第7話:システムからの招待状
いよいよ本編です。
完璧すぎる世界の違和感
(※本話は天宮 百音の視点)
「——天宮さん、この仕様書(※1)、完璧ですね。修正ゼロです」
「ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします」
クライアント先のオフィス。プロジェクトマネージャーとして立ち回る毎日は多忙だが、不思議と疲労感はなかった。むしろ、最近の私は思考が異常なほどクリアだった。
周囲の人間が何を求めているのか、プロジェクトのどこにボトルネックが発生するのかが、手に取るように理解できてしまう。
だが、その「万事うまくいきすぎる」感覚が、私にある種の薄気味悪さを抱かせていた。
ふと窓の外を見る。行き交う人々、車の流れ、信号の瞬き。全てが狂いなく、精密な時計仕掛けのように動いている。
そして、私の手元には、昨日ポストに入っていた差出人不明の奇妙なハガキがあった。
『スタンダードチューナー候補生 御中』
意味はわからない。気味の悪いスパムだろうと笑い飛ばしたはずなのに、その文字を見つめていると、不気味な寒気が背筋を這うような感覚があった。
脱落していく輪郭
その不安の輪郭をはっきりと形作ったのは、土屋さんの存在だった。
彼は優秀なエンジニアであり、私が最も信頼しているパートナーだ。だが最近、彼の様子がおかしい。
以前よりも口数が減り、暇さえあれば手首のスマートウォッチを弄って、何かに耐えるように深呼吸を繰り返している。ひどく疲労しているように見えた。
ある日の夕方。彼との打ち合わせ中、私は信じられないものを見た。
彼がキーボードを叩く指先が、ほんの一瞬だけ、テレビの砂嵐のように「ブレて」見えたのだ。
「……土屋、さん?」
「ん? どうかしましたか?」
彼が顔を上げると、その現象は嘘のように消え去っていた。
私の目の錯覚だろうか。
最近、自分が自分でなくなっていくような――自分の記憶がどこかで都合よく「書き換えられている」ような不明瞭な焦燥感がある。
昨日までそこにいたはずの誰かの名前が思い出せない。思い出せないのに、涙が出そうなくらい恐ろしかった。
彼まで、あの見えない暗がりの向こう側へ一人で落ちていってしまうのではないか。
そんな根拠のない不安だけが、私の胸の中で静かに広がっていた。
【用語解説】
※1 仕様書(テスト仕様書・納品仕様書): できあがった「要件定義」をもとに作られる、「アプリがどう動くべきか」を細かくまとめた設計図。テストの時のチェックリストになるテスト仕様書や、最後に渡す納品仕様書など色々な種類がある。




