第13.3話:優しさと最適化の矛盾
(※本話は天宮 百音の視点)
それから数日後、佐々木が顔面を蒼白にしながら私の席にすっ飛んできた。
「せ、先輩……終わりました……」 「どうしたの? そんな、この世の終わりみたいな顔して」 「バナーの差し替え指定、間違えました。Aパターンのところに、Bパターンの画像載っけたままリリース処理かけちゃって……クライアントの社長肝いりのキャンペーンなのに……! 私のアカウント、今日で凍結されますか……?」
半泣きで震える彼女の話を聞き、私は瞬時に事態の深刻さを把握した。 金額的な損失こそ即座には出ないものの、クライアントの信頼を失い、プロジェクト全体の進捗を数日遅らせかねないクリティカルなミスだ。
「気にしないで、誰にでもミスはあるわ。大丈夫、私がカバーするから」
私は咄嗟に立ち上がり、彼女の肩を抱いた。 その瞬間、私の中にある『先輩としての優しさ』は間違いなく本物だった。佐々木に責任を押し付けず、チームで解決しようとする人間らしい心。
だが——彼女のPCを奪い取った瞬間、私は自分自身の内側に潜む「怪物」を突きつけられることになった。
画面に向かった私の顔からは、一切の感情が消え去っていた。 パニックになることも、どうやって謝罪しようかと迷うこともない。ただ、脳内に自動展開される「最短リカバリールート」の数式に従って、私の指はキーボードの海を跳ね回った。
影響範囲の特定、関係各所への調整メールの自動生成プロンプト構築、不足するリソースを補うための最短スケジュールの再構築、本番サーバーへの緊急ロールバック(※1)手順。 それらは、人間が悩んだり迷ったりしながら導き出す「対応策」ではなく、システムが弾き出した「最も論理的で無機質な最短プロセス」だった。ノータイムで、寸分の狂いもなく、冷徹に最適化されていく。
「……終わったよ、佐々木さん」
わずか五分後。トラブルはまるで最初から存在しなかったかのように鎮火していた。 私が振り向くと、そこには助かった安堵よりも、得体の知れないものを見るような目をした佐々木が立っていた。
「……先輩、あの……なんですか、今の」 「なんですかって、ミスは修正しておいたわよ? あとは先方にお詫びの一報を入れれば——」 「いや、速すぎませんか? まるで、最初からこうなることが分かってて、プログラム通りに作業をこなしてるみたいで……それに先輩、この五分間……一回もまばたき、してませんでしたよ……?」
彼女は、大好きな先輩に対して初めて「得体の知れない怖さ」を感じているようだった。一歩後ずさった彼女の足音が、静かなオフィスに響く。 完璧で、冷たくて、人間味がない。 自分の優しさが、結果として『ロボットのような最適化』でしか表現できなくなっていることに、私は絶望的な矛盾を感じて、ひくりと頬を引きつらせた。
【用語解説】
※1 ロールバック: 「やべっ!データ消しちゃった!」という時などに、時間を巻き戻して「1つ前の安全なセーブデータ(状態)」に戻す魔法のコマンド。




