第13.6話:アンカーの決断
(※本話は土屋 創一の視点)
天宮が「人格を保ったまま、一般人の世界からシステム側へと孤立していく苦しみ」を、俺は隣でずっと見ていた。
突然会議室でエアーろくろ回しみたいな不気味な手の動きを始めたり、話しかけても数秒間フリーズしたように焦点が合わなくなったり。 彼女の視界が完全にシステム化され、周囲とのズレに怯え、絶望していく姿。 だが、その怯えすらも、やがては「システム側の最適化プロセス」によって綺麗にデバッグされ、拭い去られてしまうだろう。そうなれば、彼女は完全に感情を持たない、冷酷な『標準チューナー』として完成してしまう。
俺が彼女のそばにいれば、彼女の人間性を引き留めることはできる。 強力なノイズである俺が放つイレギュラーなバグが、彼女の「システム側へ傾く意識」を現実へと強引に引き戻すからだ。彼女が俺に怯えたようにすがりついてきた時、俺は自分が彼女の『盾』になれると思っていた。
だが……それは同時に、彼女の脳内で「システムへの適応」と「人間性の保持」という相反する処理を強制し続けることを意味する。 チューナーとして覚醒しつつある彼女のシステムに、強力なマルウェアである俺が常時アクセスし続ければどうなるか? いずれ彼女の心はシステムとノイズの板挟みになり、致命的な負荷に耐えきれずにショートして完全に壊れてしまうだろう。
「俺がそばにいれば、彼女の脳は焼き切れる。だが、離れれば彼女は心を持たないシステムに飲み込まれる……」
会社の喫煙所で、俺は短くなったタバコを深く吸い込み、紫煙を吐き出した。 灰皿にタバコを擦り付けながら、最悪の二択に直面していた。 彼女の日常と心を、本当の意味で守るためにはどうすればいいのか。
「……一番のバグ要素である俺が、消えるしかねえのか?」
自分が彼女の視界から完全に姿を消す。 そして、強力な物理的アンカー——彼女の人間性を永遠に繋ぎ止める『呪い』のような物質——を、俺の代わりに置いていく。 彼女がそれに触れるたび、エラーを起こして「人間らしさ」を取り戻せるような物理トークン。
それが、このクソみたいなシステムの中で、彼女が彼女のまま生き残るための、ただ一つのバグを突いた最適解だった。




