第10.2話:職人のプライドとポンコツ・ガジェット
翌日の昼休み。オフィスの裏路地にある、普段は誰も寄り付かない薄暗い喫煙スペース。
俺は缶コーヒーを開けながら、昨晩ファミレスで聞いた「ノイズ」の真実を噛み砕いていた。
「やあやあ、見つけたぜ」
突然、背後の搬入口から声がした。
振り向くと、清掃業者か設備屋のような分厚い作業着を着たテツが、段ボール箱に腰掛けてニヤニヤとこちらを見ていた。セキュリティカードが必要なはずの裏口を、相変わらずどうやって抜けてきたのかは謎だ。
「……何しに来た。昨日の飯代の請求なら払わねえぞ」
「ちげえよ。アフターサポートってやつだ」
テツは不敵に笑いながら、立ち上がった。
「昨日の話の続きだがな……そんなソフトウェア頼みの強引で無理なチューニングじゃ、いつかお前の脳が焼き切れる。だいたい、素人の手作りツールでいつまでも監査官の目をごまかせると思うなよ。……俺たち『裏のプロ』が使ってる本物を貸してやる」
テツは得意げに、作業着の大きなポケットをゴソゴソと探ると、ドンッ、と錆びた室外機の上に何かを置いた。
「こいつが発する物理振動で波長を合わせるんだ。職人技の結晶だぜ」
置かれたのは、むき出しの真空管と真鍮の歯車が複雑に組み合わさった、やたら重くてデカい腕輪型のガジェットだった。無駄にスチームパンク風のデザインで、ガチャガチャとやかましい動作音を立てている。
俺は怪訝な顔をしながらも、エンジニアの悲しい性で、ついそのガジェットを手に取り、仕様や動作ログの挙動をじっくりと観察してしまった。
動作音(BPM)のリズム、発熱量、波形の揺らぎ。脳内で即座にパフォーマンスを計算する。
「……あの、これ」
「おう! どうだ、この圧倒的なアナログの凄みが——」
「俺のスマートウォッチのアプリの『100分の一』くらいの精度しか出てないですよ?」
「は?」
俺は冷徹なコードレビュワーの顔になり、容赦なくガジェットの仕様を指摘し始めた。
「まず波長がブレブレです。ノイズキャンセリングのアルゴリズムに無駄なループが噛んでるせいで、物理振動のレイテンシ(※1)(遅延)が酷い。それに何より……無駄な処理が多すぎてUI(※2)も最悪だし、こんなの一日着けてたら重い上に熱暴走しかけて火傷しますよ。はっきり言って、俺は自分のアプリで十分です」
スッ、と室外機の上でガジェットをテツの方へ押し返す。
「なっ、なんだと!?」
テツは顔を真っ赤にして立ち上がった。その顔には明らかな不満と拗ねたような色が浮かんでいる。
「おっ、お前……素人の分際で、どんだけオーバーテクノロジーなもん組んでんだよ!? 俺が何日も徹夜して真鍮削って組んだんだぞ! 少しはリスペクトしろよ!」
「いや、動けばいいってもんじゃないでしょう……。ユーザーの利便性を完全に無視したクソプラクティスですよ、これ」
「うるせえ! 動けばいいんだよ!!」
プロンプトを書くだけでも文句を言う頑固なレガシーエンジニアのように吠えるテツ。
だが、そのやり取りのおかげで、張り詰めていた俺の緊張の糸が少しだけ解けたのは事実だった。
「……チッ、可愛げのねえ頭でっかちのエンジニアだな」
ガジェットをポケットに乱暴に突っ込み直しながら、ビル風に吹かれてテツが大きく息を吐いた。
「まあ、お前がそのオーバースペックなアプリで世界との波長を完全に偽装しちまってたからこそ、システム側の『監査官』の目をごまかしきれてたってわけだ。それは認めてやる」
「監査官……」
「ピンと来てねえな。ほらよ、あそこにいるだろ」
テツが指を鳴らした瞬間、彼の手元から周囲の空間に向けて、微少なノイズの波紋が広がった。
すると、路地の入り口付近、何もないはずの空間が泥のように歪み、中から無機質なグレーのスーツを着た男がふらりと姿を現した。
「なっ……!?」
「シーッ。あれがこの世界の巡回プロセス、通称『監査官』だ。俺がわざとノイズを出してエラーを吐かせたから、不審がって様子を見に来たのさ。お前のそのアプリの偽装が解けりゃ、あいつらに見つかってあの消えた部下と同じようにBANされるってわけだ」
テツが舌打ちしながら真鍮のバルブを乱暴にひねると、やかましい駆動音と共にノイズの波紋がスッと消えた。
エラーの発生源を見失ったスーツの男は、しばらく周囲を無表情で見回した後、再び空間のノイズに溶けるようにしてパキパキと消え去った。
俺は背筋に嫌な汗をかいていた。
エラーを探す、冷徹な監査官。
なぜか俺の脳裏に、最近オフィスに常駐し始めたあのPMO(※3)、黒須さんの冷徹な眼差しがよぎった。
【用語解説】
※1 レイテンシ(遅延): ボタンを押してから、ゲームのキャラが実際に動くまでの「遅れ」や「タイムラグ」のこと。ネトゲで「ラグい」と言う時のアレ。レイテンシが大きい(遅い)とイライラする。
※2 UI: 画面のデザインやボタンの配置など、「人が見て操作する部分」のこと。使い勝手が悪いと「UIがクソ」と言われる。
※3 PMO: PM(監督)をサポートする「参謀」や「サポート事務局」のような存在。スケジュール調整や品質管理のルール作りなど、チームがスムーズに動けるように裏から支える。作中では黒須が担当している。




