57.未来の行動
「アイリス、エマの家の地下にあったパソコンの情報と、メインフレームの情報は手元にある?」
「はい。メインフレームには、エマロボットの設計書と、スマートウェアの改造のためとみられる設計図、そしてログ傍受記録が残っていました」
「じゃあ、その情報をカリーム博士に共有してくれる?あのパンチテープの通信機材で」
「承知しました。そして、小さな隠し部屋のパソコンの情報についても共有してよろしいでしょうか?」
「うん、お願い」
手元のパッドには、エマとモリス博士の十年分にわたる私的な通信が記録されていた。
その中に、モリスAIとの通信を開くコマンドが隠されているかもしれない。
私はそう思い、もう一度、ひとつひとつのやり取りを丁寧に読み解いていった。
二人は最初、AIの未来について意見を交わすだけの研究者仲間のような関係だった。
モリス博士は、かなりのメールを未読のまま放置する性格だったらしく、それに対して他の研究者から非難されている様子もあった。
だがエマとの、やり取りは全て開封するようになり、次第に親密な内容が増え始める。
街と街の移動手段がまだ確立されていなかった頃、
モリス博士はエマにこう約束していた。
――それが完成した暁には、必ず会いに行く、と。
やがて街間の転移装置が完成し、二人は数か月に一度会うようになった。
そして婚約を交わす。
しかし、モリス博士の体調は次第に悪化し、
メールのやり取りも、何日も途絶えるようになっていった。
その中には、感情の行き違いを思わせるやり取りも多く残されていた。
モリス博士の長文の返答に対し、エマの返信は次第に短くなり、
やがて一行だけのメッセージが記録されていた。
――「あなたが愛しているのは、私の研究であって、私じゃないんだわ」
ログの後半には、モリス博士の返信が残されていた。
――「僕は、君の研究と君自身を分けて考えたことがなかった。
……もしこの距離を越えられたら、次は言葉ではなく、君の目を見て話したい。その日まで、僕は小さな“贈り物”を送り続けることにする。」
私は、その最後の一文で指を止めた。
“贈り物”――GIFT.LOOP。
その言葉が、カリーム博士から送られた、コマンドの中にもあった。
2人のやりとりは、これが最後だった。
モリス博士からの最後のメールは彼が、亡くなる当日の朝の日付だった。
私は、そこで指が止まった。
エマの後悔はいかほどのものだったか、思いをはせた。
メールの返信が遅いのは、彼が体調を崩していたからだと、気が付いたのは――おそらく、彼が亡くなった後だろう。
「ねぇ、アイリス…エマの後悔はどうすれば浄化される?」
「“浄化”という言葉を定義するならば、後悔を過去に閉じ込めず、
それを未来の行動に変換することだと思います」
「それで、世界を破壊するという”行動”に移したのか……」
私はアイリスを見上げ、苦笑いした。
「……はぁ、なかなかエマは厄介な性格してるね」




