていると思った。


偉大なギタリストは皆、繊細で大胆だ。


「リョウっていう男に頼まれてさ、さっき知り合ったばかりなんだけど。」


わけがわからないという表情でマスターは聞いている。


「力になりたいけど、オレにはわからないな。

 そうだ、夜中にひとりで考えたいなら、

あそこの大きな公園に行くやつは多いかもな。

 この街は夜になると違った姿を見せることもある。

変な事件とかに巻き込まれてなきゃいいけど。」


「ただの家出だよ。」


「なら、いいけど。

 夜の闇は人をいつもと違った姿に変えることもある。」


マスターは思慮深い顔をしている。


僕なんかよりも長くこの街を見てきているのだ。


「これを飲んだら、また探してみるよ。」



リョウ パート5


オレはベッキーを探しながら、

初めてライブで歌った時のことを不意に思い出した。


小さなライブハウスだった。


上手く歌おうという意識よりも、

「ただ自分のままを声に出そう。」

そう思った。


マイクを握った瞬間、

自分の周りの空気が一変したように感じた。


歌ってる時には、何かハマってる感覚があった。


兄貴が言うには、

オレの声はデカいとか上手いとかの前に目を引くらしい。


オレは自分の中にある何かを外に出そうと思った。


それから、ライブの後に話すことが増えた。


「今日さ、なんか手ごたえがあったんだよな。」


ベッキーは少し遅れて、

「そうなんだ。」とだけ言った。


その時は何も気にしていなかった。


変わったのは彼女の反応だった。


オレが話すことに対する返答のタイミングが遅れたり、

沈黙の後に答えたり、

そんなことが増えていったような気がする。


「あなたのことが嫌いになったわけではないよ。

 でも、あたしはあなたの側にいることはできない。

 それにもう終わらせたいの。」


その意味を考えてみたがオレにはわからなかった。


ベッキーを必ず探して、その真意を聞こうと思った。



ベッキー パート5


気がつくと、人のいない方へ歩いていた。

どこへ向かっているのかはわからなかった。


明かりが少しずつ減っていった。


その先に公園があった。


誰にも会いたくなかった。


わたしはポケットの中に手を入れた。

折りたたまれた紙の感触を確かめる。

捨てることもできず、持ってる理由もわからない。


公園は静かだった。

誰もいない。


あたしはポケットから紙を取り出した。

開こうとして、やめた。


もう、読む必要はなかった。


少しだけ迷ってからライターで火をつけた。

火をつけると思ったよりも早く紙は燃えた。


あたしはそれを見つめていた。


炎は小さく揺れている。


なんだか、

守られてるような気がした。


その炎を見ていると安心した。


あたしは動けなかった。



タク パート6

 

その後も目に入った所をあれこれ探したが、

ベッキーらしき女の子を見つけることはできなかった。

 

途方に暮れていた頃、

人通りのあまりいない所に知らぬ間に足を進めていた。


大きな公園だった。

さっきマスターが言っていた公園。


この公園は知っているけど、

夜のここは何か初めて来るような、

僕の知らない場所のように感じた。


子供の頃にここで焚き火をしたのを思い出した。


僕は何かに導かれるように歩を進めていた。

公園に入った瞬間、少しだけ焦げた匂いがした。

そこで誰かが強い炎を燃やしているのが見えた。


夜の闇と強い炎。


その中心に女の子が見えた。

彼女は炎を見つめながら固まっていた。


僕は声をかけようとして、やめた。


炎を見つめる彼女の姿に目を奪われた。


彼女がベッキーなのか?


名前を呼んだら、

この光景が壊れてしまう気がした。


炎は燃え続けている。

彼女が何を考えているのかはわからない。


ここに来るまでの時間が、

全てそこにあるような気がした。


しばらくしてから僕は声をかけることにした。


「ベッキー?」

  

「誰?あたしはベッキーだけど。」


彼女は僕の方を見もせず、

ただ炎だけを見てそう言った。


彼女の着ているナイロンジャケットが

炎で少しだけ揺れている。


「リョウが君を探してるんだ。」


彼女は少しだけ視線を上げて僕に言った。


「あなたのこと知ってる。

 アフターダークのタクだよね。

 リョウと一緒にライブ見たよ。

 綺麗なギターを弾くね。

 リョウがタクと知り合いなんて聞いてないよ。」


「さっき、知り合ったばかりなんだ。

 リョウに頼まれて君を探してた。」


彼女はずっと炎を見つめていた。


「炎を見ると落ち着くんだね。」


ベッキーは静かに炎を見つめながら話始めた。


「最初は歌ってるリョウが好きだったんだ。

 でも、そのうちに彼が歌ってると

 どんどん自分から離れていくみたいで。

 あたしの手の届かない所に。

 同じ場所にいるはずなのに、

 違うところにいるみたいで。

 あの人が歌うたびに、

 少しずつ距離ができていく気がした。

 あたしが何かを言っても、

 届いていないようだった。」


 ベッキーは言葉を探してるように見えた。


「嫌いになれたら楽だったと思う。

 でも、それはできなかった。」


「リョウはどう思ってるんだ。

 彼はこの夜の中、君を必死に探してる。」


 ベッキーは僕のことは見向きもせず、

 炎を見つめながら切り捨てるように言った。


「ギタリストは言うことが違う。

 あたしにもあんたみたいな才能があればね。」


ベッキーは今にも崩れ落ちそうな表情だ。


不覚にも僕はその横顔を素直に美しいと思った。


「僕には才能なんてない、

ただギターを弾くのが好きなだけだ。

誰かを高みに連れてこうなんて思ったことはないよ。

きっと、リョウもそうなんじゃないかな。」


誰かを高みに連れてこうなんて思ったことはないけど、

ギターを弾いてると自分が高みにいるような気がすることは伝えないことにした。


リョウも歌ってる時はそうなのかもしれない。

自分がどこまでも昇っていけるような。


ベッキーは黙っている。

その沈黙が、夜の闇を少しだけ濃くした。


僕はリョウに電話をした。


「見つけてくれたのか、すぐそこに行くよ。」


そう言って電話はきれた。


「リョウは君を必要としてると思う。」


僕に言えるのはそれだけだった。



リョウ パート6


その後も、目についた場所をいくつか回った。

コンビニの前、駅の近く、明るい通り。


それらしい姿はなかった。


違うとわかるたびに、少しずつ疲れていった。


もう、どこを探していいのかわからなかった。


ベッキーの言葉が何度も頭の中で繰り返していた。


「側にいることはできない。」


あの時、ちゃんと聞いていたつもりだった。

でも、何もわかっていなかった気がする。


立ち止まったまま、考えていた。


答えは出なかった。

 

不意に携帯がなった。

タクからだ。


「見つけた。」


それを聞いた時、少しだけ息が抜けた。


場所を聞いてすぐに向かうことにした。


同時に、言葉にできない何かがひっかかった。


何を話せばいい。

 

オレは、あいつに何を返せる。

 

ベッキーの顔が浮かんできた。

何を抱えているのかは、正直よくわからない。


それでも受け止めるしかないような気がした。



ベッキー パート6


誰かに見つかる予感はしていた。

でも、あたしはもう少しこの時間が

続いて欲しいと思った。


火は小さく揺れていた。


見ていると、

呼吸が少しだけ楽になるような気がした。


それだけで十分だった。


タクが誰かに電話をかけている。


炎はもうほとんど消えかけている。

夜の空気の中にわずかにその熱が残ってる。


あたしはしばらく何も言わなかった。


「……必要としてるって、何?」


あたしは誰に言うでもなくそう言った。

 


タク パート7


ベッキーの問いは僕に言っているのか、

そうでないのかわからない。


僕はその言葉の意味を考えようとしてやめた。


沈黙がしばらく続いた。


沈黙をかき消すように足音が聞こえた。


「……ベッキー!」


少しだけ息が詰まるようなリョウの声。


僕は2人との間に少し距離をとった。


ベッキーは下を向いたまま黙っている。


リョウは、

「めっちゃ探した。」


ベッキーは黙っている。


火はもう消えている。

残った灰だけが、形をなくしている。


「あたし、置いていかれるような気がしてた。

 ……わかる?」


リョウは、少し考えてから、


「……わからない。」


と言った。


「でも、きっとそうだったんだろうな。」


「そっか。」


ベッキーは少し笑いながらそう言った。


彼女が初めて見せたささやかな笑顔だ。 


リョウは僕に、

「探してくれてありがとう。

 次のライブやる時は連絡するから絶対来てくれ。」


「わかった。」 


僕はそれ以上何も言わなかった。


ふたりのことはふたりに任せればいい。


僕はその場を離れた。


ベッキーがリョウに何か言ってる気がしたけど、

これ以上はふたりに立ち入らないほうがいいと思った。



リョウ ベッキー パート7


しばらく2人とも何も言わなかった。

夜の空気だけが静かに残っている。

 「……寒いね。」

ベッキーが言った。


リョウは少しだけ間を置いて、

「うん。」

と答えた。


しばらくして、

「帰る?」

とリョウが言った。


ベッキーはすぐには答えなかった。


消えかけた火の跡を見てから、

「……少しだけ、歩きたい。」

とだけ言った。


「じゃあ、ゆっくり行こう。」

リョウはそう言った。


ふたりは並んで歩き出した。

少しだけ歩幅が揃っていた。



タク パート8


時計を見たら時間は5時25分だ。

22時51分からだいぶ遠くまできた。


小腹が空いたので、

目についたコンビニで何か買うことにした。


この時間のコンビニも不思議だ。

いつも行くコンビニとは違って見える。

無駄に静かで誰もいない。

店員は透明人間みたいだ。


まるで、実感を感じない。

夜がそうさせているのか、

その人がそうなのか、そこで僕はまた考えるのをやめた。


考えるには少し疲れていたのだ。

でも、その疲労は嫌な疲労ではなく心地良い疲労だった。


ツナマヨのおにぎりとお茶を買ってコンビニを後にした。


 

僕がギターを弾いてるのはただ弾くのが好きだからだ。

ただ、バンドを始めるとそれだけではなくなった。

どこかで少しずつ、ズレていく。


それらに嫌気が差してふと夜のファミレスに来たら、

人探しを手伝ってくれと言われ、

ベッキーという子を見つけた。


ふたりの背中は、もう見えなかった。


それでも、その光景だけは残った。


いつか、ふと思い出す気がする。

リョウという、どこか危うい男と

炎を見つめるベッキーのことを。


それか、白飯を頼んだ男の話かもしれない。


何度も見たあの時間は、もうどこにもなかった。


なぜか、少しだけギターが弾きたくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ