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仕様書にないバグですが、たぶん俺のことです  作者: n416
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第10.3話:赤い日の真実と、反逆の兆し

深夜の退勤時。オフィスのビルから出て一人で駅に向かって歩いていると、突如、横の電柱の陰からノイズと共に『奴』が現れた。


「よぉ! 明日は待ちに待った休日(赤い日)だな〜!」


テツは両手を頭の後ろで組みながら、悪びれもなく並んで歩き始めた。

昼休みの裏路地から今まで、ずっと俺をストーキングしていたのだろうか。


「……何しに来た。ガジェットならもう返しただろう」

「ちげえよ。お前に大事なことを教えに来てやったんだ」


テツは立ち止まり、空を見上げた。


「赤い日ってのは、人間のための休みじゃねえ。『システム側』の定期メンテナンス日(計画停止)だ」

「……定期メンテナンス?」


「この箱庭を維持する巨大な演算処理のリソースを休ませて、キャッシュ(※1)をクリアするための日だ。だから明日は、俺たちみたいなバグを検知する監査プロセスも完全に休止してる。そのチートアプリを切って、少しは羽を伸ばせ」


IT屋の俺にとっては、あまりにも納得のいく例えだった。


「じゃあな」

テツはそう言うと、背負ったガジェットのバルブに手をかけた。シューッ、と排気音が鳴り、彼を覆う空間が再び陽炎のように歪み始める。その別れ際、彼の顔が再び真剣なものになった。


「だが、お前の周りにいる『天宮百音』には気をつけろ。あいつは世界を管理するチューナーに覚醒しかけてる。ノイズであるお前がそばにいれば、お前の体はあいつのシステムに自動的に拒絶されて、完全に弾け飛ぶぞ。……関わるな」


忠告だけを残し、テツの姿は深夜の闇の中にノイズと共に溶けるように消え去った。


一人残された夜道。

俺は自分の手首にはめられたスマートウォッチを静かに見つめた。

休日の間は、これを切っても安全。


スマートウォッチの画面をオフにする。

『天宮がチューナーに覚醒しかけている。関わるな』

テツの警告が、冷たい夜風とともに耳の奥で反響していた。


自分が世界から消えゆく「バグ」であることは、もう疑いようがない。離れるのが一番の正解なのだろう。

彼女が、感情のないシステムの管理者になってしまう?

俺の脳裏に浮かんだのは、甘い笑顔やふとした気遣いなどではない。


あの過酷なデスマーチで、絶望的なデッドロックに陥った俺たちを涼しい顔で救ってくれた、彼女の神がかったタイピングの後ろ姿。

そしてその後、疲れ果ててデスクで眠っていた無防備な姿だ。


「……冗談じゃない」


俺は忌々しそうに、暗い夜道に吐き捨てた。


「あんな優秀なヤツを、得体の知れないバグだらけの『システム』なんかの部品にされてたまるか。」

なぜ自分が、消滅するリスクを負ってまで彼女に執着するのか。……恋愛感情? ふん、馬鹿馬鹿しい。

俺の胸に込み上げていたのは、ただの義憤だ。


自分たちを救ってくれた優秀な相棒を理不尽に奪われることへの、エンジニアとしての強烈な損失感と反発だ。

そして、人の人生を弄ぶシステムへの意地だ。


自分が「ノイズ」として消されるリスクはあるかもしれない。だが、彼女をシステム側へ堕とさせないための方法があるんじゃないか?

俺はマンションのエントランスに向かって、静かに、だが確かな足取りで歩き出した。

【用語解説】

※1 キャッシュ / キャッシュクリア: スマホやブラウザが「次からはもっと早く表示しよう」と一時的に保存しておくデータがキャッシュ。これが溜まりすぎたり古いままだったりするとおかしくなるので、「キャッシュをクリア(消去)」すると直ることが多い。

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