70.行動原理
夢から覚めた瞬間、胸の奥に重い澱が残った。
エマの中に――明確な悪意を感じたのだ。私を不幸へ引きずり込もうとする、冷たい意志のようなものを。
エマの行動原理は、本当に“後悔”なのだろうか。
むしろ、“嫉妬”ではないのか。
もう一度、彼女の動機を見直す必要がある。そう思った。
エマ・ヘミングウェイ博士は、なぜChronoWorksを離れたのか。
スマートウェアの研究を続けたいなら、社に残ったほうがはるかに効率的だったはずだ。
――では、彼女は追われたのではないか?
標的は、“ポスト・モリス博士”として権限を握った誰か。
その仮説が脳裏に浮かんだ瞬間、体の奥を恐怖が這い上がった。
*
スマートフォンで、モリスAIとの通信がつながった。
「モリス博士!さやかです。エマについて伺いたいことがあります」
『やぁ、フジワラ君。君の声紋からは、焦りを感じるね』
「はい。エマについて一つ、まだ解けていない謎があります」
『私はエマのことを、何ひとつ理解できていないと思うけど……助けになれるかな?』
「はい、大丈夫です。――エマ博士を、第二世界から招いたのは、モリス博士ですか?」
『あぁ、そうだよ。私は自分のAI論には発展性が足りないと感じていてね。カリームは工学には強いが、創造性という点では補えなかった。だからエマを呼んだんだ』
「エマ博士をこちらに呼んでから、AI研究は飛躍的に進歩したと感じますか?」
『ああ、それは確実にそうだね』
「では、モリス博士が亡くなられてから50年以上が経ちますが、現在のChronoWorksのAIは、当時と比べてどう変わりましたか?」
『当時は夢物語のような理論を書いていた。だが今は、それを現実に落とし込み、実現している。非常に喜ばしいことだ』
「その“現実に落とし込んだ”のは、カリーム博士でしょうか?」
『いや、どうだろうね。私はそのあたりの情報を共有されていない。カリームはAIよりも機構設計の人間だ。――新しい才能が社に現れたと考えるほうが自然だろう』
「最後に、もう一つ。エマ・ヘミングウェイ博士は嫉妬深い人物でしたか?」
『私は、そう言った感情面に関して、理解能力が非常に低いので、適切に回答はできないが。エマは、非常に負けず嫌いではあったよ』
「……わかりました。ありがとうございます、博士」
通信が切れる。
私はすぐにアイリスへ指示を出した。
「アイリス、カリーム博士につないで」




