7.スマホとカフェ
バスの窓から、パリのカフェを連想させる佇まいの店が目にとまった。緑に囲まれたテラス席が陽ざしに映えて、思わず心を奪われる。次のバス停で降り、足を向けた。
木の扉を押すと、小さなベルがチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ。ご注文はこちらでどうぞ」
カウンターの奥で、マスターらしき男性が穏やかに微笑んでいる。
アイスカフェモカを注文し、スマホを取り出した。差し出そうとした瞬間、端末が小さく光り、支払いはすでに完了していると告げられる。かざす必要さえなかったことに、思わず驚いた。
運ばれてきたグラスを手に、テラス席へ。ストローから冷たい甘さをひと口含むと、新しい環境に緊張していた心が、少しずつほどけていく。
目の前には、緩やかな坂道の大通りと並木道。本屋や雑貨店が軒を連ね、子どもたちの笑い声や買い物袋を抱えた女性の姿が通りを彩っていた。
スマホを開くと、バスの乗車やカフェでの会計、歩いた歩数まですでに記録されている。「本日あと3000歩、歩きましょう」――そんな文字まで浮かんでいた。
(……帰りはマンションまで歩いてみようかな)
そう思いながら、目の前の街並みにしばし見とれていた。
日用品の店やスーパー、公園といった暮らしに必要なものは、ひと通りそろっている。けれど、いくら探しても病院だけは見当たらなかった。
(……これは、あとでオオタさんに聞いてみよう)
そう思いながらマンションへ戻り、扉を閉めた瞬間、ポケットのスマホが小さく震えた。
《これから、夕食がてら、街をご案内します。マンションの下まで来てください》




