第5話:浸食の予兆
隔離された日常
昼休憩。少し休もうと歩いていた時、通り沿いのカフェで小林がコーヒーを受け取っているのが見えた。
相手の店員は、この辺りでもよく気が利くことで有名な結衣ちゃんだ。小林は彼女と親しげに話し、いつもの穏やかな笑顔を見せていた。
「お仕事、順調ですか?」
「ありがとう。プロジェクト自体はすごくいい感じで進んでるよ」
聞こえてくる会話は極めて平和だ。
激務というわけでもないのに、たまに上の空になる彼にとって、こうして息抜きができる場所があるのは良いことだ。俺は邪魔をしないように、少し離れた所から彼を見守っていた。
認識のすれ違い
カフェからの帰り道。
俺は小林から十数メートル遅れて歩きながら、会社に戻ったら彼に新しいタスクを任せようかと考えていた。
だが、前方の交差点で異変が起きた。
小林が、前から歩いてきた若い男とすり違う瞬間――突然びくっと肩を揺らし、その場に立ちすくんだのだ。
男の方はただのスマートフォン歩きの通行人で、特にぶつかったようにも見えなかった。しかし小林は、まるで自分の腕が幽霊にでもなったかのような信じられないものを見る目で、自分の体と、歩き去る男を交互に見つめていた。
(……どうしたんだ?)
俺が声をかけようとした瞬間、小林はひどく動揺した様子で、逃げるように早足でオフィスへ向かって歩き出してしまった。
「……やはり、少し疲れているのか?」
あのメトロノームアプリを教えたおかげで集中力は持ち直しているようだが、念のために少し業務量を調整したほうがいいかもしれない。
俺は小林の背中を見送りながら、彼が抱えている「世界のバグ」への恐怖など知る由もなく、ただ優秀なメンバーの心身を案じて深く溜息をついた。




