第1話
#韓国舞台
目を覚ました瞬間、一番最初に浮かんだ考えはただ一つだった。
「またかよ?」
俺は回帰した。満30歳の誕生日、深夜0時ちょうどに。
問題は、この回帰が一度や二度じゃないってことだ。
俺は三度目の回帰だった。
『それが何だよ?』
って、重々しく言われても「たった三回かよ」って思うかもしれない。
でもこれ、本当にヤバいんだよ。
なぜなら今回の回帰は望まない回帰で、しかもまた繰り返される可能性があり、
それを止める方法を俺は一切知らないからだ。
簡単に言うと、ループに閉じ込められてクソみたいな状況ってこと。
『どうすりゃいいんだ……?』
黄色く変色した壁紙。
本棚に適当に突っ込まれたノート。
机の上に転がってるペンと、その横に残されたジェリーの食べかけの袋。
紛れもなく中学3年生時代の俺の部屋の景色だ。
改めて、また回帰したって実感が湧いてくる。
「はぁ……頭痛ぇ。とりあえずノートに整理しながら考えよう」
ノートを取り出して広げ、ペンを握って記録の準備をした。
本格的に書き始める前に、自分の回帰史を振り返ってみる。
俺、キム・サンガン(金山間)は
良い言い方をすれば中流家庭の入り口、悪い言い方をすれば所詮低所得家庭の次男坊として生まれた。
低所得家庭の次男……
もう支援なんて期待できない匂いがプンプンするだろ?
その通りだった。
親は兄にはあれこれ支援してくれたが、俺には義理で何度かやってくれただけで全部打ち切られた。
兄が学生時代ずっと通ってた塾、俺は1〜2年行ってやめた。
兄が進んだ大学、俺は学費を理由に行けなかった。
もちろん俺にも落ち度がないわけじゃない。
兄は塾に行きながらうめき声を上げても欠席せずに通い、結局成績もある程度取った。
でも俺は毎日「塾やめろ」って叫んでただけだからな。
親からしたら金がないのに嫌がるガキにまで投資する理由なんてないよな。
当然、学校の勉強も途中で面白くなくなってやらなくなった。
高校に入ったら授業時間も増え、内容も難しくなってさらに面白くなくなって、学校辞めようとしたら、
今までほぼ放置状態だった親が急に心配した顔して言ってきた。
「どうしても辞めるなら、自分でお金を稼ぐ方法を考えろ。俺たちを説得できたら辞めさせてやる」
その言葉を聞いて俺は呆れてこう返した。
「いつも『俺たちの言う通りにしろ』って言ってたくせに、こういう時だけ自分で考えろって?
俺は知らんから、偉いお前らが用意しろよ。それなら従ってやる」
その日もN回目のビンタを食らって、N回目の家追い出しを食らった。
追い出されるときに兄から向けられた、情けなさそうな目つきはオマケだ。
一回目の人生はそんな感じで生きて、全部ぶち壊した。
親の「高卒だけは取れ」って強要で結局自退の考えをやめて、時間つぶしで高校を卒業して、
卒業したら仕事探せって親の小言がうざくて勢いで入隊した。韓国は徴兵制だから、逃げ場なんてねえ。 でも入隊しても軍隊のクソみたいな理不尽さにキレまくって、訓練兵の段階で即グリーンキャンプ送りになった。 (グリーンキャンプってのは、軍隊に向いてないっぽい奴らを一時的に隔離して、除隊させるか現役続行か判断する場所だ) で、現役除隊に成功したんだよ。 そのとき「公益勤務に転換されるかも」って言われて、ちょっと必死に演技したんだけど……意外とハマったみたいで、全部騙し通して完全除隊に漕ぎ着けた。 もちろん、周りからクソみてえに罵倒されたけどな。
その後は毎日「家から出ていけ」って親に追い立てられて、キレて獅子吼一発かまして、
コスパ最強のワンルーム借りて在宅バイトしながら必要分だけ稼いで、十分になったら休みながら余暇を楽しむルーチンを繰り返して、
30歳になる誕生日に一回目の回帰をした。
それはあまりにも突然で、このときまで流行ってた回帰・憑依・転生物なんてまともに読んだこともなかったから
(時間旅行関連で見たのなんて学校で見た『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『時をかける少女』くらい)
現実を受け入れるのにかなり時間がかかったけど、なんとか正気を取り戻して
一回目の回帰、二回目の人生は違う生き方をしてみようと決意した。
世間から「楽して生きてる」って嫌味を言われながらも、心の底では自分の人生に不満を持っていたからだ。
何に挑戦しようかと考えて、俺は俳優になってみようと思った。
――おいこのクソザコ野郎……その演技力なら俳優やれよ。
それはただ、グリーンキャンプの真実を俺から聞いた兄が絶賛したからだけじゃなかった。
俺自身もどうやってやったのかわからないくらい本気で発揮した、数少ない才能だったから
挑戦する価値があると、当時の俺はかなり断固と思ってた。
でもやはり現実は甘くなかった。
軍隊という地獄から逃れるためにした必死の演技と、
純粋に人前で即興で発揮しなきゃいけない演技はかなり違った。
俺はちょうど二ヶ月間演技教室に通って、
録音機を回すだけで演技力が激減することと、舞台恐怖症があることを自覚し、
講師から「才能はありそうだけどない」って判定されて
「てめえが俺を判断すんなよ」って叫んで教室を出て、演技への未練を完全に捨てた。
その講師から電話が来たけど、悩んだ末に受けなかった。
タメ口と怒鳴ったことが少し心に引っかかったけど、あいつも俺を差別扱いしてたからな。
「『お前は顔が才能』だって? 気持ち悪い二重人格野郎が……」
顔がそこそこいい別の奴には無限に甘かった講師を散々罵って演技教室をやめた後、
回帰直前に遅まきながら読んでたゲームファンタジー小説を本屋で借りて時間を潰して、
中学卒業直後に大きな決意をしたふりをして親に言った。
「お母さん、お父さん。俺高校行かずに検定受けます。早く高卒取って働きたいです」
このときも演技のときほどじゃないけど本気だったから、親もその決意を感じ取ったのか悩んだ末に許可した。
でも俺は最初だけちゃんと勉強して結局検定も諦めてしまった。
理由は言うまでもなく勉強への飽きだ。
検定も見るだけで取れるわけじゃなく、それなりの体系と難易度があって、それが俺の勉強嫌気を呼び起こすのに全く足りなかった。
俺は「後でやろう」「時間は十分だ」って自分を納得させて、
自習室で勉強してるふりだけしてゲーム板やらジャンル小説読み漁り時間に使って、
当然検定は不合格だった。
後でやろうって言ったけど飽きて先延ばしにしたのを後で見直すかよ……
予想を上回る低得点に驚愕した親はようやく騙されたって俺を責めたけど、
俺はあっけらかんと「考えてみたら中卒だと軍隊行かなくていいんだよね」ってふざけて受け流した。
怒り狂うお父さんが棍棒持ってくる前に玄関開けて出て行きながら、
今回も楽じゃないなって思った。
予想は的中して、その後もまた三十歳の誕生日を迎えるまで
一回目の人生と同じ、いや実は一回目よりさらに酷く生きてしまった。
また家を出て例のコスパ最強ワンルームに向かった俺は
演技の夢を完全に捨てたとは言ったけど、人生で初めて本気で挑戦した分野だったのも事実だから
金も稼げて代償満足でもしようとエキストラ(端役)バイトに応募して通ったんだけど、
そこでこのバイトが条件さえ揃えば結構いいバイトだって気づいて(夏冬はやらなくて済む、大待機時間を潰す方法を準備できるなど)
これだけに集中して生きてた。
酷暑期だけ避けて春夏秋にできるだけたくさん行って、冬は丸ごとワンルームで寝てれば
前世の在宅バイトより時間も上手く過ぎて、
外で他の人と一緒に熱中して何かやってるってだけでちょっと誇らしかった。
でも冷静に言えば、まさにそこまでだった。
職業の性質上夜と昼が逆転することが多く、一人暮らしだからそれを直すのも難しかった。
睡眠パターンを戻そうと無理に寝ないようにしても、
早く横になって寝ろと誘うようなベッド、次の日も夜更かしするかもだから無駄なことすんなって
内なる提案を拒否するのが難しかった。
その状態で冬に入ると99.9%で完全に夜昼逆転して、
一回目の人生でやった最低限の運動すら「結局こうなる運命だったのか」って諦めで一切しなかった結果、
二つの人生通算で初めて100kg超えという偉業を達成した。
当然人間関係も崩壊して彼女もいなかった。
23歳になる年の秋。俺は一人のバイト仲間に対して気持ちを伝えて、
『優しい拒絶』が人をかなり惨めにさせるってことを知ってからは
女を見る目をただの石みたいにした。
石になれば最初から拒絶されることもないからな。
「はぁ……手がまたこんなことに……」
回想すればするほどどんどん激しく震える手に、
左手で残ったジェリーを一つ取って食べて、右手でペンを持ってメモを始める命令を出して回想を続けた。
こうしたら震えも止まってだいぶマシになった。




