75.リー・ヤオ
アイリスの手が一瞬止まり、端末を操作する。
「確認します……。リー博士の秘匿ライン用IDで間違いありません」
「それを、エマがハッキングしてる可能性は?」
「可能性はゼロではありませんが、非常に低いと思われます」
「そこにいるのは、さやかちゃんでしょ?あっ、ちょっと待って、今、私の映像を送るわね」
シャオの目が淡く光り、プロジェクターが起動した。
空中に映し出されたのは、数時間前に写真で見たばかりの――リー博士の姿だった。
写真で見た彼女は三十代のはずだった。
だが、現在は七十五歳――それなのに、映像の中の彼女はいまだに若々しかった。
「初めまして、さやかちゃん。ケンの母のリー・ヤオです。よろしくね」
「あ、初めまして。藤原さやかです。よろしくお願いいたします」
気がつくと、私は深々とお辞儀をしていた。
「ケンが全然あなたのこと教えてくれないから、直接つないじゃった!」
「えっと……エマ・ヘミングウェイ博士の件ではなくて、ですか?」
「あーそうだ!忘れてた!そっちが先だったわね」
先ほどまで重苦しい空気が満ちていたリビングが、彼女の登場でぱっと明るくなった気がした。
――あぁ、陰湿なエマは、この人の明るさには太刀打ちできないんだわ。
私は一人で納得しながら、映像の中のリー博士を見つめていた。
「あっ、あの……犬の死体の置物が、昔届いたりしていませんか?」
「あー、そうそう!そんな昔のこと、すっかり忘れてたわー。カリーム博士の記憶力は驚異的よねー」
「どういったものが届いたのでしょうか?」
「昔飼ってた犬にそっくりの置物をネットショップで見つけてね、それを注文したの。お座りしてるかわいらしいわんちゃん。そしたら――ぐったりして、苦しそうな表情で眠ってるわんちゃんの置物が届いたのよ」
「今、それはどこにありますか?」
「なんだか悲しくなっちゃって、愛犬がまた死んじゃった気分になってね。街の外れにある墓地の端っこに、こっそり埋めちゃったの。でも、すっかり忘れてたわ」
「ご自宅に置いていなくてよかったです……」
私は胸をなで下ろした。




