9.違う街角
仕事はじめ。
工場に赴いたさやかは、作業用のつなぎに着替えて、指示されたとおり作業を進めていた。
業務は拍子抜けするほど単純だ。
各ラインで製造される部品の数を確認し、出荷されるパーツの数と照合して端末に入力する――ただそれだけ。難しい判断も、複雑な操作も必要ない。
広い工場に同僚の姿はなく、規則正しく動く機械の音だけが響いている。油の匂いもほとんどせず、磨かれた床には影が反射していた。
自分はただ、無心で数字を打ち込むだけ。
気楽で、単純で、それでいて待遇は申し分ない。
(こんな仕事、本当にあっていいのかな……)
そんな思いを胸に、さやかは初日の業務を淡々とこなしていった。
*
こちらに来て、数日が経ったころ。
ケンに誘われて街へ出かけることが増えた。レストランやカフェ、劇場のようなホール――どこへ行っても、彼の隣にいる時間は心地よく、出会った当初のぎこちなさはもう消えていた。自然に会話が弾み、笑みもこぼれるようになっていた。
それでも、この街はやはり不思議だ。
朝と昼と夜とで、同じ道を歩いているはずなのに、店の並びがわずかに違って見える。昨日まであった看板が消え、代わりに別の店が現れていることもしばしばだった。
立ち止まって首をかしげながらも、不安よりも胸の内に膨らむのは期待だった。
(今度は時間を変えて、もう一度バスに乗ってみよう)
そんなささやかな思いつきさえ、この世界では新しい冒険の入口のように思えた。




