58.順番
モリス博士の研究日誌は、158年10月14日という日付から始まっていた。
この年、わずか十八歳で研究員となったモリス博士は、毎日のように研究の進捗や、同僚との会話を丁寧に記録していた。
日誌の中には、若き日のカリーム博士とのやり取りも残されていた。
彼女との喧嘩を相談され、「数式を贈れば喜んでくれる」と的外れな助言をしたエピソード――
そんな彼らしい一幕すらも、忘れずに記していた。
そして、その記録は博士が亡くなる当日の朝まで続いていた。
私はパッドの画面を見つめながら、アイリスに尋ねた。
「アイリス、今までの記録から、モリス博士の性格を推定できる?」
「論理的、合理的、人の感情の変化を読むのが苦手……そういった表層的な特徴であれば、可能です」
「じゃあ、モリス博士の思考パターンを模倣して、私の質問に答えてもらえる?」
「承知しました」
「あなたが――将来“嘘をつく”ようになると予測したAIを、本格的に導入したのはなぜ?」
「将来的に労働力が減少した際、自律思考型のロボットが必要になると判断したからです」
「では、その対策として何を講じた?」
「複数のAIに異なる目的と性格を持たせ、互いを監視させる仕組みを導入しました」
「あなたは、モリスAIというものを作って、エマAIを監視させていたけど……モリスAIと直接、会話がしたいの。その方法を教えて」
そこまで流暢に応答していたアイリスが、突然、動きを止めた。
沈黙が数秒、続いた。
「その解は――ユスフ・カリームに託してあります」
「そう……じゃあ、このカリーム博士から送られてきたコマンドで、モリスAIが開かないのはなぜ?」
再び、アイリスは止まった。
まるで、膨大な記憶の奥底を検索しているように。
数秒後、彼女はかすかに顔を上げ、淡々と告げた。
「順番が――間違っているからですよ」
「……順番?」




