第12話:面白星人
第12話:面白星人
誰もいなくなりつつあるフロアで、ピザパーティーの片付けをしていた天宮が俺のそばに近づいてきた。
「土屋さん、お疲れ様です。……そういえば、あの展覧会の絵、お好きでした?」
休日に新国立美術館で会った時のことだ。
「うーん、印象派はわかりやすくていいですよね。あ!別にそれが悪いってわけじゃなくて……あれ、元々は小林が……」
しまった。黒須さんがいなくなった安堵からか、俺はまたしても無意識に彼からチケットを貰ったことを口走ってしまった。
その瞬間。
「っ……!」
天宮が突然、強烈な頭痛に見舞われたようにこめかみを押さえてしゃがみ込んだ。
「天宮さん!」
俺はとっさに彼女の肩を支えた。
小林の話題。システムから『消去』されたはずの存在に触れることは、完全にチューナー(※1)として覚醒しきっていない彼女の脳に、強烈なノイズ処理エラー(矛盾)を引き起こすのだ。システムは「存在しない」と定義しているのに、俺からの入力で彼女の記憶がバッティングを起こしている。
俺の腕の中で、彼女の体は小刻みに震えていた。スーツ越しの華奢な肩から、異常なまでの冷たさが伝わってくる。
「だ、大丈夫ですか!? 貧血? それとも熱中症? いや、クーラー効いてるしな……まさか、さっきのピザに当たるようなバグでも!?」
「っ!……そんなわけないでしょ。変な人ですね、土屋さんって……」
彼女は痛みに顔をしかめながらも、俺のあまりに的外れな慌てぶりに、思わずくすりと笑い声を漏らした。
そして、俺から離れるどころか、支えられているその腕を強く掴み返してきた。ひどく冷たい指先が、何かにすがるように俺の袖口を握りしめている。
「あっ!これセクハラになります!?す!すみません!!」
「もう!!! そんなわけ無いでしょ?? アイタタタタ……」
痛みを堪えながらも、『まったく何なのこの面白星人は……』とでも言いたげな呆れ顔で、彼女は俺を睨みつけてきた。
毒気を抜かれたのか、やがて彼女は小さく息を吐き、呆れたように表情を和らげた。
しかし、このまま立たせておくわけにもいかず、俺は慌てて彼女の肩を支えたまま、フロアの隅にある休憩用のソファーへと誘導した。
ふかふかの座面に並んで腰を下ろすと、彼女は小さく息を吐き、強張っていた肩の力を少しだけ抜いた。
しかし、俺の袖口を握りしめるその手は、相変わらず離れようとはしなかった。
「……落ち着きましたか?」
隣から様子をうかがうように声をかけると、彼女はソファーに深く沈み込んだまま、ぽつりとこぼした。
「最近……なんだか、自分がおかしな夢を見続けてるんじゃないか、って思うことがあるんです。ふとした時に、自分の記憶や感覚が……薄もやの中で、ふわっと消えちゃいそうになる時があって……すごく、怖い」
ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳には、これまで見せたことのない切実な孤独の色が浮かんでいた。いつも完璧に立ち回る彼女からは想像もつかないほどの脆さだ。
「でも……なんでだろう。こうして土屋さんの、どうしようもなく素っ頓狂な言葉を聞いてると……自分がまだ、ちゃんとここにいる現実だって、信じられる気がするんです」
そう言って微かに微笑んだ彼女に、俺は柄にもなく胸の奥をぎゅっと掴まれたような感覚を覚えた。システムによって薄れようとしている彼女の存在を、この馬鹿げたやり取りと体温だけで繋ぎ止めているかのように。
「……この三連休、お時間ありますか?」
幾分か落ち着きを取り戻した彼女は、俺の腕からそっと手を離すと、少しだけ頬を染めて言った。
「上野の西洋美術館……今度は、私が誘ってもいいですか?」
多分、今日の俺の顔は面白星人だったと思う
▲ ピザパーティ記念撮影。天宮・佐々木、社長・相馬、そして全く興味のなさそうな黒須
【用語解説】
※1 チューナー: 無意識下で現実空間の物理法則や現象を演算・管理し、「世界を固定」している管理者層の総称。一般の人間は彼らが維持する安定した空間の中で保護されて生きている。




